終戦の産声
良くも悪くも、反射的に言葉が出てしまうことがある。頭で考えるより先に出るその言葉は、時に笑いへと変わり時に場を凍りつかせるような爆弾にもなりかねない。
こんな経験は、僕の職業がお笑い芸人だからとかいった話ではなく、普通に生きてたら誰だって経験したことがある話なのではないだろうか。
僕は、完全に余計なことを言ったなと思う瞬間が多々ある。
絶対に言わなくていいし、言ったとして、一体全体誰が笑顔になると思ったの?みたいな言葉を、どういうわけか迷いなく口に出してしまった瞬間があるのだ。
ああいう時は、口に出した瞬間、本当に言語として他人の耳に届く瞬間に後悔する。
待って待って今のなし今のなしと、するすると口の隙間から通り抜けて行く言葉達を、ただちに捕まえて胃袋に戻し、誰にも見つかる前にうんこと混ぜて流してしまいたくなるのである。
ああいった時に、なによりたちが悪いのは、別に全然そんなこと思ってないことを口走ってしまうこともあるということ。
自分自身、自分の中のどの部分からこんな暗黒ワードが生まれ、なによりも、僕の体内から口に出るまでの厳しい関所を、よくもまあこんなにも確実に極悪人みたいな身なりをした言葉が突破出来たもんだなと、本来ホワイトハウスくらい厳重なものであるべき自分の中のワードセキュリティが、いつの間にかドアの無い空き家まで成り下がってしまっている事実に、ひたすら落胆するしかないような状態になる時があるのだ。
反射的に出る言葉は、それにより結果的にピンチを脱することもあれば、こんなもんドラえもんでも舌打ちするしかコマンドが残されていないくらいどうしようもないピンチを招くこともある。
10か0に賭けてみたいところではあるが、なかなかに衝動的なものであるので、とてもこちら側のタイミングで出せるものではない。
せめて、どちらに転ぶかわからないが、それを発動させるタイミングくらいはこちらに選ばせて欲しいものである。
そんな感覚を覚えるのは、なにも言語に限ったことではない。
なにか行動を起こす際にも、この極めて純度の高い衝動からなる激怖ギャンブルは発動する。
これも光か闇かくらいの両極端な結果を招く為、衝動的な行動が発動された時は、どちらに転んだのかがわかる数秒先まで、まるで、結果次第ではオリンピックが三重県で開催されるか否かが決まるコインの裏表を確認するかのような心境なのである。
例えば、道路に飛び出した子供を救ったり、川で溺れている人を助けに行ったり、小さなことではあるが、落ちた消しゴムを拾ってあげたりは、衝動的な行動である。
僕も実際に、消しゴム拾ったくらいの経験はあるし、タバコを求めるホームレスに反射的にタバコを差し出したこともある。当時僕が吸っていたのは、ゴールデンバッドという、今では廃盤になっているバカしか吸わないタバコだった為、そんなのはタバコじゃないと、シケモクすら拾って吸うおじさんに断られたにせよ、この衝動的な行動は良い方に転ぶレールには乗っかれていたとは思う。
これらはどれも、迷う時間のない衝動的な行動であり、結果として誰かの為になった行動となる。
衝動的な行動力が完全に良い方に転んだ典型なのである。
逆に、どう見ても悪い方向に転ぶ時は、物を盗んだり、誰かを殴ったり。
衝動的な行動から来る最大の不幸の典型で言えば、誰かを殺してしまったり。
不思議なもので、これらもまた、結果を見るまでどちらに転ぶかわからない衝動に含まれてしまっているのかもしれない。
上記のように、衝動的な行動による結果とは、端から見ていたら『志村うしろうしろ』くらいわかりやすいものなのだが、奇々怪々なことに結果がどちらに転ぶかは、当の本人にはわからないものなのである。
そして僕は、この衝動的な行動によって招いた結果が、果たしてどちらに転んだのか、というかあれはどちらでもないのか、いまだに首を傾げるしかないような出来事も、友人の出産の立会いに向かった時に経験済みなのである。
いつも一緒に遊んでいた人間が、急に就職したりなんてのはどこの地元でもよくある話だろう。
僕の地元でも、早い奴は中卒でそのまま社会に出た奴もいた。
本当になにも考えていなかったあの頃、一足お先に社会進出する彼らは、とても逞しく見えたし、焦らされたし、なんだか誇らしかった。
ただ、結婚や出産はそれの比じゃなかった。
