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メタノールナイツストーリー Blue 18話

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第十八章 恋する乙女と煩悩男子

「トール」
「なんだ? ユーリ」
「おっぱい」
「……気持ちはわからんでもないが、少し落ち着け」

 そう言うトールの左の鼻の穴からは、一筋の鼻血が垂れていた。
 3時間目と4時間目の間の休み時間を、僕と親友のトールは無為に過ごしていた。

 そもそも5分しかない休憩時間を有意義に使い切るというのは、なかなかに至難の業だ。校庭で遊べるような長さでは当然無いし、友人とダベるにしても少々短すぎる。

 昼飯前。ただでさえ頭の働きが鈍るところだが、3時間目の体育の授業は水泳だった。そもそも疲労と空腹は、人間から思考力を奪うものだが……繰り返すが、水泳である。健全な男子のなけなしの思考力を完全に奪うめくるめく世界が、目の前に醸成されていた。

『プール授業の醍醐味は、授業後にこそある』

 ”女子が最も輝く瞬間ウォッチャー” の肩書を持つ僕の持論だ。普段は制服に秘められた肢体が惜しげもなく晒される授業中は、敢えて語るまでもない至高の時間だ。僕が通う市立第七中学校は、水泳の授業を男女混合で行う。近隣の五中では男女別なのだと、五中に行った小学校時代の友達に羨ましがられたし、僕自身もその僥倖をありがたく噛み締めもするが…...しかし、敢えて言おう。本当の醍醐味は、授業後、制服に着替えた少女たちの姿にある。

 濡れた髪。乾ききらぬ爪先に靴下を履くのを躊躇うのか、素足を晒す女子も多い。

 塩素水に濡れた床の匂いとだらしなく弛緩した夏の空気。全身運動後の心地よい気怠さと疲れ。そしてそこに存在する、しどけなくもエロティカルな姿の女子たち……

 うぉい! こんな空間、狙って作ってるとしか思えないだろ! 意図してないなら余程抜けてるか、もしくは神だよ教育委員会!!

 全ての世界に、全ての子供達(チルドレン)にッッ!!

「ありがとう!」

「きゃ!」

 きゃ?
 股間を中心に、全身を巡る感動のあまり、誰にともなく感謝の言葉を叫んでしまった僕の足元には、僕の七中公認アモーレ(らしい)、西野がうずくまっていた。机の上に座った僕は、西野を上空から見下ろす形となり、超中学生級の西野の胸元がベストアングルで確認できた。

「……おい、エロ犬」

 人気声優、中澤陽菜似のキュートなヴォイスによるSっ気たっぷりな台詞が吐かれた方に顔を向けると、汚物を見るような目をした久米川理沙の姿があった。

「なんだ? 久米川」

 僕は慈愛顔で、143cmのちっこい久米川の頭を撫でながら応える。久米川は、噛みつきかねない形相で僕の手を払いのける。

「触るな! 妊娠する!」
「どんな特殊能力者だよ、僕」
「お前ならやりかねない!」
「久米川と僕の赤ちゃんか……きっと可愛いだろうな……」

 『ひっ!』と、何故か青ざめた顔になる久米川に、僕は尋ねる。

「で、なんの用?」
「み……美海(みう)が、アンタに話があるっていうから……」
「西野が? おーい! 西野、僕になんの用?」

 ひゃ! ひゃい! と、返事をすると、真っ赤な顔の西野が立ち上がる。
 165cmの、女子としては少し高めな身長の西野のおっぱいが、たゆん、と一揺れして僕の眼前に突き出される。ふむ、今日のブラは青✕白のギンガムチェックか。チェックが好きなんだな、西野。僕も好きだぞ♪

「あのあのあのあのあの……」
「おちつけー、西野ー。はい、深呼吸〜 すー……はー……」

 すーはーと、僕に合わせて呼吸を整える西野。
 息を吸うたび、ただでさえ防御力の高そうな西野の胸部装甲が、レジェンダリーアーマーレベルに膨らむ。

「たきゃ……高木……きゅん!」

「ひゃ! ひゃい!!」

 西野に釣られて、僕も若干噛んでしまった。

「あさあさあさあささs……明後日、ワタシと……ここ……コレ……」

 西野がうやうやしく差し出した両手に載っていたのは、映画のチケット2枚だった。いやー、休日はメタストに集中したいんだけど……ん? こっ! これは!!

「西野! コレって!! 輝咲(きざき)監督の!!」

 ぶんぶん、と、西野は音がしそうな程に頷く。

 輝咲雅夫。メタノールナイツ・ストーリーの総監督であり、オクトパス社日本法人、オクトパス・ジャパンの代表理事でもある『すんごい人』。

「軟件探偵団(ソフトウェアディテクティブ)……か……」

 輝咲カントクのこの映画は、オクトパスのスペックを最大限に活かしつつ、オクトパスがカバーしきれない嗅覚や触覚までカバーする、「リアルを超えたバーチャル」がウリのサイバーパンク映画だ。観覧の条件として、アクティベートされた個人所有のオクトパスの持参が必須であり、そもそも生産が追い付かず普及が遅れているオクトパスの所有者がそんなに集まるワケがないと、公開前の下馬評は散々だったが、蓋を開けてみれば、平日も含め連日満員御礼。全席前売りのチケットは即完売。オークションでは、一介の中学生にはとても買えないような金額のプレミアがついてしまっていた。

「行く! 行く! 何があろうとも行く!!」

 西野の表情が、ぱぁっと華やぐ。
 おおー! 可愛いじゃないか!! そしてそのまま右下に目線をパン&チルトすると、じっっっっとりとした目を向ける久米川がいた。

「理解できない……美海、コレのどこがいいわけ?」

 久米川の言葉が耳に入らぬ程に高揚した西野は、ちょっと引く位にやけた表情でくねくねと身をよじらせていた。

 そっか……西野もオクトパス、持ってるんだな。

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