私の胸に空いたオゾンホール
「でも、それじゃあイジメに繋がってしまう可能性ってないですかね…」
私はとうとうこの疑問を口に出した時だった。
これに担当指導教員である友理子先生は優しく諭すような口ぶりで答えた。
「その懸念はわかりますよ。でもいいですか、今回の授業の目的は『フロンガスが環境にどのような悪影響を与えるか』、この問題について子供たちにしっかり理解してもらうことなんです。実際の教育現場では子供たちへ正しい認識を与えるため、時として強い印象を残すことが大事なんですよ」。
“実際の教育現場”では。
そう指導教員から言われると、一介の教育実習生である私は何も言い返せなくなった。
しかも友理子先生は50代の大ベテラン教員だ。これまで私のような教育実習生を何十人も受け持って来ているそうだ。
そんな友理子先生の指導は手慣れていて、そして丁寧だった。いつもよく私の意見も聞き入れて的確なアドバイスをくれた。優しい方が指導教員で良かった。教育実習が始まった当初、私はいつもそう考えていた。
だけど今回は少し雰囲気が違った。なんというか、いつもより少し指導が厳しいのだ。
友理子先生は間髪入れずにこう続けた。
「そもそも、どうして私が毎年環境学習でこの“フロンガス問題”を取り上げるか、谷口先生はわかっていますか?」
教育実習では、私のような実習生でも指導者としての立場をとるので、名前に「先生」という敬称をつけられる。
「谷口先生」。そう私を呼称しているものの、友理子先生はまるで自分が担任するクラス、小学三年生の生徒に訊ねるような口調だった。
私は言葉に詰まった。実はこの環境学習の授業計画会議が始まった当初から友理子先生が何度も口にしている「フロンガス」について、私はよくわかっていなかったのだ。
「谷口先生が小中学生の頃、環境学習はどんなテーマだったの?」
友理子先生は優しい口調だが、何か子供を疑うような口調でそう問いただした。
「ええと、確か地域の河川の水質汚染問題と赤潮についてだったと思います…」
「ああ、そういう世代よね」。
と先生は前置きを置くと、堰を切ったように語り始めた。
「いいですか、まずは簡単に説明しますがフロンガスとは化学物質の名前であり、これは家庭の冷蔵庫やエアコンなどの冷媒として幅広く使用されてきた歴史があります。開発当時、安価に製造できて、毒性や発火のリスクがないこの物質は『夢の物質』だともてはやされていました。しかし後の研究で、このフロンにはCO2の1万倍近い温室効果があるということがわかりました。1万倍ですよ?なので、これまで人々は地球環境を守るため長い間この便利な物質と如何に決別するか、様々な活動を行って来たんです」。
「フロンガス反対運動は、今の二酸化炭素削減運動より歴史が長いの。実はフロンにはオゾン層を破壊してしまうと効果があるんです。オゾン層がなくなるという意味がわかりますか?オゾン層とは地球を有害な紫外線から守るバリアーみたいなものだと考えて下さい。これがなくなると有害な紫外線が地球に直接降り注ぐの。そうなると人類だけではなく、地球上の生きとし生けるもの全てに影響を及ぼす、いいですか、地球規模の問題なんですよ。」
普段は穏やかな友理子先生だが、今とても饒舌で、そして、熱がこもっている。
私はわかったような、わからないような気になり、はいと答えていた。
「まぁ、確かに谷口先生の世代が生まれる10年前にモントリオール議定書が取り交わされ、残念なことにこの問題も一度メディアから忘れられていますもんね。明日はまず子供たちと一緒に学んでください」
友理子先生はすこし諦めるような口ぶりでそう締めくくった。
まず子供たちと一緒に学んでください。私は教育実習生として、この言葉に何か不甲斐ない思いを感じた。自分も“先生”として認められたい。そんな気持ちから私はすこし言い返した。
「つまり、いつも友理子先生が仰っている『幅広い視野を持つ子供を育てる』という観点から、単に地域の環境問題より、もっと、地球規模の環境意識を生徒にもってもらうということが今回の目的なんですよね?」
