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20年を隔てた2つの連続少女殺人事件と再生への希望
<ブックレビュー>
すべての罪は沼地に眠る
ステイシー・ウィリンガム著 大谷瑠璃子訳
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2023年1月6日発行
1620円+税
アメリカ東南部沿岸域には低湿地が広がっている。メキシコ湾岸のミシシッピ川下流域にあるルイジアナ州やミシシッピ州には、「バイユー」と呼ばれる入り組んだ緩やかな流れがかたちづくる低湿地帯がある。なかでもルイジアナ州南部はフランス系移民アカディア人が住み、アカディア人とスペイン系移民、黒人(西アフリカ系)、先住民の文化が融合したケイジャン文化はバイユーと切っても切れないものになっている。有名なジャンバラヤやガンボといったケイジャン料理には、玉ネギ・セロリ・・ピーマン(パプリカ)の「聖なる三位一体」とともにバイユーでとれた魚介類が使われる。ちなみに日本に移入され野生化したアメリカザリガニやウシガエルの原産地もバイユーである。
閑話休題。本書の舞台はそのルイジアナ州南部にある都市バトンルージュと、その郊外の小さな町ブローブリッジ。臨床心理士で博士号をもつクロエ・デイヴィスは、ブローブリッジで生まれ育ち、現在はバトンルージュでカウンセリングのオフィスをもっている。
クロエの父は20年前に連続少女失踪事件の犯人として逮捕され服役中。母親は自殺未遂から意思疎通もできなくなり施設で暮らしている。そしてときどきたずねてくる妹思いの3つ違いの兄がいる。父の事件のトラウマからクロエはカウンセラーでありながら、心に問題を抱え、抗不安薬に過度に依存している。そして、事件から20年目の節目に記事を書きたいと、ニューヨーク・タイムズの記者を名乗る男から電話がかかってきてから、クロエの周囲で再び少女の失踪・殺人事件が起こる。クロエの目は、つぎつぎと怪しい人物をあぶり出す。彼らはみな20年前のブローブリッジの少女失踪事件になんらかのかかわりがあった。一方、捜査にあたる刑事はクロエにも不審なものを感じる。終盤まで謎は明らかにならないが、そこで散りばめられた布石がつながる。
ジャナ・デリオンの『ワニの街へ来たスパイ』シリーズ(創元推理文庫)では、主人公のフォーチュンはじめ登場人物たちがバイユーをモーターボートでぶっ飛ばす。家の裏手には船着場があって、車よりボートのほうが便利だったりする(目的地に早く着く)。同シリーズの舞台であるシンフルはニューオリンズ郊外の架空の町であるが、ブローブリッジは実在する。そして、人口1万人足らずながら「世界一のザリガニの都」を誇るという。ザリガニといえば、ディーリア・オーウェンズの『ザリガニの鳴くところ』(早川書房/ハヤカワ文庫)が思い浮かぶ。ノースカロライナ州の沼地に一人で暮らしてきた少女をめぐる法廷サスペンスで、殺人の舞台も沼地。彼女は沼地の生き物を描く生物画家として成功する。
しかし、本書には邦訳のタイトルから想像するほど沼地のシーンはない。沼地はクロエにとって子ども時代の思い出とともに忌まわしい場所になってしまったためだ。ちなみに原題は「A Flicker in the Dark」、「闇にゆらめくもの」といったほどの意味か。闇を抱えていたのは誰だったのか。クロエは闇を克服できるのか。
著者のステイシー・ウィリンガムはルイジアナ州にはゆかりがないようだが、現在サウスカロライナ州在住で、クロエと婚約者を結びつける(そして後に疑惑の種となる)ミステリー『真夜中のサバナ』(ジョン・ベレント著)の舞台ジョージア州サヴァナにあるサヴァナ芸術工科大学で学んでいる。ノースカロライナ州からフロリダ州北部にかけての大西洋岸も、バイユーのような地形が広がる。サヴァナも典型的な湿地帯にある街だ。本書はウィリンガムのデビュー作という。著者のサイトを見ると、本書のあと3作が上梓されているようだ。
さて、このところ現代海外ミステリーを読むとき活用しているのがGoogleマップ。実在の街であれば、航空写真とストリートビューでおおよその地形や町並み、建物の外観まで知ることができる。あるイギリスの小さな町を舞台にしたミステリーを読みながらその町をストリートビューで流していたら、作中に登場するパブが実際にあって、思わず立ち寄ってエールを1杯注文したくなった。本書でも、バトンルージュ、ブローブリッジ、そしてバイユーを知るために大いに活用させてもらった。まるで「見てきたような」書き方をしているが、Googleマップのお陰である。