小中の同級生で、今でも親交の深い友人の1人である横地(よこち)君が、人生において、経験しなければ絶対に並べないところへ行く決断をしたのは、今から約10年前の19歳の頃。クリスマス前のことであった。
彼はとても地頭が良く、たまにいるヤンキーなのに勉強出来ちゃうみたいな奴ではあったが、高校に通ったのは1ヶ月程で、中退した後はすぐに運送業に就職した。
いつも冷静で、常に効率の良い方を選び、感情でものを言う奴ではなかった。
そんな彼が、誰かを本気で愛すること、つまりは横地君が結婚するなんてことは絶対にないだろうとすら思っていた。
だから、そんな横地君から、結婚の報告を受けた時は本当に腰を抜かした。
とうとう身近な人間が結婚することになったのと、いや19歳って!みたいなのと、あの横地君が!ってのが重なって、なんだか訳のわからないテンションになった。
しかも、その時すでに、奥さんのお腹には命が宿っていた。もう僕らは興奮が止まらなかった。
高校1年生の頃に、同級生の女の子が出産したなんてこともあったが、その時はどちらかというと街の事件みたいな印象であり、自分とは関係のない出来事のように感じていた。正直とてもじゃいないけど、子作りなんてそれに至るまでの行為にしか興味がなかったのだ。
だがしかし、今回はめちゃめちゃに同じ時間を過ごした男の結婚&出産である。
愉快な仲間達はとにかく喜んだ。
そりゃ当時は誰も経験したことのない未来であったが、どんな時も冷静に物事を捉えてきた男だし、僕達の中で1番最初の道標となる彼に、結婚をすることへの不安を抱く者なんていやしなかった。
それからしばらく経った頃、出産の時期は刻一刻と近づいていた。
カレンダーの日付が、星の印がついた人生が変わる日へのカウントダウンを両手で表せるようになり、もういつ産まれてもおかしくないくらいになった頃から、横地君は以前まで絶対に見せたことのない表情を浮かべるようになった。
ずっーとソワソワしている。落ち着きがない。とても不安そう。
奥さんの前ではシャンと背筋を伸ばしている姿も容易に想像が出来たが、この男がこんなにも取り乱している姿が、妙におかしくて微笑ましかった。
僕らは、とりあえず落ち着け、大丈夫大丈夫などと、横地君本人からしたら、お前らみたいなもんになにがわかるんだといったようなことしか言えないまでも、来るべきその瞬間をまだかまだかと待ちわびていた。
それから何日か後、出産予定日ってのはあくまで出産予定日なんだと、高校を卒業したばかりの能天気ボーイズはその時初めて学んだ。
横地君からの電話で飛び起きた朝は、出産予定日よりも3日も前のことだった。
こんなのに順位なんてものもないが、僕は奥さんのこともよく知っていた分、唯一その電話を受けたことが誇らしく思えた。
ただ、これは全然普通にあることだとしても、こちらとしては、スタバ片手にショッピングを楽しんでいる際、街中で急にオフサイドとか言われたくらい心の準備が整っていなかった。
もちろん、横地君のそれは僕らの比ではない。
電話に出た時の横地君はあからさまに慌てふためいていた。
今日っぽい!なんか今日だったっぽい!
夜勤明けでまだ寝起きの僕は、一瞬バイトのシフトの話かと思ったが、電話の相手が横地君であったことを思い出し、すぐになにが起きているのかを飲み込んだ。
まじかよ!えっ、産まれる?!もう産まれるの?!
産まれる!どうしよう!どうしよう!
男2人で信じられないくらいどうしようもない会話を繰り広げている場合ではなかったのと、僕自身初めての会話に高揚したのもあり、まず僕はかなり衝動的な言葉を発した。
もういい!今から行く!今から行くから!
今から来るのは、出産なんて動物奇想天外でしか見たことのない小僧である。
それに対しての横地君の返答も頭がイカれてたとしか思えないものであった。
わかった!ありがとう!まじ助かるわ!
まじなにも助からないのだ。僕に一体なにが出来ると思っていたのだろうか。
この世界一なにも解決していない、また、解決することのない会話から、僕は衝動的に車を病院へと飛ばしたのであった。
横地君の奥さんが入院していた病院は、僕の家からとても近く、僕はなんなら横地君より早く到着した。
すぐに受け付けに向かい、分娩室の場所を伺ったところ、教えられるわけがないと弾き返され、横地君の到着を待った。
ほどなくして横地君が到着。
僕は横地君に、とにかく急げと煽り、共に分娩室の前に着いたところでハッと目が覚めた。
これ俺居ていいの?
