フレンチプレスで抱きしめて〜イシケン&ミキティシリーズVol.2 chapter2〜
「速やかに死ね。そして二度と私に顔を見せるな、このクソリア充が!」
新宿三丁目。花園神社の裏手の雑居ビルの中にある隠れ家的オサレカフェの中。でっかいダイニングテーブルの上に、判で押したように林檎のマークがついたノートPCを置き、ロジカルシンキングで論理的にブレストしながらコンセンサスを取っていらっしゃった、意識高めのフレッシュでルーキーな男女の空気が、一瞬凍りつく。
オランダ妻でも「空気嫁」と突っ込むレベルの声量でそのセリフを吐いたこの女は、私が唯一
「うーん……友……達……?」
と、うっすら思っていなくもないような気がしなくもない存在の、磯野美穂子だった。
「美穂子さん、タイが曲がっていてよ」
「黙れ! この淫乱ユルマタ眼鏡!」
新種の妖怪のような言われようだった。
私は私で、美穂子の剣幕に気後れし、一瞬キャラ崩壊を起こしてしまった。
無理もない。私と美穂子は中学時代からの『非リア系サブカルクソ眼鏡(処女)』仲間だった。
等しくリアルに背を向けつつも、しかし二次元街道をひた走る腐女子達とは混じり合う事はなく、さりとてリア充共の光は眩しすぎ、ただひたすらに仄暗くひんやりと心地よい日陰を探しては、さながらダンゴムシのごとく自作のポエムや小説やマンガを持ち寄り……
……コレ以上は恥ずかしくてとても言えない。
ともかくも、私と美穂子は、黒歴史を共有する「共犯者」なのだ。
実際は、私はどこまでも「エセ」で、美穂子は「ガチ」だったのだが。
とはいえ同類と思っていた私に、あろうことか恋愛相談を振られるなど、美穂子からすれば「裏切られた」気持ちもひとしおであろう。
一見大人しそうに見える美穂子だが、むしろそれゆえにクラス内の「いまひとつ」な感じのグループの男子には、わりと人気があった。しかし、あまりにも「ガチ」な彼女に付け焼き刃で挑んだ男子は、全て轟沈した。以降彼女は本日只今まで、貫きたくもない孤高を貫いているのだ。先日、正体を失う程に泥酔し
「もう孤高など貫きたくないわ! 誰か私を貫いて!(性的な意味で)」
と、わめき出した時には、わりと本気で投げ出して帰ろうかと思ったけれど、弱みを握っておいてよかった。
なだめて、すかして、自炊換算で約二日分の私の食費に当たるオサレスイーツを献上し、どうにか落ち着いてくれた美穂子に、私は事の次第を話し始めた。
「ふむ……付き合い始めた男に他の女がいるのではないか、と」
「そうなのです」
「そう疑うに至った経緯はなんだ? 三行で」
「帰りが遅い・休みが合わない・抱いてくれない」
やおら天井を仰ぎ見、光速で「季節のオススメスイーツ(ドリンクセット)」を平らげた美穂子は、最後の一口のあまおう苺を口中で咀嚼しながら「はふぇふ!(帰る!)」と席を立つ。私は美穂子の脚にガッシとしがみつき、引き止める。
「まってーーーー! まーってぇぇぇぇ!」
「え~い鬱陶しい! やっぱりノロケじゃねぇか!」
「ちーがーうーのぉー! ホントに困ってるのぉーーーー! おーねーがーいぃー!!」
わー……めんどくせー女……。
我ながら痛々しさに軽く死にたくなるけど、コミュ障歴=年齢の私に、頼れるのは美穂子しかいないのだ。
「帰りが遅いのも休みが合わんのも、一般社会人なら無理からぬことだろうが! まして先方は運送業なのであろう? 大体なんだその最後の『抱いてくれない』って! 自慢か! 自虐風自慢か!」
「違うのー! ないのぉー!」
「何が!」
「だから! 一度も『ない』の!」
「……はい? えーっと、つまり……あーゆー すてぃる ばーじん?」
「いえすあいあむ!」
「おーまいが……」
しくしくと泣き崩れる私に、美穂子は無言でハンカチを渡してくれる。
この流れで口説かれたら、美穂子でもいいかも、とか思っちゃったかもしれない。何が「いい」のかはよくわかんないけど。
「不能?」
「恐らく違いますね。その……イチャイチャは、わりと……」
「クッ!……まぁいい。よくわからんが、そういうのがあるなら、気持ちが離れている可能性は薄いのでないか?」
「……」
「なにか他に思い当たるフシがあるのか?」
「……あります」
「強制乗船とはいえ、乗りかかった船だ。話してみろ」
「先週の水曜、お夕飯の後のコーヒータイムのお話です」
「うむ」
「イシケン……あ、彼の名前です。彼がトイレに立ったんですね。その時、机においたスマホにLINEの通知のポップアップが……」
「女?」
「おそらくは」
「女からのLINEというだけで浮気を疑うのは、少々早計ではないか?」
「しかし、業務連絡的なものなら、『やっと会えるね〜♡』なんてメッセが来るものでしょうか? ちなみに名前は『よしみちゃん』だそうです
」「ふむ……だが、内容をつぶさに見たワケではないのであろう? 大体、迂闊すぎはせぬか? 本当に不適切な関係であるならば、それこそ見られる可能性を考えて、ポップアップやら通知やらは、オフにするのではないか?」
「まぁ、たしかに……そうかもしれませんが……」
「本人への確認は?」
「そんな恐ろしい事はできません! 肯定されたらショック大だし、否定されてもモヤモヤするし……無理ぃぃぃ……」
「これが世にいう恋する女かッッ!! お前、本当に原町美樹か!」
「ううぅぅぅぅぅぅぅ……」
「要はその男の浮気の現場を抑えればよいのだな?」
「イシケンは浮気なんてしないもん!!」
「ぬがぁあぁぁ! 面倒くさい! ただひたすら面倒くさいッッ! わかったわかった。浮気の有無を確認できればいいんだろ?」
「そうなるのでしょうか……」
「いや、どう考えてもそうなるだろう……ならば、方法はひとつしかあるまい」
美穂子の眼鏡が、「キラーン☆」という効果音付きで光ったような気がした。