希望としての政策デザイン:Part4 変容の場の生成
PART3では、デザインには複数の役割があり、とくに今日の課題が複雑化した環境では、モノゴトの多義性を捉えるファセット思考が重要であり、その思考はデザインアプローチの実践で培われる可能性があること、しかしこのような取組は費用対効果が判断しにくく導入にはジレンマがつきまとうことを紹介した。このパートではどのように変容の場を作っていくことができるかを考えていきたい。
市民協働の現状と課題
政策デザインにおいて、市民はサービスの一方的な受け手としてではなく、サービスの送り手である行政職員と積極的な協働作業を通して関わることが重要である。しかし、現状では市民が関与する機会は限られているのが実情だ。もちろん、参加のための機会は提供されている。しかし、それが市民にとって本当に参加しやすい形であるかどうかは疑問が残る。
例えば、私が住む自治体のメーリングリストを通じて、ある日の連絡で「公園の指定管理制度の効果検証委員会に参加する市民代表を募集する」という内容が届いた。募集の内容をいくつかピックアップすると以下のようなものだった。
募集人数:2名
応募資格:18歳以上、平日昼間の会議(全4回)に参加できること
応募方法:「公園の指定管理に望むこと」をテーマにした800字以内の小論文を提出すること
このような募集要項を見る限り、応募するのはおそらく日中に時間がある高齢者か、特定のテーマに強い関心を持ち、平日の昼間に参加できるようになんとか予定を調整できる人に限られるだろう。全4回の会議の日程は決まっていないのに申し込み段階で予定調整ができること、が条件として示されているのだ。このような状況では、参加する意欲がある市民でも実質的に応募がしにくい。
このように、表面的には市民に開かれているように見えるが、実際には幅広い市民が参加する機会を十分に得られているとは言い難い。このような状況で、どのように市民と行政が協働できるつながりを構築できるのかを考える必要がある。
4つの協働の方法
デンマークの行政研究者クリスチャン・ベイソン氏は、行政が市民と協働する方法を4つのタイプに整理している。
この図は市民参加の形態を4象限で示している。縦軸は「現在の状況に関する情報提供(Informing about the present state)」から「新しい未来を創造する(Creating a new future)」までを表し、横軸は「関与する人数(少数:Fewから多数:Many)」を示している。この2つの軸をもとに、市民の関わり方を4つの象限に分類している。それぞれのカテゴリーの内容を見てみよう。
Quantitative Surveys(定量的調査)
位置:右下(多数の人々が現在の状況について情報提供する)
多数の市民を対象に、アンケートなどを通じてデータを収集する形態である。特定の質問に対する回答を多くの人から得ることで、市民の意向を把握できる。この方法は、統計的な分析に基づいた意思決定に役立つ。
Qualitative Research(定性的調査)
位置:左下(少数の人々が現在の状況について情報提供する)
少数の市民から詳細な洞察を得るための調査方法である。インタビューや観察を通じて、市民の体験や考えを収集し、問題の根本的な原因や背景を理解することを目指す。デザインアプローチでは、このような定性的調査から得られる深い気づきを新たな解決策のヒントとすることを重視している。
Crowdsourcing(クラウドソーシング)
位置:右上(多数の人々が新しい未来を創造する)
解説:多数の市民からアイデアや知識を集め、新しい解決策や未来のビジョンを形成するプロセスを指す。インターネットを活用して市民の意見や提案を広く収集し、大規模な創造活動を行うことがこの象限の特徴である。たとえば、Decidimのようなオープンソースのプラットフォームは、市民が政策決定にデジタルで参加し、透明性や説明責任を確保しながら協働できるツールを提供しており、日本ではCode for Japanが2020年から日本国内へ展開を行っている。
Co-creation Workshops(共創ワークショップ)
位置:左上(少数の人々が新しい未来を創造する)
少数の市民が集まり、協力して新しいアイデアや解決策を創出する形態である。ワークショップ形式で参加者が意見を交換し、共に未来のビジョンをデザインするプロセスを重視している。少人数だからこそ、深い議論や実験的な取り組みが可能となる。
協働と熟議の価値
政策デザインにおいては、この四象限の左半分「少数との協働」に対する抵抗感が根強いのではないだろうか。少数との協働に対する抵抗感は「少数の意見で物事が決定されてしまう」という恐れから来る。多くの場合、行政は全員の意見を反映しなければ公平ではないと考えがちだ。しかし、属性も考え方も違う人々を全員とひとくくりにすることはできないし、限られた資源でサービスを提供しなければならないという現実の制約のもとでは全員に公平にサービスを届けることは現実的に難しい。
正解が存在しない「厄介な問題」に対しては、従来の「解決策を決めて民意を問う」というアプローチは限界に達している。熟考、熟議を通じて生まれたアイデアは、多数決では得られない成果をもたらしうる。少数との協働で生み出したものを全体に問い直すこともできるだろうし、少数との協働を連綿と続けることで全員に至ることもできるだろう。
