「なんだ、こいつも笑うんじゃないか、とガンドーは思った」
「……笑えるな」ニンジャスレイヤーは鋼鉄メンポの奥で、微かに笑いを漏らした。珍しいことだ。なんだ、こいつも笑うんじゃないか、とガンドーは思った。朝焼けが近かった。
ニンジャスレイヤー第2部:キョート殺伐都市
「リブート、レイヴン」より
よく笑う男
「ニンジャスレイヤー」の第二部から登場するタカギ・ガンドーという男がいる。彼は二部の舞台となるキョートのガイオン・シティの探偵であり、ガイオンに不慣れなニンジャスレイヤーを案内し、協力し、共に行動していくことになる人物だ。
作中でガンドーが笑う場面は多くある。彼は陽気な男だ。愉快なできごとがあれば笑い、ジョークを言って笑い、誰かを安心させるために笑い、相手を油断させるために笑い、苦境で己を鼓舞するために笑い、感謝や喜びを表して笑う。
そんな彼は、自分以外の者が笑うことに触れたのが最初に引用した場面だ。陽気なガンドーとは対照的に、常に張りつめた緊張感と共にあるような男が、ガンドーの突飛な思いつきに一瞬虚をつかれ、そして笑った、そういう場面だ。
笑わない男
ニンジャスレイヤーは復讐者だ。なので、作中には悲鳴や苦悶や怨嗟の場面が非常に多い。物語の舞台となるネオサイタマやガイオンは、犯罪と不正にまみれるディストピアであり、それなりの小さな喜びもあったかもしれない日常を何とか送っていた一般市民は、突然の暴力と死に襲われて無惨に死ぬ。市民を襲い暴力を楽しんでいた邪悪なニンジャもまた、そのニンジャを殺しにくるニンジャスレイヤーによって無惨に死ぬ。
ただでさえこの世界は暴力と死に溢れている。そこへ一層の暴力と死を撒き散らすニンジャという存在に対して、ニンジャスレイヤーはさらなる暴力と死を叩きつけにやってくる。その時、ニンジャスレイヤーであるフジキドという男に見られる感情は、ほぼ憎悪か、怒りである。
フジキド・ケンジは生真面目な男であり、また妻子を殺されたことへの復讐を続ける彼の行動には遊びや余裕がなく、常に張りつめた緊張感がある。少なくともガンドーと出会った時点まではフジキドはほとんどの場合、深刻な、切迫した、息を詰めるような空気をまとっている。
出会いとささやかなできごと
そんなフジキドが出会ったのが、大柄で世慣れた陽気な探偵であるガンドーだ。彼はフジキドと共に巻き込まれた巨大な陰謀と殺し合いのさ中にも、ジョークを言い、あるいはちょっとした愛嬌のある仕草を持ち込んでくる。そして、とかく深刻に真面目過ぎるフジキドにも、そんなフジキドの旅を追っている読者にも、少し息を緩める機会を与えていく。
生真面目な、緩みや隙のないフジキドという男が、よく笑う陽気なガンドーと出会い、そして行動を共にするうちに起きた小さなできごとが、冒頭に引用した場面になる。
ガンドーが聞いたその微かな笑いは、鋼鉄のメンポ──鼻から下、口元を完全に覆う鋼鉄のマスクであり、ニンジャを殺すという復讐の意思を刻んだ武装の、その奥でのことではある。彼は未だ己の顔に復讐と憎悪の印を刻み込んだ復讐者であることをやめたわけではない。
だが、その復讐者の向こうに、時には笑いを漏らすことのできる男がいることをガンドーは知った。その時にガンドーがどう感じ、どのような表情であったのかについては書かれていないし、彼らはすぐに気持ちを切り替えて新たな殺し合いへと向き合う。
これはニンジャスレイヤーという長い物語の中の、ごくささやかな、一瞬のやりとりだ。
よく笑う男が、笑わなかった男が笑うことができることを知ったこの場面が、私はとても好きだ。そして、「なんだ、こいつも笑うんじゃないか」と思ったその時にガンドーはどんな顔をしただろうか、と考えたりする。