この言葉に友理子先生はにっこり笑って「よくわかりましたね!」、と答えた。
私は少し嬉しくなり下を向いた。
「では、明日は子供たちと同様に谷口先生も今使っている冷蔵庫の製造年月日を控えて来てください。中には少し辛い思いをする子がいるかも知れませんが、一見無害に見えるフロンガスがどれだけ有害か子供たちに伝える方法として、30年間やった中でこれが一番いい方法だったの」
そう友理子先生は優しい口調で私に語っていた。
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「なので、フロンガスには二酸化炭素の1万倍近い温暖化効果があるんです。つまりコップ一杯の量のフロンガスで小学校のプールいっぱいの二酸化炭素と同じ分だけ地球にとって毒なんです。こわいですね。最近テレビで二酸化炭素のことばかり言うようになったけど、本当に一番悪いのはフロンガスなんですね」
私は教室の後ろで、友理子先生板書のメモをとっていた。
さすがベテラン教員だ。友理子先生は小学生3年生とって、難易度の高い環境問題について分かりやすい筋道で説明している。また、二酸化炭素やフロンガスといった化学物質の概念も上手く伝えている。
「ではこのフロンガスと二酸化炭素の大きな違いを説明します」
と言って、友理子先生は教壇の下からなにか取り出した。それは青い地球が描かれた丸い画用紙だった。ちょうど二枚あり、後ろにマグネットが付いた。先生はその2つの青い地球のイラストを黒板に貼った。
この授業のために作ったのかなと私が関心していた時、ふとその二枚の地球のイラストの差異に気がついた。片方の地球のイラストだけ、妙に年季が入っているのだ。
友理子先生は黒板に貼られて2つの地球の上方にそれぞれ、「二さんかたんそ」、「フロンガス」と名前を書いた。
「“二さんかたんそ”の場合は、このように地球にカバーをします。これにより太陽から来る熱が逃げなくなり、」
友理子先生はそう言いながら、二さんかたんそ”と書かれた地球のイラストの周りに黄色いチョークの側面で太い字の円を書き、あたかも二酸化炭素が地球を覆っているような図を書いた。
「こうなってしまうと、」
と言うと“二さんかたんそ”と書かれた地球のイラストを一枚めくった。すると、その下には北極の氷が溶けて、暑さでへばる可愛いらしいシロクマやペンギンのイラストが描かれていた。
「このように、北極や南極の氷がとけてそこに住む野生動物が困ってしまいます。また、氷がとけると海水の量も増えて、海に沈んでしまう国もあるそうです」
えー、かわいそー。と言った子供たちの声が上がった。なるほど、こうして絵でイメージを伝えることで子供たちの理解を促すのか。私は感心してメモを取った。
「はい、それではフロンガスの方について説明します」
とすこし大きな声で友理子先生は言った。そして一呼吸ほど間をおいた。
さっきまで温暖化で氷が溶けた世界について、ふざけたりざわついていたりしたクラスが一瞬で静まり返った。
「フロンガスが何を壊すのか、覚えている人はいますか?」
はい!はい!と生徒たちの何人かが手を挙げた。友理子先生はすこしの間、その様子を見渡していた。なにか一番正答率の高い生徒を選定しているような雰囲気がそこにあった。
「では、ゆきちゃん」
そう友理子先生はこのクラスで優等生の部類に入る女の子の名前を呼んだ。
「ええと、オゾン層を壊します!」
「そのとおり!」
と友理子先生は自身が先程説明した通りに答えたその子を褒めながら、“フロンガス”と上方に書かれた地球の周りにチョークで書かれた線の一部を黒板ふきで消した。
「地球を覆うオゾン層が無くなると、どうなるでしょうか?そうですね、さっき先生が説明した通り、宇宙から来る有害な紫外線から地球を守ってくれるモノが無くなり、それが直接地上に降り注ぎます。そうなると、シロクマやペンギンだけではなく、花や草木、そして人間にも大きな悪影響を受けます。皆さんの肌がこんな風に焼け爛れてしまいます。」
そういうと先生は間髪をいれず、勢いよく年季の入った“フロンガス”と書かれた地球を一枚めくった。
