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ショートショート『生命維持教室』

「先生、僕がいません」

「何度も言っているでしょ。”僕”だけじゃ誰が誰だかわからないから、ちゃんと番号も言いなさいって」

「6275番です」

 と、高太郎が大きな声で言った。

 高太郎の声の大きさに驚き、隣に座っていた幸太郎が筆箱を床に落とした。

 開け口が全開だったため、消しゴムやら鉛筆やらが教室中に転がり、幸太郎の近くに座っていた”こう”太郎達は、一斉に床を見た。

 鋼太郎は、幸太郎の鉛筆を拾い上げ、耕太郎に「後ろに回して」と言った。耕太郎は幸太郎に鉛筆を渡し、前を振り向くと宏太朗にも頼まれた。「後ろに回して」と。

 机や椅子でガチャガチャごちゃごちゃしている左側とは対照的に、右側はぺちゃぺちゃしていた。好太郎と晃太郎は漫画の話をし、廣太郎と虹太郎は小説の話をして盛り上がっていた。


「おい、お前ら静かにしろ!」

 机に座っているこう太郎達とは二回り大きい広太郎が注意すると、スイッチで切り替えたかのように静まった。


「俺は明日死ぬ、お前らは4日後に死ぬ。だから、今から俺の話すことをちゃんと聞くんだ」

 生徒30人、先生1人。性格と指紋、そして名前の『こう』の字以外はすべて同じ、クローン人間だけの教室がそこにはあった。


 地球最後の科学者だった功太郎は、長い月日をかけて人間のクローン化に成功した。功太郎と全く同じ遺伝子をもった赤子が機械を通して誕生し、4日間で18歳分の成長を遂げる。

 知能は功太郎とほぼ同じ、四肢もしっかりあるクローン人間の完成に、功太郎は大いに喜んだ。

 だが、そのクローン人間には欠陥があった。

 生きられるのは最大で7日だけ。成長が早い分、衰えるのも早くなるからだと功太郎は推測した。

 さらに、クローン人間の生成数には限界がないのだが、生成を繰り返す毎に知能が低いクローン人間が生まれることがわかった。

 先天的な知能が低くなってしまったからには、教育しか知能を伸ばす方法がない。そう考えた功太郎は、先に生まれたクローンが先生となり、後に生まれてくるクローン達に教えていくよう言い残した。


 クローンのオリジナルだった功太郎が老衰死してから30年。地下の巨大シェルターの一室で、何代ものこう太郎が教え死に、教わり教え死に、を繰り返していた。

 教え教わる内容はただひとつ、『クローン人間の作り方』だけだ。理論から機械の使い方まで、クローン人間に関する内容を急成長する最初の4日間で教える。

 そして、残りの3日で、次代のクローンに教える教育係と、次代のクローンを作る科学係にわかれる。クローンを作るためには多くの労働力が必要なので、教育係は基本的に1人だけである。



「先生、大変です……研究室が….爆発しました」

 6275番目のクローン人間でもある甲太郎が、慌てた様子で教室を入ってきた。呼吸が乱れ、涙目になっていた。


「え、嘘だろ」
「被害はどのくらい?」
「機械は安全なの?」
「やばいよやばいよ」
「研究室に資料取りに行ったよ」
「科学係はまだいるよね?」
「爆発!?そんな馬鹿な」

 教室にいたこう太郎達は、慌てふためき騒ぎ立てた。


「まあ、科学係が全滅しても、クローン機械と先生さえいれば安心だよ」
「そうだよ」
「だね〜」




「先生がいません」

1番最新の6300番目のクローンが、おわりを告げた。





––––完––––

Sheafさんの #ストーリーの種 から、「先生、僕がいません」をお借りして創作しました。


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