ショートショート『消費期限切れの桃太郎』
むかし、むかし、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。
ほぼ毎日、お爺さんは山へ柴刈りに。週に1回、お婆さんは川へ洗濯に行くかどうかの選択をしていました。
「爺さんよ〜。ちょいと洗濯にいってくる」
どうやらお婆さんは、3週間ぶりに川へ洗濯に行くことを決めたようです。
「ドッコイショ、ドッコイショ。ヨッコラショ、ヨッコラショ」
家事をすべてお爺さんに任していたお婆さんは、炬燵から立ち上がるのも一苦労。
途中何度か挫折しかけたが、柴刈りの身支度を済ませたばかりのお爺さんの肩を借りて、ようやく立ち上がることができました。
「婆さん、無理せんでええよ」
「下着が痒くて痒くてしょうが無いんじゃ。それともなんじゃ、爺さんが代わりに行ってくれんのか?」
お爺さんは一切返事をせず、無言で家を出ていきました。生意気なお婆さんと30年過ごしてきたお爺さんは、夫婦喧嘩の避け方を熟知していました。
「爺さん、爺さんいかんでおくれー。わし1人じゃ、やっぱり洗濯にいけん。爺さんよ、爺さんよ、いかんでおくれー」
もう遅いです。勤勉なお爺さんはすでに山へ柴刈りにいっており、声など届きません。
「チッ」
ボロ屋のボロい炬燵の横に立つ、ボロいお婆さんは舌打ちをしました。
「糞爺。いつからてめーはそうなったんだ。忘れたんか?結婚してやったのはこのわしじゃぞ。婆様だぞ」
別に誰かに話しかけているわけではありません。単なる独り言です。
「なんでわしのも一緒に洗濯せんの?わしは知ってるからな、爺さんが自分の分だけ川へ洗濯にいってんの。知ってるからな!」
これも単なる独り言です。
一日中炬燵に寝っ転がっているお婆さんを、自らの意志で外へ行かせたい。そんなやさしいお爺さんの沈黙の応援に対して、お婆さんは怒鳴り散らした。
「意地悪糞爺、意地悪糞爺、意地悪糞爺、意地悪糞爺、意地悪糞爺、意地悪糞爺・・・」
お婆さんは1人でしりとりをしながら、川へ向かいました。
そして着きました。ボロ屋から徒歩1分程度のところにある、川に。
「痛ッ!」
石に躓き、転んだお婆さん。ボロボロの服に泥が付き、お婆さんは苛つきました。
「だから洗濯に行くのはやなんだよ……あれ…は….」
眼鏡です。
お爺さんとお婆さんの家で1番高価なもの。ボロ屋になる代わりに購入したもの。視力が低い二人にとってなくてはならないもの。それが川岸に落ちていました。
「糞爺、てめー。落としたのは糞爺だって、わかってんだよ。これがどんだけ高価か忘れたんか?おい」
鬼の形相を浮かべながら、お婆さんが独り言を言いました。
夫婦喧嘩の避け方を熟知しているお爺さん。眼鏡を川で無くしたことをお婆さんに隠していました。
でも心優しいお爺さん。3週間ぶりに洗濯へ行くと決断したお婆さんの意志を尊重し、今まで隠し通していた眼鏡の事実を犠牲にしました。
「チッ」
心までもボロボロのお婆さんは、舌打ちをしながら眼鏡をかけました。
ぼやけていた景色が一気に鮮明になり、川岸にあがったあるものが見えてきました。あれは….
桃です。
しかし、その桃は腐っていました。
黒く変色した大きな桃は、果肉がドロドロと溶け出しており、その溶けた果肉には人間の子供の足と思われる骨がひとつ混ざっていました。
「おえ、きっも」
吐き気を催したお婆さんは、ドロドロに溶けた桃から離れてから、下着を洗い始めましたとさ。
めでたし、めでたし。
–––––完–––––
以下の企画に参加してみました。
「真顔で執筆」=死
というぐらい、笑うのを我慢しながら執筆するのが苦痛でしたw
桃の味変に、こちらもどうぞ。
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