その裏には、赤く焼けただけれた地球儀の上に、ケロイドにまみれた人の顔。朽ちた象の死骸。大旱魃とイナゴの群れ。干からびた乳児を抱く異国の女性の写真があった。
「きゃあ!」
気の弱い女の子が声を上げた。
その写真から、大人の私ですら恐怖や嫌悪感を隠しきれず目をそむけた。
バン!と、黒板を叩く音がした。それに振り返ると友理子先生はその赤い地球の上にもとの青い地球の絵を貼り戻していた。
「こうならないためにも、みんな一人一人の努力が必要なんですよ」。
友理子先生の優しい声に、怯えて泣き出しそうになっていた女の子も顔をあげた。
「はい、それではみんなに調べてきてもらったモノを発表します」。
そう言うと友理子先生は黒板の上にあった2つの地球を片付け、黒板に「①1994年まで、②1994年~2002年まで、③2002年から」と年代で区切った3つの枠を書いた。
まさかこの流れで、子供たちにこれを発表させるのか。私は恐ろしくなり、教室の最後尾から不安そうな表情を先生に送った。友理子先生は私を見つめ返した。
「谷口先生、手伝ってもらえますか?」
そう言い、友理子先生は私を教壇に呼んだ。
「この恐ろしいフロンガスが、もしかすると皆の身近にあるかも知れません。例えば家の冷蔵庫に入っている、冷蔵庫を冷たくするための冷媒。先生が黒板に書いた、特に①の生年月日のものにはフロンが使われている可能性があります」
「先生、ゆきちゃんがフロンガス臭いです!」
そう、ユウトくんがふざけるとクラスがどっと笑った。しかし、なかには数名笑っていない生徒も含まれていた。
“これは危ない”
子供たちは今、クラスの中で誰の家に古い冷蔵庫があり、フロンガスがあるのか。それを発見することに心を躍らせている。
そんな集団のなかから逸脱した人間、イジメのターゲットを見つけようとしている。これはクラスでイジメが発生する兆候だと、大学の授業で学んだ記憶がある。
本当にこのままでいいのか、私は不安げにクラスの後ろから友理子先生を見た。彼女は真剣な眼差しで私を見返した。安心して見ておきなさいと言っているようだった。
「それでは昨日皆さんに調べてきてもらった冷蔵庫の製造年月日を発表します。もしこの中にまだフロンガスを使った冷蔵庫があれば、どうすればいいか後でおしえますね。谷口先生、前に来て手伝ってください」
そう友理子先生は再び私を呼び、チョークを渡した。
「相川しゅうやくん、①、2002年以降。牛尾みくるちゃん、あら今年買い換えたばかり?新しいわね。①2002年以降。」
先生がそう名前と冷蔵庫の生存年月日を言うと、私は黒板の「①1994年まで、②1994年~2002年まで、③2002年から」の下に名前を書く。その度子供たちは「次は絶対①1994年!、ああ、ちがった!お前の家ふるそうなのに!!」と一喜一憂する。
私はチョークを取りながら、背後で異様な興奮を見せるクラスと、にも関わらず淡々と名簿順に名前を呼ぶ友理子先生に恐怖を覚え始めていた。
「並河かえでちゃん、」
そう言うと、先生は一瞬間を置いた。「おお、来るぞ来るぞ!」クラスの緊張が高まる。
「③番、ちょうど2002年に作られた冷蔵庫なので多分、代替フロンが規制されたばかりの時代のものですね」
「ああ~①じゃないのかよ~」、と緊張が解けたクラスに落胆の声が響く。その時だった。
「瀬島のどかちゃん、古いものを大切にすることは大事ですが、のどかちゃんの家の冷蔵庫には本物のフロンガスが使われているので、取り扱いにはくれぐれも注意してくださいね。①です」
クラスに歓声がおこった。
「絶対のどかちゃんの家だったか!!」、「フロンガスくっさ!!」、「フロンガスおえーくっさ!!」
この歓声のなかで、一人、瀬島のどかちゃんは自身の机にうずくまっていた。下を見つめながら小さな身体を強張らせ、顔を真赤にしている。
確か彼女の家のおばあさんは小さな商店を営んでいた。おそらくそこで使われている古い業務用冷蔵庫があるのだろうか
