「お母さんが働くと子どもがかわいそう」なんてことはない
今でこそ自分の生き方に自信を持てるようになってきたけど、過去は長らく低空飛行でした。
産後数日目。義母から言われたことばに撃沈。
「子どもがかわいそうだから小学生になるまでは家にいなさい」
育児が落ち着いたら、できる仕事はしていきたいと思っていた私。
この時から、自分を捨てて母親に徹しないといけないんだと無理やり納得させるしかない日々が始まった。
ことあるごとに「かわいそう」
母親になってしまうと、どうしてもとらわれてしまうのが「かわいそう」というワード。
これ、地味にしんどいし刺さります。
親になったのも初めてだし、正解も分からないし、育児書通りにやっても当てはまらないし。
さらに、私には肉親がいないので相談相手もいないしで内心てんやわんや。
「いいお母さん」をやめた
子どもができると、どうしても子ども中心のコミュニティとしか関われなくて、みんないい人なんだけど自分の不出来さにガッカリする日々。
今だから思うけど、母親になったからといって最強になれるわけじゃない。
仕事に向き不向きがあるように、食に好みがあるように、母親になった瞬間から家事育児すべての装備がつくわけじゃないんですよね。
苦手なものは苦手だし、母親だからマストでやらないといけないってことはないです。
家事ひとつにしても、家族分の手があるんだから、やるのは自分じゃなくていい。
旦那がやりたくないなら家事代行に頼めばいい。
勝手なお母さん像をつくってた自分に気付き、パッと手放したら肩の荷が下りました。
そしてむしろ、手放した後の方が周りとの付き合い方も気がラクに。
ありのままの自分の方がよっぽどいい
軸を周りから自分にしたことで、苦労もしました。
(ずっと周りを優先してきたから、そもそもやりたいことすら分からなかったり)
でも、母親だってやりたいことをやっていいし、わがままになっていい。
だって、自分の人生なんだから。
時間はかかったけど、少しずつほぐれてきた今の自分が好きです。
「かわいそう」なんてことはない
子どもを最優先にしないでかわいそう
お母さんが仕事しててかわいそう
色々言う人はいます。
もしかしたら、罪悪感に悩まされてしまうかもしれない。
でも、全くそんなことはなくて。
自分の未来・家族の未来を切り拓くための行動を「今」やらなかったらいつやるんだ、と。
私も、義母の反対を押しきってパートを始めたら子どもに好きなものを買えるようになったし、夫の反対を押し切って在宅ワークを始めて頑張ったらパートの何倍の収入にもなった。
結果、子どもが不登校になっても近くに居てオンラインのフリースクール代を難なく出せている。
どれも〝誰か〟の言うことばかり聞いてたらどれもできなかったことです。
「かわいそう」っていうのは、そんなもん。
今、頑張りたいならやればいいし、やりたくないならやらなきゃいい。
我が家の場合は、むしろ子どもに応援してもらってます。
頑張ってる姿勢を見せるのは悪くないです。
自分の人生は自分で決めていくのがイチバン、ですね。
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