(1)噂の『真実の間』(短編)
──あっ、おはようございます!
お恥ずかしい話なんですけど、桐谷先輩と薫先輩のお二人にどうしても話したいことがあって、こんな朝早くに学校に来ちゃいました。今日なら二人とも、朝練に来るだろうなと思って、こっそり待ってたんです。
いやはや、興奮冷めやらぬってやつでして……あまりにも早く着いてしまって、部室の掃除してました。あはは。
ほら見て、きれいになったでしょう? 男テニ(男子テニス部)の部室は前々から散らかりすぎだと思ってたので、いい機会でした。
さすがにこの部室、三人で入るとちょっと狭いですね──あ、大丈夫ですよ、お二人はそのままの姿勢で。私は立ったままで平気ですから。すぐ終わる話なので、我慢してくださいね。
で、本題なんですけど!
この前、お二人から教えてもらった所、行ってきたんです、昨日の部活帰りに、サチエと!
あれ? 覚えてますよね? あの潰れちゃった遊園地ですよ。裏野──なんとかランドって所。
えっと……私の方こそ名前を覚えてないとか、ウケる。あはは。
きっと昨日のインパクトが強すぎたんですね。ド忘れすみません。
それで、お二人にまず最初に言っておきたいこと!
──教えてくれて、ありがとうございました!
あの遊園地の噂って、本当だったんですね。おかげで私、大切なことに気づきました。
……知りたいですか? って、さっさと話せって感じですよね。あはは、ウザキャラすみません。
ぶっちゃけ、遊園地自体はすっごくしょぼくて、これじゃあ潰れるのも当たり前だよって感じでした。
ジェットコースターはいかにも宙返りなんてしない平凡なレールでしたし、メリーゴーランドの馬は可愛くないし、観覧車なんて、桐谷先輩の住んでるマンションより低いんですよ。
それ見た時、二人で思わずハモりましたからね。
『なにこれ、ショボッ!!』って。あはは。
……でも、先輩たちが教えてくれた噂だけは、本当だったんです。
あの『真実の迷宮』ってやつ──ミラーハウスって言うんでしたっけ?
マジで、お二人が話してた通りでした。
私たち、あそこの『真実の間』に入ったんです。左手で壁をなぞって進んで──星形の鏡が天井にある場所に着いて──そこから右に曲がって──今度は右手でなぞって──合ってますよね? 赤い扉だったので、間違いないです。というか、間違いなわけがない──
──だって私、本当の自分に会えたんですから。噂通りでした。自分の心の奥にある本音が、あのおっきな鏡に映し出されて……。
最初は「これがほんとに、私の本音なの?」って戸惑ったんですけど。
帰り道でサチエと話してても、なんかお互い煮え切らない感じで。
あ、もちろんサチエも入りましたよ、『真実の間』。私は自分の事ばっかり話してて、サチエが何を見たのかは聞かなかったんですけど。
本当の自分の気持ちって、大切ですよね……。
先輩たちも、あそこに入ってお互いの気持ちに気づいたんですよね? だから付き合ったんですよね? いいなあ……。
え、何で首振ってるんですか? やだなぁ、隠さなくてもわかってるんですよ。
そうじゃなかったら、私をフッた後すぐに、桐谷先輩が薫先輩と付き合うわけないもん。桐谷先輩は、そうやって私を傷つけるような、酷い人じゃないもん。優しくて、かっこよくて……。
薫先輩もそう。私が大会で負けそうになった時、声を枯らして必死で応援してくれた。監督に怒られてる時、庇かばって味方してくれた。美人だし、テニスうまいし……。
……でも、あそこで本当の自分に気づいちゃったら……もう抗えませんよね。しょうがないことですよね。私も、今がそうだから、お二人の気持ち、すごくよくわかります。
昨日、あれから家に帰って、あそこで見たものがやっぱり真実なんだって、段々と実感が湧いてきたんです。夜になったら、もうその事で頭がいっぱいで、本当の自分の気持ちに正直になりたいって欲求が止まらなくて!
それで眠れなくなって、今朝はこんなに早起き。あはは、遠足前の小学生かって感じですよね。
……だから、私の本音を受け取ってください。
ほら、薫先輩、覚えてます? 私にくれたこの素振り用のラケット。なんかもう、グリップぼろぼろ。
さっきお二人を後ろから叩いた時も、これを使ったんですよ? 錘おもりが付いてるから、痛かったでしょう? すぐに気絶しちゃいましたもんね。
あはは、お二人とも何ですかその動き、芋虫みたい! 手足を縛られた人間って、すっごい滑稽に見えるんですね!
うわぁ、凄い音。凄い手ごたえ! 手がびりびりするぅ……薫先輩、肩の骨が折れちゃったんじゃないですか?
ちゃんとトレーニングしてて良かったなぁ。そうじゃなきゃこんな事……途中で疲れちゃって、半殺しで終わっちゃいますよ。
私、何事も中途半端は嫌ですし、そんなんじゃ本当の私は──真実の私は、満足できませんからね!
すごく悔しかったんですから。毎晩泣いてたんですから。お二人が仲良く登下校しているところとか見てて。
もう、エッチもしたんでしょ? どうなんですか?
黙ってないで、何か言ってくださいよ、薫先輩! え、死んだの? おい、どうなんだよ!?
「し、『しんしつのは』は……あおいろ……」
うわっ、びっくりした! 桐谷先輩、口のガムテープ取れちゃったんですか? そうならそうと言ってくださいよ。
──っていうか、すみません! 声が小さすぎるし、歯もいっぱい折れちゃってるから、何言ってるのか全然わかりませんでした!
あーあ、昨日まではその口で、キスしてほしかったのになぁ。
学校一のイケメンが、顔ぐっちゃぐちゃ! あはは、ぐっちゃぐちゃ!
ぴくぴくいってらぁ! あはは!
※※※
ふぃぃ……タイブレークまで試合した感じ。なかなか疲れたなぁ。
汗いっぱいかいちゃった。
とりあえずここを出て、トイレで顔と手を洗おっと。それから一度、家に帰ろうかなあ。まだ時間もあるし、シャワー浴びたい。メイクも直さなきゃ。
あはは、我ながら手汗がやばいんだけど。ドアノブを掴み損なうとか、人生初なんですけど!
あー、廊下が涼しい。
……それにしても、すっごく清々しい気分。本当の自分に従うって、こんなにも気持ち良いんだなぁ……。
「ミチコ、おはよ」
わっ、びっくりした。サチエじゃん、脅かさないでよ。
ちょっとそれ、私が誕生日にあげた抱き枕じゃない? めっちゃぼろぼろだけど、どうしたの?
……あれ? 綿の中に、何か入ってるよ?
ずいぶん立派な包丁だね。
「ミチコ……あたしね、じつは昨日……自分の本当の気持ちに気づいちゃったの。ミチコってさ、あたしのこと、陰でいっぱい悪口言ってたでしょ? じつは知ってたの。だから……」
──そっかぁ、ならしょうがないね。
(以上)
表紙画 : 尾崎ゆーじ
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