「もうあいつの家でアイスクリーム絶対買わないわ!フロンガス絶対混ざってるかもしれんもんオエー!!」と、ユウトくんが身振りを交えながら戯けるとクラスはそれに呼応して大きな笑い声を上げた。
このままではまずい。クラスの笑い声のなかで硬直し、身動きが出来ないのどかちゃんに代わり、友理子先生へ助けを求める視線を送った。しかし、友理子先生は私に目もくれず続けた。
「はい、皆さん静かにしてください。もしお家にフロンガスがあった場合の対処法は後からゆっくり説明しますから。はい次は、あ、谷口先生ですね。では谷口先生の家の冷蔵庫は何年製ですか?」
先程まで、のどかちゃん嬲っていたクラスの視線が、一瞬で私に集まった。その小さな一つ一つの目には好奇心と、残忍な攻撃性が宿っていた。何十というそれに注目された時、私は恐怖を感じてしまった。
「ええと、大学入学の時に買ったから2017年製だと思います…」。
私は弱々しく答えた。
「ああ、なんだよ」、「つまらない」、「今の所フロンガス臭いのはのどかだけだな」。
とクラスから落胆の声があがった。正直に言えば、私は嘘をついていた。私が一人暮らしのために買った冷蔵庫は中古で買ったものだった。そしてその製造年月日は②2002年以前だった。なので多分、代替フロンが入っている。しかし、私は古いものを使っているのがバレたくなくて、咄嗟に嘘をついた。
何か後ろめたい気持ちになった。ふとクラスの方へ目を遣ると、のどかちゃんはまだ一人、逸脱者の発見に興奮するクラスのなかで身体を強張らせていた。
その後も冷蔵庫の製造年月日の発表は続いた。
授業が終わり、私は友理子先生と教材を片付け、職員室へ戻った。友理子先生は無言で私の前を歩いていた。私はただ何も言えずそれについて歩いた。
第二部
「昨日はまだ教育実習が始まったばかりなのに、困難な場面に立ち会わせてしまいましたね」。
翌日のミーティングの時間、友理子先生はそう私に言った。彼女はいつものように落ち着いた口ぶりだった。
「でもね、私のクラスではもう30年近くこのフロンガス問題に取り組んでいるんですよ。途中使った写真はたしかに子供には刺激が強いかもしれません。また、あれをやるとその後で『からかわれる』子供も出てくるのはわかっています」。
「そうですね、各家庭の事情もありますし、以前はどうだったかわかりませんが、やはり家の、、、冷蔵庫が何年製なのかを発表させるのは、なんていうか、あまり、今っぽくないというか」
私がそう反論しかけた時だった。
「谷口先生」。
友理子先生はそう、私を呼び言葉を遮った。少し強い語気だった。
「確かにあの授業は少々刺激が強いことは重々承知です。だけど、小学生の段階で何が良くて悪いのかしっかり教えることが今後の人格形成に良い影響を与えるんです。私の元教え子のなかには今、大学や企業でこのフロンガス問題に取り組んでいる子達もいるのよ」。
私は何も言い返せず、黙ってしまった。その様子を見た友理子先生は表情を緩めこう私に投げかけた。
「まぁ確かに谷口先生の言う通り、時代は色々と変化していますね。わかりました。次の環境学習の授業の内容や進め方は谷口先生に考えてもらいましょうか」。
自分の考えた内容で授業を行う。これは教職を目指している私にとって、現在の目標であり、夢だった。
このことに内心を踊らせた。しかもこうした社会学習は教師の裁量で自由に授業設計が出来る面白さがある。ただ、やはり一介の教育実習生として、私はまだ自信がありませんと答えた。
「では、勉強がてら次の土曜日に地域の教職者も参加するセミナーがあるから来てみない?」
そう友理子先生は私を誘った。「セミナーですか?」と私が聞き返すと、ええ環境に関するセミナーですよ。と友理子先生は返した。
#####
私は待ち合わせ場所である、市の生涯学習センター前に立ち友理子先生を待っていた。セミナーと聞いて、どんな服装で行けばいいのか分からなかった。なので私は教育実習用に買ったリクルートスーツを着ていた。
「谷口先生―、おまたせ!」
そう呼ぶ声に振り向くと、友理子先生がこちらに歩いてきている。爽やかな白のブラウスに紺のカーディガン、麻のスカートを履いている。先生と同じく50代の私の母より、なにか若々しくて整った服装だなと思った。
