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仲違いした姉を弁護する「事故弁護士」の葛藤
リッチ・ブラッド
ロバート・ベイリー著 吉野弘人訳
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2025年1月発行
1320円(税込)
殺人犯は冒頭で明かされる。その殺人犯ははじめの方で逮捕され、司法取引に応じてその依頼者を告白する。そのかぎりでは「フーダニット(Who’s done it.=誰がやったのかを軸にしたミステリー)」とはいえないのだが。やはりその分類に当てはまるのだろう。
ロバート・ベイリーといえば、老法学教授トム・マクマトリー、その弟子の黒人弁護士ボーセフィス・ヘインズ(2人ともアラバマ大学の伝説的コーチ、ポール・ブライアントの下でフットボールプレイヤーとして活躍した)を主人公に据えた2つのシリーズ(計6冊)をこれまでに書いている。いずれの作品も息詰まるような展開、そして胸のすく結末のリーガル・ミステリー。一方、本作品の主人公は刑事事件は扱わないし、タフでもないし、どことなくチャラい。
小説のおもな舞台は、アラバマ州マーシャル郡ガンターズビル、テネシー川の中流にあるガンターズ湖に面しており、テネシー州やジョージア州との州境にも近い。ちなみに、その北東に位置する都市ハンツビルにはマーシャル宇宙飛行センターがある(そして事件の鍵を握る人物がそこに住んでいる)。
ガンターズビル出身で現在は同州バーミングハムに事務所を構えるジェイソン・リッチは、アラバマ州からフロリダ州にかけてのハイウェイ脇に、デカデカとした顔写真入りの派手な看板(ビルボード)を掲げ、交通事故案件で荒稼ぎする弁護士。彼は一方でアルコール依存症を抱えており、数々の奇行によりアラバマ州法曹協会から懲罰を受け、弁護士資格を取り消されていた。同協会は資格復活の条件として、依存症治療センターでの90日間のリハビリを彼に課す。その期間が終わって退所した日に、スマートフォンを起動すると、ガンターズビルに住む姉ジャナから電話がかかってきているのに気づいた。姉は、夫ブラクストンの殺害を「便利屋」に依頼した容疑で逮捕されていたのだ。ジェイソンがアルコール依存症になる原因をつくったのが、ほかでもないその姉だった。姉は子どものころからジェイソンを精神的に支配し、ジェイソンの妻を疎んじ、離婚の原因もつくった。ジェイソンは父親の葬儀を最後に姉とは連絡を絶っていた。
事務所のスタッフたちからは大反対されるが、ジェイソンは姉に面会するためガンターズビルにおもむく。そこで聞かされたことからは、姉以外に犯人がいると示すものはなにも見当たらなかった。しかも姉は薬物に溺れ、地域の「麻薬王」タイソン・ケイドからヘロインを調達し、ケイドに多額の借金を抱えていた。さらに夫から離婚するといわれた姉は、事件前に便利屋が受け取ったのと同額の金を口座から引き出していた。姉との面会後、ケイドがジェイソンの前に現れて、ジャナが法廷で麻薬取引のことを話せば、おまえや姪たち(ジャナの娘たち)の命はないと脅す。
ジェイソンは慣れない、というよりやったことがない殺人事件の被告弁護人を務めることを決心する。しかし、状況証拠はすべて姉が犯人だと示している。しかも、姉は嘘つきで地域ですこぶる評判が悪く、陪審員の心証も最悪だろう。孤立無援で無力この上ないジェイソンに力強い助っ人たちが現れる、とだけ書いておこう。
ジェイソンのチームも動き出し、裁判がはじまる。はたして姉以外の人物が犯人なのか、ジェイソンと姪たちは「麻薬王」の魔の手から逃れられるのか。
終盤は法廷シーンがつづく。そして評決。ご多分に漏れずどんでん返しがあるが、それが1回で終わらないところが、ロバート・ベイリーなのだ。