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阪神・淡路大震災と天文科学館
こんにちは、はちみです。
この3連休、明石の実家に子ども3人と帰省していました。
明石のランドマークでもある天文科学館に行ってきましたよ!
今回はその様子と
今月17日で「阪神・淡路大震災」から30年。
当時の様子を振り返ったり、天文科学館の取り組みについてもお話しします。
今回はお金の話ではなくエッセイになります。
(ちょっとお金に絡んだお話もしてますが…)
軌道星隊シゴセンジャー
なぜ帰省したかというと
明石市立天文科学館でご当地ヒーローの「軌道星隊シゴセンジャー」の子ども向けプラネタリウムの公演があったからです。
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「シゴセンジャー?なんぞや?」
という方はこちらをご覧ください↓
結成20周年らしいです!
予約制にはなりますが、年に数回プラネタリウムでの公演もあるので
気になった方はぜひ。
レッドとブルーはレギュラーだけど、他のカラーの戦士は宇宙のどこかで戦い続けているんだとか…笑
そういえば昔、戦士の一般公募してたなあ…
子どもの時に見た記憶もあるなあ…
でもあまり覚えてないなぁ…
戦士よりも悪役の「ブラック星博士」の方がキャラが濃くて目立っているんですよね笑
プラネタリウムの投影中に機械を乗っ取り、寒いギャグで凍り付かせるという悪行!!笑
新キャラの「ブラック星娘」はなぜかCGでしたが、めちゃ可愛かったです!
ブラック星娘も、天文科学館が変形してロボになるCGも意外とクオリティが高くて感心しました。
私がちゃんと公演を見たのは多分これが初めてで、子どもたちもゲラゲラ笑いながら楽しんでいる様子でした。
プラネタリウムも楽しめて、ヒーローと悪役(こっちがメイン?)にも会える、面白い公演でしたよ。
展望台からは明石海峡大橋と海を見ることが出来ますし
日本の子午線、135度のラインが引いてあるので写真映えしますよ。
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ボランティアの方の説明も聞ける展示もあれば、絵本や折り紙などが置いてあるキッズルームもあるので、小さな子どもも楽しめます。
5:46で止まった時計
さて、天文科学館の館内でも案内がありましたが
今年は「阪神・淡路大震災」から30年になります。
この節目に明石市立天文科学館では震災のあった「17日の5:46」で大時計を12時間止めるということです。
当時、まさに地震があったこの時間でこの時計は止まったのです。
(当時の大時計は神戸学院大学有瀬キャンパスに移設されたそうです。現在の大時計は3代目です)
もう30年も経ったのですね。
昨日記事にもなっていました↓
震災、その時
私は未就学児で、妹は生まれたばかりでした。
明石市の中でも比較的被害の少ない地域に住んでいましたが
揺れが始まったその時
箪笥の扉がバタバタと開き
天井のオレンジ色の豆電球がぐらぐら揺れ
私の上には父親が被さり、妹の上には母が被さりました。
ひと段落して周りを見ると
玄関の引き戸のガラスには亀裂が入り
食器棚から食器が落ちて沢山割れていた光景は
幼かったけれど今でも覚えています。
幸い、家族や親戚にケガや甚大な被害はありませんでした。
震災後に父が見た神戸の街
当時、兵庫県警に勤めていた私の父は
原付で2時間以上かけて出勤しました。
高速道路が横倒しになり、市街地ではあちこちから煙が上がっていたそうです。
そして、混乱の中「焼き芋」を売っていた人がいたらしく
そのお値段、1本3000円…
売る側も必死だったのでしょうけれど、父は複雑な気持ちになったそうです。
「焼き芋」に限らず、買い物にはもちろんクレジットカードは使い物にならないので、現金が手元にない人はとても困ったそうです。
そういう意味では、現代の電子マネーは手軽ですが非常時の時の為にある程度の現金は家に置いておく必要がありますね。
非常時という事もあり、しばらく父は家を空けがちでした。
余震の度に食卓テーブルの下に駆け込んだのを覚えています。
神戸で働いていた頃
私も大人になり、神戸に住み、神戸の学校で勤務しました。
特定されるとアレなのでやんわりとしか言えませんが、かなり被害の大きかった地域の学校でした。
そこでいろんな先生方から当時の話も聞きました。
日常が崩壊し、避難所となった学校の体育館ではもちろん部活動もできず
避難所としての使用が終わった時、先生と生徒が一緒になって泣きながら砂だらけの体育館を掃除したこと。
日常が奪われた虚しさ
日常が戻ってくるという安堵感
先生も生徒も辛かったことでしょう。
担任をしていた子が震災で亡くなり、今もその子の写真をデスクに置いていること。
親を目の前で亡くした人(きっと同世代であろう…)
これは淡路島に当時勤務していた先生から聞いた話ですが
震災当日、ひび割れたコンクリートを縫って自転車で登校してきた猛者もいたそうです。
「帰りなさい!」と家へ帰したんだとか。
赴任して震災を経験した先生方の生の声を聴いて、当時は言葉が出ませんでした。
何十年経っても当時の傷は癒えないことが伺えました。
東日本大震災も、能登半島の震災も、決して過去のことではありませんし
今も苦しんでいる人がいることは決して忘れてはいけません。
天文科学館は明石のランドマーク
先程の記事にもありますが、天文科学館の修復には大掛かりな工事が必要だったそうです。
今ではすっかり元の明石のシンボルに戻りました。
「明石駅」にはJRと山陽電鉄がありますが、どちらも東へ向けて出発するとすぐに、この天文科学館を北の窓から見ることが出来ます。
私も明石に帰る度に明石海峡大橋と天文科学館を見て「明石、帰ってきた!」とテンションが上がります。
ついでに春だと明石駅では「いかなごのくぎ煮」の香りがします。
うん、最高ですね笑
日本の標準時子午線である「東経135度」を通る、「子午線のまち、明石」
子育てしやすくて
程よく田舎で街で
雨が少なくて穏やかな町です
(ちょっとガラの悪い地域もありますが笑)
良かったら観光に来てくださいね!
さいごに
先日、宮崎でも地震がありましたし、今回は関連しないとはいえ南海トラフ地震も心配されています。
災害はいつか起こるもの。
起こるものは仕方ないので、最低限の被害で済むように備えたいですね。
(屋根を修理して太陽光パネルを付けるか悩んでいるところです)
あと、やはり自然災害には勝てないので
・災害でケガをして働けなくなった場合
・自宅に被害が出た場合
備えとして不労所得が欲しい。
投資する必要性も再認識しました。
今回はエッセイでしたが
このnoteでは普段、投資にハマってFIREしたい旦那に振り回される主婦が
投資の勉強をしたり、旦那に監修してもらいながらお金に関する記事を書いています。
他にも子育てやポケモンカードについての記事もあるので、よかったら遊びに来てくださいね!
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それではまた次の機会に…
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