「あ、ごめんなさい。服装は自由でよかったのに。今日はなんというか、仲間内の集まりみたいな感じなので」
仲間内の集まり?その言葉に少し不安になりながら、私は友理子先生の後について「気候変動問題セミナー」と銘打たれた会場に入った。そこは生涯学習センターの大会議室だった。
「あれ、友理子先生、来てくれたんですね!」受付をしていた若い女性がそう挨拶して来た。白い麻の自然味のあるTシャツとにカラフルなバンダナを巻いている。なんというか、ヒッピーのような出で立ちだった。
「もちろん、若い人が頑張ってるんだから応援しなくちゃ」。
そう言って友理子先生は出席者名簿に署名すると、受付の女性はパンフレットを私に渡した。
“Love and Animals ~肉食主義と地球温暖化について~” と書かれている。
「あの子はあなたと同じ学年なんだけど、このセミナーの主催者をやっているのよ」。
友理子先生はそう語る。私と年齢が変わらないのにすごい。私は単純にそう感心した。
セミナーが始まった。すると受付をしていた彼女が登壇した。まず彼女は自己紹介を始めた。平凡な家庭で育った自身の生い立ち、そして大学時代に旅したアフリカでの出会い、そこで目の当たりにした気候変動による食料問題について順に説明していた。
私と年齢も変わらないのに、すごいなぁと感心していた。ふと自分は話に聞き入っていて板書をとってないことに気が付き、急ぎノートを開いた。
彼女曰く、現代人の豊かな暮らしは多くの生き物の屍の上に築かれている。そして、この生活様式を人類はいずれ続けられなくなるという。
統計学の進歩により、今自分たちの未来がいつ破綻するのかわかってしまった。ならば、何故最悪の事態を防ぐため、世界の国や人々は生活動様式を変え、持続可能な社会を目指さないのか?ということを強く主張していた。
彼女のプレゼンテーションのなかには何点か授業のネタとして使えるモノがあった。例えば、牛や羊などのゲップに含まれる高濃度の二酸化炭素が環境に影響を与えていること。
また、世界の人口が増える中で人がこれまで同様家畜の肉を食べ続ければ今から20年後に食糧危機が起こるなど、今度の授業で子供たちに話したら、友理子先生のフロンガス問題と同様興味を持ってもらえるかもしれない。
友理子先生は私の参考のために彼女のセミナーにつれてきてくれたのだ。そう思い私はノートを取る傍ら友理子先生の方をみやった。彼女はなぜか、いつになく厳しい顔でセミナーを聞いていた。
「本日の発表以上になります。この後は座談会に移りたいと思いますが、ご質問などございましたら挙手をお願いします」
そうアナウンスが流れると、質問者は口々に「自分たちがこんなに動物を苦しめているなんて知らなかった」、「日本で代替肉はどこで買えるのか」、「明日から行動を変えたい」などと質問が止まなかった。
こうやって、たった一人の発表が多くの人の同意を勝ち得ることが出来る。
私も彼女のように上手く子供たちの気持に訴える授業が出来ればな。そう思い、「彼女の発表素晴らしいでしたね」と言いながら、友理子先生の方へ振り返った時だった。
友理子先生は手を伸ばし挙手していた。会場の視線が一瞬で私の隣にいる友理子先生へと集まった。すっと挙げられている手は、まるで鋭い短刀のように、プレゼンテーション終了後の和やかなムードを引き裂いていた。
「とても良い発表だったと思います。また、家畜のゲップがこんなにCO2を排出してるなんて私は知りませんでした。大変勉強になりました。ただ、やはり私達が忘れていけないのは、CO2よりもフロンガスのほうが温暖化を促進させているという事実です。皆さんも昔、スプレー缶にはフロンガスが入っているから使わないようにというのは聞いたことがありますよね。現在はスプレー缶にフロンは入ってませんが、実はフロンガスは現在も…」。
と、友理子先生は先日授業で語った内容と同じものを話し始めた。
出席者の多くは、「この人いきなりどうしたんだろう?」という興味や驚きを友理子先生に向けていた。しかし、主催者側は様子が違った。
