ザ・ワン感想文

人は何をもって「自分」になるのだろう。
個としての自分の存在を定義するものについて考える時間は、10代から20代前半の頃の果てのない自分探しのひとつだった。

思い返せばあの頃自分とは何か考えるときに頭のなかにあったのは、他者の中にいる自分の姿だった。わりと真面目で、あまり友達のいない大学生の自分。アルバイト先の塾で子供に勉強を教える先生の自分。家族の中の自堕落で甘えたな長女の自分。
属しているコミュニティの中での自分の姿を認識していくにつれて、自分という存在の形は少しずつ明確になっていった。

この物語の主人公ザ・ワンも、きっとそうだったのではないかと思う。
ザ・ワンは、幾千もの選択肢を「正しく」選び、ヒーローになった。そして、人類を滅亡の危機から救うため、世界中に散らばったオーパーツを探す旅に出る。
アマゾンの奥地で、古びた駄菓子屋で、冬の雪山で、そのオーパーツを見つけるたびに、ザ・ワンは過去の記憶を取り戻していった。その記憶こそが、彼を彼自身にしていったのだと思う。
オーパーツによって取り戻した記憶はどれも、彼が、彼の周りにいた誰かと過ごしたときのものだった。家族、友人、恋人。その人たちとどんなふうに過ごして、彼らのことをどう思っていて、何を感じていたのか。他者と関わった記憶を思い返すことで、自分を見つけていく。

これは、「アイデンティティの確立」ととても近しい心の動きだと思う。アイデンティティの確立とは、発達心理学の分野で使われる言葉で、自我の発達段階のひとつ。ざっくりいうと、子どもから大人になる青年期の中で、社会と自己の関わりという観点から自分とはどんな存在なのかを見出していく、ということ。
この時期において重大なのは、「自己を定義する」上で他者から見た自分、社会の中で生きる自分について考える必要があるということだと思う。つまり、アイデンティティを確立するためには他者の存在が必要となる。
子供から大人へと成長していく過程の中で、社会を見つめ、その中で自分に求められている振る舞いを意識することで、幼い頃から作り上げてきた自分自身の形を少しずつ変えたり変えなかったりしながら自分にとって必要な要素を取捨選択していく。小さい頃描いていた夢と実際に就く職業が違っていくみたいに。 そうやって確立された自我は、紛れもなく自分自身だと自覚できるのだと思う。

ザ・ワンは、他者との関わりの記憶を得たことで、自分はどういう存在で、なぜここにいるのか、という考えを持つに至った。彼のオーパーツを探す旅は、彼自身の自我を見つけ出す旅だったように感じる。
そして、この物語の支配者である博士が観察していたのは、まさにこの部分だったのではないか、と思う。人は何を持って自分を確立するのか。自分をどうやって定義するのか。そのために必要な要素は何なのか。これはたぶん、人が人たる所以に迫るような根源的な問いで、どこまでいっても明確な答えは見つからないものでもある。
けれど少なくとも、ザ・ワンが見つけ出した自分は、彼の過去の記憶の上に成り立っていた。人の自我は、他者との関わりの記憶からできているのかもしれない、ということがこの物語の結末までを見守った後に抱いた感想のひとつだった。

自我を作りあげるものが記憶なら、人が作り出す想像は自我を反映しているのかもしれない。
オーパーツを見つける旅は、実際にはザ・ワンが作り出した幻で、彼の一人芝居だったことが物語の終盤で博士によって明かされる。そのことは、これまで見てきた物語の足元が崩れるような衝撃だった。きっと、ザ・ワン自身にとっても。
彼が演じた「一人芝居」はきっと、これまでの彼の記憶から作り出されたものだったのではないかなと思う。

人が何かを想像するときに、全く知らないものをイメージすることはたぶん不可能だ。どこかで見たことのあるものや聞いたことのあるものを頭の中の引き出しから取り出して、連想するみたいに想像は作られる。ザ・ワンが演じたアマゾンでの音を奏でる試練も、駄菓子屋のお爺さんと型抜きが好きな少年のお話も、雪山にいた人を食う熊と保護団体の女の人も、彼の記憶の片隅にあった何かから作り出されたものだったのではないだろうか。

そして、もしそうであるならば、同じ記憶をCD-R一枚に圧縮して引き継ぎ続けられるザ・ワンは、同じ環境下におかれたときに、同じ記憶を連想して同じ一人芝居を演じるのだろうか。同じ記憶を持つザ・ワンの自我は、いつも同じ形をしているのだろうか。
舞台の上で、そうではないと否定したいのに言葉が出なくて泣き崩れたザ・ワンのように、感覚でそうではないと感じるのに明確にそれを否定する言葉は見つからない。

