【登山道開拓史】～会津・沼田街道～
私たちが尾瀬を楽しむ上で欠かせない「登山道」、尾瀬国立公園の地図をご覧いただくと数多くの登山道があることが分かりますが、これらの道はいつ、誰が拓いたのでしょうか。
本記事では、尾瀬で最も古い道である「会津・沼田街道」の歴史についてご紹介します。
尾瀬で最も古い道「会津・沼田街道」
会津・沼田街道とは、会津（会津若松市）と上州（沼田市）を結ぶ街道のことで、福島側では「沼田街道」、群馬側では「会津街道」と呼ばれていました。
尾瀬国立公園では、大清水～一ノ瀬間の旧道を通り、三平峠～尾瀬沼・大江湿原～沼山峠～七入間のことを指します。
その歴史は古く、会津郡長江庄桧枝岐村耕古録（星知次 ,1972）では、次のように記載されています。
この沼田街道は、嶮岨な山道ではあったが、古来より会津と上州をつなぐ重要な通路であり、物資は会津よりの米、酒などが主で、すでに元禄年間以前より、駄馬にて運搬され一日に数駄の物資が動いている。其の為尾瀬沼の辺に、交易小屋が有り又片品村越本にも、このための問屋まで有ったと言うことである。又人々の往来も相当あり、戦国時代末期あたりにも、会津藩主と関連していろいろな人が通っているようである。
また、歴史の道調査報告書-沼田・会津街道-（群馬県教育委員会 ,1980）では、次のように記載されており、古くから人や物が行き来する軍事的にも重要な街道であったことが伺えます。
街道として整備されたのは、沼田城主真田信幸の時代である。慶長五（一六〇〇）年関ヶ原の戦いの時、沼田城は関東方徳川家康に従ったので、大阪方の会津上杉氏に備え、尾瀬の入口戸倉に関所が設けられた。（中略）戸倉から尾瀬までの街道は山道で人家もなく、草木が茂り、交通にさわるので三年に一度普請が村人によって行われ、街道沿いの村々の大きな負担となっていた。
この他、戊辰戦争の際に会津軍が尾瀬を越えて上州（戸倉）に向かう際に通った歴史などもあり、尾瀬の歴史を語る上で欠かせない道になっています。
尾瀬は「会津・沼田街道」から広まった
利根川水源探検隊
1894（明治27）年に群馬県が派遣した利根川水源探検隊が尾瀬を通過し、1895（明治28）年創刊の雑誌「太陽」に群馬県師範学校教諭の渡辺千吉（治）郎氏が「利根川水源探検紀行」として尾瀬の紀行文を寄稿したことが、尾瀬が世に知られる最初のきっかけだったと言われています。
なお、この時探検隊は、利根川源頭部から尾瀬に入り、会津・沼田街道から下山しています。
植物学者「武田久吉」
日本の植物学者「武田久吉」は、1905（明治38）年に尾瀬を訪れ、日本山岳会「山岳」の創刊号に「尾瀬紀行」と題した紀行文を掲載し、尾瀬の素晴らしさを世に広めています。
「山岳」の創刊号は、公益社団法人日本山岳会ホームページ（ページ最下部）からご覧いただけます。
また武田久吉は、数多くの紀行文などで尾瀬を世に広めただけでなく、尾瀬を開発から守るために多大な貢献をしており、いつしか「尾瀬の父」と言われています。
福島県側の尾瀬の玄関口の一つ「檜枝岐村（ひのえまたむら）」には、「武田久吉メモリアルホール」がありますので、ぜひ尾瀬登山の際に訪れてみてください。
水彩画家「大下藤次郎」
1905（明治38）年創刊の美術雑誌「みずゑ」の創刊者「大下藤次郎」は、武田久吉の「尾瀬紀行」などを目にしたことで尾瀬行きを決意し、1908（明治41）年に会津・沼田街道を通って尾瀬を訪れています。その後、美術雑誌「みずゑ－臨時増刊尾瀬沼－」で尾瀬の美しさを水彩画で発信したことで、大下藤次郎は尾瀬を初めて「視覚的」に世に広めたと言われています。
「みずゑ 第44（臨時増刊尾瀬沼）」は、東京文化財研究所所蔵資料アーカイブでご覧いただけます。※PDFファイルが大きいため閲覧環境にご注意ください。
こうした大下藤次郎の功績に感謝の意を込めて、長蔵小屋初代・平野長蔵氏は、尾瀬沼からあげた石を使った石碑を1922（大正11）年10月に建立し、「尾瀬沼紹介者 大下藤次郎記念碑 尾瀬沼山人建立」と銘を刻んでいます（※１）。この石碑は、現在も長蔵小屋裏手で見ることができます。
※１：島根県立石見美術館・群馬県立館林美術館（2020）『生誕150年 大下藤次郎と水絵の系譜』P.113
こうした多くの学者、山岳家、画家などが当時メインルートであった「会津・沼田街道」を通って尾瀬を訪れ、その時の様子が紀行文や論文などで紹介されることで、尾瀬が世に知られていきました。
1963（昭和38）年に戸倉～鳩待峠間の車道が開通して以降、鳩待峠から入山される方が多くなっていますが、尾瀬の歴史はこの「会津・沼田街道」から始まったのです。
福島県と群馬県を結ぶいにしえの道「会津・沼田街道」、ぜひこうした歴史にも想いをはせながら歩いてみてください。