「また始まったよ」。
そう言いたげに発表者は周りへ目配せをしている。私は友理子先生を見た。
そう友理子先生は話しを続けている。
友理子先生は先日の授業の時と同じように、コップ一杯の量のフロンガスで小学校のプールいっぱいの二酸化炭素と同じ温暖化効果があることについて話していた。
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セミナーが終わり、人々は流れ解散していった。主催者の女の子の周りには人だかりが出来ている。どうやらこの後懇親会があるようだ。
友理子先生は席を立ち上がり、「さて、帰りましょうか?」、と私に言った。そして彼女は踵を返し、この会議室から出ていった。
私はまた、前を歩く友理子先生にただ黙って着いて行った。生涯学習センターを出ると、外はすでに夕焼け空だった。
「谷口先生、今日は何も用事がないんですよね?」
友理子先生は唐突にそう聞いてきた。私はそう伝えていたため、ただハイと答えざるを得なかった。
「もしよかったら、私の家に来ませんか?ちょうどこの近くですし、貰い物のワインでよかったらごちそうしますよ」。
私はその誘いに驚いて、一度「それはもう仕分けないです、ご家族にも悪いし」、と断った。しかし先生は「気にしなくていい」と譲らない。
「言っていなかったと思うけど、私は独身なの。だから気兼ねなんてしないで下さいね」。
そう先生に言われると、私は何も言えなくなり、友理子先生の家で晩御飯をご馳走になることにした。
先生の家は、街の中心からそう遠くない場所にあるマンションの8階だった。3LDKの部屋は広いキッチンがあり、リビングにはピアノがおいてあった。
「良いお家ですね!」。
と言う私に、「あなたも教師として頑張れば、すぐこれくらいの家が買えるわよ」、と先生は答えた。
「パスタを作ろうと思うけど、食べられないものがあったら教えて下さいね」。
そう言いながら、先生は料理に取り掛かる。私は立ち上がり、手伝いますと申し出る。そしてキッチンに入った。
先生は先程近くのスーパーで買った豚肉の包装を取っていた。
「あ、野菜の準備しますよ!」、と私は言うと、「じゃあ玉ねぎを剥いて、キャベツを洗ってちょうだい」と先生は言った。すると、キッチンの落ち窪んだスペースに棚があり、そこに野菜が置かれていた。そのスペースには本来あるべきものがない。私は直感的にそのことを感じた。先生の家には冷蔵庫がないのだ。
驚いている私に先生は気が付いていた。
「そうなんです、昔からの習慣でね。今でも冷蔵庫を使わない暮らしを続けているのよ」。
そう言いながら、先生は肉を炒めていた。ジューっという音と良い匂いが私たちの沈黙を埋め合わせている。
「私一人でもフロンガス抑制のため戦わなくっちゃって思って、以来ずっとこういう生活を続けているの。今の冷蔵庫にはフロンは使われてないんだけど、もうこの生活を変えられないの」。
私は予てよりの疑問が膨れ上がってくるのを感じた。どうして友理子先生はこうもフロンガス問題に執着しているのか。
「私、先生みたいに、なんというか、ひとつのことを追求することが出来なくて、、ええと、すごいと思います」。
私は恐る恐るそう答えた。すると先生が口を開いた。
「環境保護活動ってね、ほら、若者の流行と同じで熱しやすく冷めやすいところがあるの」。
先生はそう言いながら、茹で上がったパスタをフライパンに入れた。
「今日の参加者のみなさんも、今はああやって盛り上がれるけど、菜食主義や環境低負荷の生活を続けられるかというと、多分殆どの人が出来ないと思うの。これをテーブルに持っていってくれる?」
先生はそう語りながら私に完成した料理を運ぶよう指示を出した。それはペペロンチーノと副菜のサラダ、そして豚肉の炒めものだった。
すこし質素だが、冷蔵庫がなくてもこれくらいの料理は出来るんだなと、私は内心思った。