けれど、この物語を見てからしばらく時間が経ち、ようやくひとつだけ、自分を構成する「自分」だけの要素が何なのか、見つけることができた。それは、経験だ。この経験は、当然ながら過去になり、過去は記憶になる。だから、経験とはつまり記憶のことなのではないか、と考えてしまいそうになる。
けれど、その場にいたという事実だけは、たとえ記憶が同じであっても引き継ぐことはできない。実際にそこにいて、感じたこと、温度やにおいや気配みたいなものは、記憶として頭の中に残って
いなくても、身体のどこかに取り込まれてその人を作る一部になっていくのではないかと思う。
記憶だけを引き継ぎ続けられてしまうザ・ワンの身体には蓄積された経験のかけらは入っていなくて、だからこそ、そのことを知って深く絶望するほどの空虚さを感じたのではないか。
空っぽの身体のまま、それまで物語の登場人物だったはずの黒子たちがスタッフの姿で解体していく舞台の上で、たったひとり踊り続けるザ・ワンの孤独と絶望は、見ていて本当に苦しかった。それは、彼の中の空虚を感じ取ったからだったのかもしれない。

AIである博士に、目的は必要ない。ザ・ワンの研究は博士の中にプログラムされた通りに永遠に続いていくのかもしれない。その途方もない時間の中で、経験の積み上がることのない空の身体のまま踊り続けるザ・ワンの物語の終わりを、わたしはまだ見つけられないでいる。

ところで、ザ・ワンは無数の質問のすべてに、ヒーローになる選択肢を選び続けたことで博士の研究の被験体に、世界を救う人間になった。けれど博士は、あなたは「選ばれた」のだと言う。
答えを"選んだ"のは彼自身だ。人生には無数の選択肢があり、人は誰も自覚的にも無自覚的にも、選択を重ねながら生きている。そうして選んだ先に行き着いた場所のことを運命と呼んだりする。
選んだのはこちらであるはずなのに、「選ばれた」のは何故なのだろう、と思うと同時に、それ以外に適切な言葉が見つからないのもまた事実だった。
そして、その答えの欠片を、大阪公演の最終日、この舞台の大千穐楽のレポを目にしたときに見つけた。
(レポを残してくださった方々ありがとうございます。)
(気になった方はTwitterで#ザ・ワンネタバレ🔎)

どんな選択肢を選んでも、どうしてもその道に辿り着いてしまう人が、世の中にはほんの一握りだけ存在する。その人を、その道に縛り付けるものを、"才能"と呼ぶのだと思う。たぶん才能というものは、その人自身が望むと望まざるとに関わらず、その人の運命を決定付けてしまう。
ザ・ワンは、最後の質問で粉吹き芋を選んだからヒーローになったわけではなかった。彼はきっと、"ヒーローになる"才能に選ばれてしまっていた。だから、博士は彼に「選ばれた」と告げる。自らの意思では避けようのないその運命は、とても残酷なものでもあると思う。
そしてこの才能という言葉は、この舞台を演じた推しであるネスくんに翻って考えざるを得ない。
初めてステージに立つネスくんの姿を見て、彼が舞台に立つべき人だということは十二分に理解できた。それを才能だとひと言だけ片付けてしまうときっと言葉が足りないのだけど、でも彼は、間違いなく才能に"選ばれた"人なのだと思う。
もちろん、ネスくんはただ選ばれただけではなく、自分の道をご自身で選んだ人だし、彼自身の意思で進む道を切り拓いている人だとわかっている。それでも、才能に選ばれた彼のことを考えずにいられないのは、私自身の勝手な罪悪感のせいかもしれない。
私は、ダンスについて深い知識を持たないし、彼の主戦場のひとつであるA-POPやダンスバトルといった世界のこともほとんど知らない。これから知っていきたいしお勉強中ではあるけれど、ダンスや、ダンスバトルそのものが好きな方の熱量とは比べものにならないこともわかっている。
そんな私が、私の中にある基準や物差しで彼を好きだと感じることは、もしかしたら彼が本当に見てほしいものや、努力していること、認めてほしいものを見つめることができていないのではないか、と思うことがある。そしてそれは薄らとした罪悪感になって、私の中にずっとあるものだ。
(もちろんこんなのただのこちら側の妄想とエゴで、ネスくんはどんなおたくにも応援してくれてありがとうと言ってくださる宇宙一素敵な推しです。最高。大好き。いつもありがとうございます。)

もしかしたら、ご本人様が望んでいないかもしれない何かを好きになってしまって、願うのはどうしてもずっとステージにいてほしい、ということで。その身勝手なファンとしてのエゴが、あの物語の最後にたったひとり舞台の上で踊っていたザ・ワンの姿を見たときに思い浮かんで、勝手にすごくしんどくなってしまった。
それでも、これからもネスくんのことが好きだろうし、行きたい現場があれば足を運んでしまうと思う。これも、私にとってはひとつの重大な選択で、これによって私は、身体の中に経験を、頭の中に記憶を蓄えて自分を形作っていく。
ザ・ワンの物語を見つめた経験と記憶は、きっと私の自我の一部になった。


#ネスワンマン
#ザ・ワンネタバレ

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