お父さんの「わ!」

お父さんは声がでかい。子供のころから武芸にいそしみ、丹田で呼吸をする癖がついた。そのうえ、工事現場の仕事で、作業音に負けない声量が身についたようだ。

お父さんが小声で話すところを見たことがない。鼻歌も笑い声もとにかくでかい。人を呼ぶときも、距離感がないんじゃないかと思うほど声がでかい。同じ居間にいるのに、突然大声で名前を呼ぶ。家族は慣れている。

そのお父さんの楽しみの一つが、大声で家族を驚かせること。

テレビのミステリーや恐怖映像を食い入るよう集中して見ていると、胸が高鳴る。CMになるとみんなでほーっと息をつく。緊張と緩和だ。

CM中はトイレタイム。まだ怖さを引きずっているので、暗い廊下から居間に戻るとなんだか安心する。そして鼓動も落ち着いて、心にすっかり隙ができた頃に、お父さんがトイレから帰ってきて、「わ!」と短く大声を出す。

これがいつも絶妙のタイミングで、家族は心臓をわしづかみにされる。しばらくは息も絶え絶え、声が出ない。爆発事故に直面したような衝撃。

またもしてやられた!と家族みんなが悔しい思いをする。その様子を見て、お父さんはご満悦になる。

これを真似しようと友達に何度もやったけど、思ったような反応は一度もなかった。お父さん、残念ながらその芸は継承されませんでしたよ。

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