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工夫の研究または自分証拠の提示|ひらくデザインリサーチ Vol.3

ぼくは現在、「ひらくデザインリサーチ」というリサーチ・スルー・デザインを実践する活動に取り組んでいる。今回は2024年3月から7月にかけて取り組んだ内容を紹介したい。
まず最初にお断りしておくと、はっきり言ってこれを公開することには気後れしている。内容が薄っぺらいように感じるが、デザインに取り組む際に参照した『リサーチのはじめかた』という書籍の教えに従い、とにかく外部化して公開することにする(タイトルの「自分証拠」とは、自らの興味を大事にしたリサーチを行う際の外部化した思考の痕跡を指す)。

それによって、自分のリサーチの不十分さが明らかになり、それを修正したいという気持ちも強化されると考える。
もし関心を持っていただいて読んでもらえることがあればとても嬉しい。忌憚のないご感想をいただけると嬉しい(たとえそれが読む気が起こらないというご意見でも……)。


工夫・生活に根ざした創造性の研究

はじめに

我々が現在直面しているのは、高度な不確実性を伴う状況、いわゆるVUCAの時代である。VUCAとは、予測不能性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の頭文字を取ったもので、経済、政治、社会などあらゆる分野で大きな変化と挑戦を引き起こしている。このような不確実性の中で、企業や組織はどのように対応すべきかという問いに直面している。

経済システムの維持とデザイン人材の育成

現在の経済システムを維持するためには、新しい製品やサービスを作り続け、経済を回し続ける必要がある。そのためには、これまでとは異なる革新的なアイデアと戦略が求められている。様々な企業や組織は、不確実性の高い状況の中で、自律的に問題を探索し解決策を見出せる人材を育成しようとしている。
デザイン人材の育成も、このような経済の要請と多くの部分が重なる。デザイン人材はその主要なスキルとしてデザイン思考ができることを求められる。デザインとは多様な側面を持つが、ここでのデザイン思考とは、さまざまなリサーチ(とくにユーザーリサーチ)を通じて課題を生成し、試行錯誤を繰り返すことで新しい価値を創出するための考え方を指す。
一方で、このような人材に対する期待が新しい危機的な状況を招きつつある。燃え尽き症候群である。ビョンチョル・ハンは、新自由主義的な価値観を内面化しすぎると、労働者は限りない自己搾取の連鎖に捉えられ、最終的には燃え尽きてしまうことを指摘している。
熊谷晋一郎は、著書で自律的に変化し続ける個人や組織を要請することの危険性について以下のように指摘している。

流動化した社会のもとでは、以前のように人や組織が一律に一つの理想モデルへと同化されるわけではない。むしろそれとは逆に、変化し続ける個人や組織こそが「付加価値創造」と「雇用の流動化」の源泉とみなされ、資本の増殖運動を止めないために尊重されることになる。絶えざる差異化の運動自体が自己目的化すると、変化に限界のある身体は軋み始める。

綾屋 紗月; 熊谷 晋一郎. つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく (生活人新書) (pp.157-158). NHK出版. Kindle 版.

普段の暮らしから人間的な創造性のあり方を探る

このような状況を背景に、創造性とは要請されて発揮できるものなのか、生産性の向上を目指した創造性とは本当に創造的なのかを考える必要がある。人間的な創造性のあり方を探るために、私たちの普段の暮らしの中にある事象から創造的であるとはどういうことか、今日の社会で創造的であるために何が必要なのかを考えていく。
普段の暮らしから創造性を考えるため、「工夫(くふう)」という切り口をリサーチのテーマとした。「工夫」は、特定の問題を解決するための独自のアイデアや方法を見つけ出すことを意味する。この言葉は、どちらかといえば大規模な技術革新や発明よりも日常生活の中での小さな改善活動に使われることが多いように思う。
しかし、この「工夫」という言葉が当てはまる事象には、創意と独創性、柔軟な思考など、既存の枠組みにとらわれない創造性の発露が見られる。これは言わば、目的や制約から解放された個人の創造性が小さく爆発した瞬間ではないだろうか。
ここから「工夫」というキーワードを通して、創造性が発揮される現象を捉えていきたい。

考察

まずいくつかの「工夫」の例として、漫画原作者・漫画家の久住昌之氏『工夫癖』の事例や建築家の元木大輔氏の作品を取り上げる。

いつもどこかにいってしまうコタツのスイッチを無理矢理天板に固定する装置|出典:久住昌之『工夫癖』p.9

『工夫癖』は、漫画家の久住昌之の父「オジハル」の「工夫」を取り上げた書籍。ごく個人的な不満を雑に解決しようとした際の不完全さや過剰さを親しみを込めながらやや呆れた調子で紹介する。

DDAA「Sponge Shelf」https://dskmtg.com/work/sponge.html?select=object

DDAAは元木大輔氏が代表を務める「建築、都市計画、ランドスケープ、インテリア、プロダクト、コンセプトメイキングなどの様々な分野で活動している建築・デザイン事務所(DDAA Inc. - Contact & About https://dskmtg.com/about/index.html)」である。
写真のプロダクトは、ブックフェアのために制作された家具で、食器用のスポンジを複数組み合わせることで、物体を保持し展示するための什器を作成している。
クロード・レヴィ=ストロースの「野生の思考」や「ブリコラージュ」も参考に、人間の創造性を考察した。レヴィ=ストロースは、日本を近代技術の活用と野生の思考(素材の本質を引き出す)を両立させた国として評しているが、これは「工夫」とは異なる視点からの創造性である。
工夫は既存の用途を無視し、別の文脈に再配置することで新しい価値を生み出す。これは、近代技術の活用や素材の本質を引き出すといったものではなく、ある事物のポテンシャルを発見した際に、それを活用せずにはいられなかった、というような創造性の思いがけないスパークなのではないか。
こうした工夫を行う際の考え方には、創造性が重視される社会の中で人間的な柔軟さを持って創造性を実現させるヒントがあるのではないだろうか。例えば、このような工夫の実例では、元々のモノの使い方を無視し、別の用途として利用している。その時には、元々のモノが持っている適正利用の外側を想像し、適正利用から逸脱するという戸惑いも何らかによって乗り越えているのではないか。前述した課題背景に基づいて考えると、様々な企業や組織は人材に対して直接的に創造性を求めるのではなく、創造性を発露させるような環境や仕掛けを用意し、自由に物事を考えられる機会を増やすことが重要なのではないだろうか。

結論

変化への対応と自己抑制が求められる現代において、デザイン人材の育成や企業の戦略は不確実性にどう対応するかが鍵となる。普段の暮らしの中にある「工夫」を通じて、人間的な創造性のあり方を探ることは、デザイン思考の新しい視点を提供するものである。これからも研究を進め、新たな発見を共有していくことが求められる。

今後の課題

  • 先行研究や関連書籍を読み、そもそもこのテーマが研究として成立するのかを検討する必要がある。

  • 収集した工夫の事例は、あくまでも検討するための材料でありデザインリサーチとして、リサーチ・スルー・デザインとして何をデザインしたいのかを明らかにする必要がある

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