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大食らいで水をがぶ飲みするAIは「持続可能」か

サーバー1台の消費電力は家庭1軒分より多い

 人間の脳の重量は体重の2~2.5%程度を占めるに過ぎないが、その消費するエネルギーは、基礎代謝量の20~25%にもなる。脳の情報処理には大きなエネルギーが必要だということがわかる。そして現代社会では、「社会の脳」というべき存在になりつつあるAI(人工知能)がやはり大きなエネルギー食いなのだ。

 マイクロソフトが出資するOpen AIが、2022年11月に生成AI「Chat GTP」を発表し注目されたが、その後わずか2年で生成AIをめぐる状況は大きく変化した。検索エンジンのGoogleは自社開発したGeminiを検索エンジンやGoogleマップに活用、検索結果をGeminiが要約してくれる「AI Overview」やマップのレビューを要約する機能を搭載した。大手Eコマースのアマゾン・ドット・コムは、クラウド・コンピューティング・サービスAWS上でビジネス向けの「Q Business」などのサービスを始め、対話型ショッピング・アシスタント「Rufas」のβ版をリリース。アップルも、2024年9月にスマートフォン「iPhone」やタブレット端末の「iPad」、パーソナルコンピュータのMacシリーズに、オリジナルの生成AI「アップルインテリジェンス」を搭載することを発表した。

 生成AIにはさまざまな可能性、メリットがあり、仕事や生活を助けてくれる社会インフラとなりつつある。しかし、同時にリスクも指摘される。著作権など知的財産権の侵害が問題になっているが、フェイクニュース(意図するかしないかにかかわらず)、犯罪への悪用もすでに発生している。

 生成AIの問題はこうした社会的側面にとどまらない。すでに知られているように、膨大なデータを瞬時に処理するAIを動かすには、巨大なデータセンターが必要だ。このデータセンターが消費する電力もまた、莫大なものとなる。データセンターのなかにはサーバーを収めたラックがずらりと並んでいるが、生成AIに使われる最新の高性能サーバーの消費電力は1台で10kWを超える。つまりこれだけで家庭1件分の消費電力をはるかに上回るのだ。サーバーを数千台収めた大規模データセンターの消費電力は10万kWを超える。京浜地区に電力を供給するJERA川崎火力発電所(神奈川県)の総出力は342万kWだから、データセンター34か所分でしかない。大規模データセンターがいかに大きな電力を必要とするかわかるだろう。

多数のサーバーを収めたラックが整然と並ぶデータセンター(イメージ)

 国際エネルギー機関(IEA)のレポート(IEA:Electricity 2024 ;  Analysis and Forcast to 2026)によれば、世界のデータセンターによる消費電力量の総計は2022年に460TWh(テラワットアワー、テラは10の12乗=1兆)で、これだけでもドイツやフランスなど先進国1国分に匹敵するが、これが2026年には1,000TWhと倍増するという。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)・低炭素社会戦略センター(LCS)の2020年の推定では、2030年に3,000TWh、2050年には500,000TWhに達する可能性がある。

 これほどの電力需要増をまかなうためには、当然なことながら発電所の増設が必要だ。それが石炭や重油、天然ガス焚きの火力発電所であれば、二酸化炭素の大幅な排出増が避けられない。大規模データセンターを多数抱えるビッグ・テックは、いずれも気候変動対策として自然エネルギー由来の電力に投資し、すでにカーボンフリーを達成しているところもある。それでもふえつづける電力需要をまかない切れなくなってきた。そこで頼ろうとしているのが、原子力発電だ。

 マイクロソフトは、1979年に炉心溶融事故を起こしたスリーマイル島原子力発電所(アメリカ・ペンシルベニア州)から、電力の供給を受けると報じられた。同原発1号機は2号機のメルトダウン事故のあとも稼働していたが、2019年に廃炉となっていた。その1号機を2028年までに再稼働し、20年間マイクロソフトのデータセンター向けに電力を供給するという。データセンター用に原発1基を丸ごと使おうという話だ。