このような少数との共同作業を実施するための具体的方法として、私は「調達」と「リビングラボ」の2つを挙げたい。
調達×デザインアプローチの可能性
行政職員が政策立案段階からリサーチやプロトタイピングを行うことで市民協働を促進することができるのではないか。
行政は、予算を有効に活用するために調達プロセスを実施する。このプロセスでは、特定の目的を達成するための最適な方法を選択し、それを最も効果的かつ経済的に実施できる事業者を選定する。このアプローチにより、予算の効率的な活用が可能となる。しかし、この従来の進め方には潜在的な課題がある。
理想的には、事業者選定の前に、ユーザ中心視点のリサーチとプロトタイピングを一定程度完了させることが望ましい。その理由として、調達条件を設定する段階で問題の定義や解決方法が固定されてしまうと、実際のユーザニーズとの乖離が生じる可能性がある。また、事前のユーザ調査なしでは、開発されるサービスが実際のユーザにとって価値があるかどうかの確証が得られない。これらの不確実性により、せっかく実現・具現化しても、最終的に使われないサービスが生まれてしまうリスクがある。
したがって、調達プロセスの初期段階でユーザ中心のアプローチを導入することで、より効果的かつ価値のあるサービス開発が可能となる。このアプローチは、ユーザニーズに即したサービスの創出を促進し、公共資源の効率的な活用にもつながるだろう。
このような取組は東京都において始まっている。東京都では、ユーザー中心のサービス提供を目指し、サービスデザインガイドラインの策定や組織への導入推進に取り組んでいる。このガイドラインの策定は私も関わらせてもらい、従来多かった確立された専門知識をパッケージして届けるようなガイドラインとは異なる特徴を持たせた。
第一に、このガイドラインは、確立されたノウハウの体系的な紹介ではなく、失敗を恐れずにチャレンジすることの重要性を強調している。冒頭から、繰り返し試行錯誤することの価値を訴求し、実践的な学びを促進する構成となっている。
第二に、ガイドラインの核心は、実際の業務で活用できる具体的なフレームワークの提供にある。このアプローチにより、ユーザは理論ではなく実践的なツールを中心にして具体的なリサーチやプロトタイピングの試行を行うことになる。
ありがたいことに東京都は、このガイドラインの影響力を最大化するための戦略的な決断を行ってくれた。クリエイティブコモンズライセンスを適用することで、東京都以外の自治体も自由にガイドラインをカスタマイズし、活用できるオープンなツールとして提供している。この決定は、行政サービスの改善に向けた知識と経験の共有を促進し、より広範な影響を及ぼすことを目指している。自分の観測範囲内だけではあるが、いくつかの自治体の方から、ガイドラインやフレームワークを実際に活用していると教えていただいた。
リビングラボの可能性
もう一つの方法はリビングラボの運営である。リビングラボは2000年代初頭に欧州で始まった市民参加型のイノベーション手法で、市民、企業、行政、学術機関が協力して実生活に基づく実験やプロトタイピングを行う場として機能する。日本でも近年、地域課題の解決やサービス開発に向けた取り組みが広がっている。この場を継続的に運営することで、参加者は日常的にリサーチやプロトタイピングに触れ、自らの視点を変容させ、主体的に生活に向き合うことが期待される。
変容の場という希望
行政の政策立案プロセスやリビングラボは、市民と協働するための場を提供している。この協働は、単に良いサービスを届けるだけではなく、現代の競争的で複雑な社会において自分の生活や仕事を見つめ直し、自律的に関わるための強さと柔軟さを育む場にもなりえるのではないだろうか。
私たちは、デザインアプローチを通じて立ち止まり、試行錯誤する中で、表面的なアウトプットではなく本質的な成果を追求できる力を得る。そして、このようなアプローチを繰り返し実践することで、行政も市民も役割や内面化されてしまったこれまでの価値観から距離を置き、主体的に自分の暮らしをつくる力を取り戻すことができるのではないだろうか。
近年、行政も市民をパートナーとし市民協働を行うことで行政サービスを届ける限界を乗り越えようとしているように思う。しかし、現代社会の多忙さの中でどれくらいの市民が行政と協働できるだろうか。一足飛びに実現することはできないかもしれないが、デザインアプローチを通じて、新しい視点を得てアウトプットし、フィードバックし合うようなそんな関係を構築することでいつか多くの人々が結びつきながら主体的によりよい暮らしをともにつくることができるのではないだろうか。これが政策デザインが私にとって希望である理由だ。
Part4のまとめ
市民参加の機会は限られており、行政と市民が協力して政策を創造するプロセスが必要である。
ベイソン氏の協働モデルは、少数・多数、現状理解・未来創造の軸で市民参加を分類し、目的に応じた適切な方法を提案している。
リビングラボは市民参加型アプローチを通じて、実社会の課題解決に向けた試行錯誤の場を提供し、政策の実効性を高める。
謝辞
株式会社コンセント 大崎 優さんに誤字の指摘をいただきました。ありがとうございます!