完全衝動行動のアドレナリンから、あれよあれよと分娩室の前に立っているわけだが、ここは絶対に親族以外いるはずのない場所だと、家に置き去りにしてきた常識が追い付いたことにより間一髪で気がついたのだ。
僕は、とりあえず来ちまったもんは仕方がないと、横地君を分娩室にぶちこみ、今なぜ自分がここにいるのかという疑問を振り払うのも込みで、目の前の待合室で手を合わせ祈ることに専念した。
分娩室から奥さんのうめき声と、横地君の『頑張って』の一点張りが聞こえる。
僕は引き続き祈る。
そんな状況に更なる展開が訪れるのに、10分とかからなかった。
横地君及び奥さんの親族が一斉に待合室に到着したのだ。
両家とも、親族の出産は初めてらしく、先程までの横地君を思い出すかのようにソワソワとしているのが手にとるようにわかった。
言うまでもなく僕は、ソワソワしているのが手にとるようにわかったとか言える立場ではなかったのだが、開き直った人間というのは恐ろしいもので、駆けつけた親族に向かって、
大丈夫です。もう少しかかると思います
と、主治医顔負けの冷静さを見せつけた。
数分前に、なぜ自分がここにいるのかという葛藤を乗り越えた僕に、もう怖いものなんて1つもなかった。
親族の方々は、
そうですか
と、一旦安心した後、全員僕と同じソファに腰をかける。
みんなの気持ちが1つになっているように感じた。
無事に産まれてきて欲しい。
今考えることなどこれ以外にないと思っていた。
しばらく沈黙が続いた後、僕はとてつもない視線を感じた。
恐る恐る、ギリギリ目の合わないくらいの視界に両家が移る頃、全員100%僕を見ていることを理解した。
みんなの気持ちが1つになっていたと感じたのは、産まれるという連絡を受け、バタバタと慌ただしく待合室に現れた後、一旦落ち着いて、冷静に周りの異変に気づいた両家親族一同に生じた言葉にはならない疑問によるものだった。
君は誰?
僕以外の僕への疑問が鼓膜より先に脳まで届いてきたように感じた。
いや訂正しよう。君は誰?とかいうレベルでもなかった。
君はなに?
であった。
もう僕が誰とかの前になにかもわかっていない表情だった。
僕は改めて自己紹介をするべきだとも思ったのだが、この状況での自己紹介は、両家親族の誰よりも早く分娩室の前に陣取っていた変態に、ただただ呼び名がつくだけであり、とてもじゃないが実行までには至らなかった。
目を合わせたら終わりだと思った。
そもそもなにも始まっちゃいなかったのだが、僕はこの尋常ではない視線に、真っ直ぐに目の前の消火器を見つめるしかなくなるくらいのpressureを感じたのだ。
もう本当に早く産まれて欲しかったが、それは最初のベクトルとは少しずれ始めていた。
早くこの地獄のような気まずさから解放されたかった。
この時間を終わらせることが出来るのは、奇しくも始まりの産声だけであった。
いよいよって感じですかね
あまりの空気の重さに一言だけ発してみたが、完璧に無視された。
無視というか、あれはもう、これ以上喋ったら産まれる前に殺すの合図だったのかもしれない。
きっと、〝いよいよって感じですかね〟の、〝ですかね〟とかいう語尾も気にくわなかったんだと思う。
〝ですね〟、ではなくて〝ですかね〟と、ちょっと投げ掛けてくる感じとかも許せなかったのだろう。
今日を機に、僕も生まれ変わろと思った。
待合室でも聞こえるくらいの、ポンっ!という音と共に、冷戦を終わらせる産声が鳴り響いたのは、それから5分も経たない頃だった。
あの時の産声に感じた喜びが、友人の初めての娘が誕生したことによる感動だったのか、終わることのないと思っていた地獄が幕を閉じた解放感からだったのか、今となってはどちらかは覚えていないが、今このnoteを書いている感じからして、十中八九後者に決まっていることに、僕は今、友人への体裁の悪さから気づかぬ振りをしているのである。
結果としては無事に産まれているので、これは果たしてどちらに転んだのかは、僕の中ではまだジャッジしかねているのだ。というか、ジャッジしないままでいるのだ。
それでも1つだけわかっていることは、あの衝動は間違いなく僕の正義を通すものであったということである。
衝動的な行動が招く結果の先は、どちらに転ぶのかわからない場合が多い。
だからせめて、その結果がどちらに転んだとしても、まるで自分は最初からそうなることがわかっていたかのように、分娩室の前で赤の他人に囲まれても一歩も動かないような、あの頃の鋼の精神力だけは忘れずにいたいものなのである。
一旦辞めさせて頂きます。