 さらに注目されているのが、次世代型原発と呼ばれる小型モジュール炉(SMR)である。もともとOPEN AIのCEO、サム・アルトマン氏は、SMR開発のスタートアップ企業オクロに投資し、ニューヨーク証券取引市場に上場させている。この10月にはグーグルが、やはりSMRスタートアップであるケイロス・パワー(ニューメキシコ州)と電力購入契約を結んだと発表した。ケイロス・パワーのSMR発電所建設はこれからだが、2030~35年のあいだに送電を開始する計画だ。さらに、アマゾンもエナジー・ノースウエスト(ワシントン州)、ドミニオン・エナジー(バージニア州)、Xエナジー(同)とSMR開発プロジェクト推進に向けた契約を締結した。ノースウエストとはトータルで96万kWの、ドミニオンとは少なくとも30万kWの電力供給が計画されている。数百万人規模の大都市の電力需要をまかなえる発電量だ。

 SMRは用地に1から建設する既存原発(軽水炉)と異なり、工場で製造、運搬して設置するため、必要な場所に短期間で建設できるメリットがある。1基あたりの出力は小さいが(それでも30万kW級)、複数を組み合わせれば大型発電所なみの出力も得られる。しかも既存原発に比べて安全性が高いとされている。とはいえそれはあくまで理論上の想定。事故のリスクはけっしてゼロではないし、危険で厄介な核廃棄物は発生しつづける。

AIのために失われる水

 AIはつねに空腹であると同時に水にも餓えている。高速でデータ処理するサーバーは大きな熱を発生させる。オーバーヒートを防ぐために、サーバーを冷やす必要があるのだ。水はそのために使われる。サーバーを冷やして(熱を奪い)温度が上がった冷却水は、熱交換器で冷やされ、再度サーバーの冷却に使われる。この系は循環閉鎖系だが、熱交換器で冷却水を冷やした(その結果温度が上がった)水は、クーリングタワーに送られ、そこで蒸発潜熱によって冷やされるようになっている。水蒸気は外気に放出されるため、外部から大量に水が供給されなくてはならないのだ。だから水が得られるかどうかが、データセンター立地の決め手となる。

 カリフォルニア大学リバーサイド校の研究者らの論文(Pengfei Li et al.:Making AI Less “Thirsty”: Uncovering and Addressing the Secret Water Footprint of AI Models)によれば、クーリングタワーに送られた水の8割は蒸発し、それによってサーバーが発した熱を環境中に放出する。残りの水は再利用されるが、大半は失われるのでその分は補給しなければならない。グーグルのデータセンターでは、電力消費1kWhあたり1~9リットルの水が消費されるという(外気温や水温などの条件により大きく変化する)。

 水は発電にも不可欠だ。火力にせよ原子力にせよ、多くの発電方式では冷却水を必要とする。冷却システムはデータセンターと同じで、沿岸部の発電所では海水が、内陸部の発電所であれば陸水(河川水や湖沼水)または地下水が、大量に使われる。SMRも例外ではない。つまり、AIが電力を消費すれば、それに相当する水を消費することになる。 

 2022年のグーグル、マイクロソフト、SNSのフェイスブックなどを展開するメタ3社の世界中にあるデータセンターと、データセンターに電力を供給する発電所の水使用量は、合わせて22億㎥とデンマーク1国の取水量の2倍に達すると研究者らは計算している。このうち最も多くのデータセンターが立地するアメリカ国内での使用量15億㎥で、アメリカ全体の取水量の0.33%にあたるという。3社のデータセンターでの水使用量は近年急激にふえつづけており、このままでいくと2027年までに年間42億~66億㎥の水を必要とするようになると研究者らは予測する。デンマークにおける取水量の4~6倍、イギリスにおける取水量の半分に相当するばく大な量だ。データセンターを運用する他のテック企業の分を合わせれば、世界中でいったいどれほどの水を使うのだろうか。

AIはデータセンター(On-site)と発電所(Off-site)で大量の水を使用する
出典:Pengfei Li et al.

 人間とAI(実際にはAIを運営するビッグ・テック)とのあいだで、水を巡るいさかいもすでに起きている。グーグルが南米ウルグアイで計画しているデータセンターは、1日に5万5000人分の水道水を使う。折しも74年ぶりという干ばつに見舞われていたウルグアイでは、水不足のため水道水に海水混じりの水を混入させていたため、大衆の怒りを呼んだ(The Guardian:‘It’s pillage’: thirsty Uruguayans decry Google’s plan to exploit water supply)。

隠れた水消費

 それだけではすまない。AIサーバーで使用される半導体チップ(CPU、GPU、ASIC=専用チップ)の製造過程でも大量の水を必要とする。電子顕微鏡レベルの極微小な不純物や溶け込んでいるイオンであっても、高精細のチップには命取りになる。チップ工場では、各工程の前後に洗浄がおこなわれる。とくにウエハーの洗浄には「超純水」と呼ばれる極限まで不純物を減らした水が欠かせない。半導体製造はクリーンルームでおこなわれ、その空調にも水(冷却水)が必要だし、もちろん電力を使うので発電所における水消費にも応分の責任を追う。

 世界最大の半導体受託製造企業である台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県菊陽町に完成させた第1工場と建設を予定する第2工場合わせて、1日3万トンの水を必要とするという。年間では800万トンを超え、菊陽町の年間総取水量の8割にも達する。水は地下から汲み上げる。75%は再生して再利用する計画だというが、それでも年間200万トンが必要になる。本国である台湾南部サイエンスパークにあるTSMCの工場では、日量9万9000トンの水をつかっているという。台湾には他にもTSMCや他の半導体メーカーの工場がひしめいている。2022年に台湾の半導体産業全体で使われた水は9000万トンに及んだ。台湾はモンスーン地帯で台風にもしばしば見舞われるが、降雨の時期と量に偏りがある。2021年には1964年以来という干ばつがあり、15%の取水制限が実施され半導体製造にも少なからぬ影響があった。

 投資格付など金融サービスを手掛けるS&P(アメリカ)は、水不足によって2030年までにTSMCの半導体チップ生産が最大10%減少する可能性があるとしている()。同レポートによると、すでに半導体産業は750万人が住む大都市であり経済の中心である香港と同じだけの水を消費しており、水資源はこの産業にとって大きなリスクになっているという。それは、AI産業、ビッグ・テックにとっても同じだろう。大量の水を使って製造されたチップの上で生成AIは動いているのだ。

水資源の限界とAIの未来

 水の惑星といわれる地球だが、私たちが使える水資源は実はそれほど多くない。地球上に存在する水の大部分は海水で、淡水は2.5%ほどしかない。そのうち極地や高地に氷床や氷河として存在する水が1.76%、地下水として存在する水が0.76%あり、河川水や湖沼水のような人間が使いやすいかたちで存在する水の量は、全体のわずか0.01%でしかないという(国土交通省:地球上の水)。水は稀少資源なのだ。人口の増加や気候変動が水不足に拍車をかける。国連児童基金(UNICEF)は、2025年時点で世界人口の半数が水不足に直面し、2030年までに7億人が水不足のために移住を余儀なくされ、2040年には子どもの4人に1人が厳しい水不足の状態にある地域に暮らすことになる、としている(UNICEF:Water Scarcity)。

 生成AIの開発・利用をすすめるビッグ・テック、そして大手半導体製造企業が、水資源の希少性や重要性について認識していることはまちがいない。メタは、2020年のサステナビリティ・レポートのなかで「水は有限な資源であり、一滴一滴が大切だ」と書き、グーグルは2021年に、「水への責務」として2030年までに使用する淡水の1.2倍を再生することを表明している。データセンターを運営する世界の企業が参加する「気候中立データセンター協定(CNDCP)」には、グーグル、アマゾン、マイクロソフト、メタも名前を連ねている。CNDCPは、エネルギー効率化、クリーンエネルギー、水、循環経済などについて目標を設定し、協定締結企業にその達成を求めている。TSMCやインテルも水の浄化・リサイクル技術開発に取り組む。しかし、この分野の爆発的ともいえる発展を見ると、ことはそう簡単ではないだろう。

 瞬時に検索結果をまとめてくれたり、外国語を翻訳してくれたり、文章を要約してくれたり、画像や動画をつくってくれたりした結果が、あなたのスマートフォンの画面に瞬時に表示されるとしても、あるいはスマートフォンでオンラインゲームを楽しんだとしても、AIはスマートフォンのなかで働いているわけではない。データセンターで電力と水を大量に消費しながら働いているのだ。そこで使われるチップは大量の電力と水を使って製造されている(もちろん、スマートフォンに乗っているチップも)。

 サイエンス・フィクションの世界では、AIが人間を支配したり、暴走して人間を滅ぼそうとしたりする。しかし現実問題としては、AIのもたらす環境問題のほうがたぶんもっと深刻だ。このまま無分別にAIの利用を拡大しデータセンターを増設しつづけるならば、AIは確実に人類を脅かすだろう。AI依存社会は、そんなおそれをはらんでいる。はたしてAIは、解決策を提示してくれるだろうか?

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