「でもね、環境を破壊する側の人間はそうじゃないの。反対意見が少なくなったり、規制緩和した途端にまた同じようなことを続けるの。だから、誰かがずっと声を上げ続けなければならない。このフロンガス問題もそう。今この県でまだ戦っているのは私だけになってしまった。でも、だからこそ私が活動をやめたらだめなの」。
そう先生はキッチンの中で話を続けた。
そして先生は収納棚から小さなワインボトルを取り出し、「少しだけ飲みましょうか?」と私に聞いた。私はお酒が好きだったので、それに喜んで答えた。
席につくと、テレビのそばの棚に置かれた集合写真が目についた。
「91年度 NFF〇〇県総会」と書かれている。ぼやけた写真の中にはおそらく50名ほどが公演会場の壇上に集まっていた。
「ノン・フロン・フューチャー。略してNFF。谷口先生が生まれる前はこうした反フロンガス活動が本当に盛んだったのよ。今はもう組織としての実態はなく、名前とそこの端にいる女の子しか残ってないんだけど」。
「え、ていうことはこの人が先生なんですか?」
私は末席に座る、私と同い年くらいの女の子を指差した。それは30年前の友理子先生だった。
「そうよ」。と友理子先生はすこしはにかんで笑った。その時、私とうとうその疑問を口にした。どうして、友理子先生はこのフロンガス問題にこだわり続けるのか。
先生の話によれば、この写真のなかでまだ活動を続けているのはこの女の子、友理子先生一人だけ。
彼女はなぜ30年以上、公私ともにフロンガス撲滅活動を行っているのか。学校では子どもたちに心理的なダメージすら与える授業を行いながら。そして、彼女はたった一人、この冷蔵庫のないマンションで暮らしている。
「谷口先生、どうして私がこのフロンガス問題に拘り続けているかわかりますか?」。
先生は、そんな私の疑問に先回りしていたようにそう聞いてきた。
「ええと、やはりフロンガスほど環境に負荷がかかるものは無いし、あと、なんというかこういう活動ってやり続けることが重要で、途中でやめたら意味がないから…」。
「それも正しいんだけど、たくさんのことをやるより、一つのことを深くやればが、人は多くのことを学ぶことが出来る、と私は思っているの」。
曖昧な返答をした私に、そう先生は言った。
「例えば私はずっと、このフロンガスの問題について生徒に語っているじゃない?これはただの環境学習だけじゃなくて、生徒に対して自然や社会の問題との関わり方を教える機会にもなるの」。
ああたしかにそうかも知れない。と私は思った。
「もちろん、教える側としての責任も生じてくるわ。私は教師として自分の教えに嘘をついたらだめだから、今でもこの有様」。
と先生は冷蔵庫がない空間を指差し苦笑した。
「結局、拘り過ぎもだめなのかもね」。
そう言いながら先生はワインを一口あおった。私はそんな先生のことを可愛らしく思った。そして自分の話をした。
「何かに夢中になれるって羨ましいです。私はいつも中途半端だから、周りの人と深い関係になれないのかなって時々考えるんです」。
すこし酔いが回っていることを自覚しつつ、私ももう一口ワインをあおる。
「なんていうんでしょうか、何事にも本気になれないというか…だから、不安なんです。私って先生になった後、生徒に対して本気になれるのかどうか…」。
「そうね、私もあなたくらいの時は同じことを考えていたわ。だからね、本気になって物事に打ち込んでいる人の真似をしてみたの」。
先生はまた一口ワインを飲み、そして遠くを見つめた。
「真似?」。
私は上手く理解が出来なかったので先生に聞き返した。
「そう、真似してみたの。何かに打ち込んでいる人のね。そうすると何となくわかってくるのよ。一つのことに真剣になる楽しさとか、意味とか」。
「じゃあ私もフロンガスと戦います!」。
私が酔いにまかせてそんなことを言うと先生は笑って答えた。
「戦うっていっても今は規制も出来たし、フロンガスを使っている企業もほとんどないですよ。まだ残っている問題があるとすれば、回収のルールを守らない廃品業者がいることくらいかしらねぇ」
「そんなの許したらだめです!」。
「そう言えばちょうど明日、市の委託を受けて廃品業者の『見廻り』に行くんだけど、よかったら谷口先生もきてみませんか?環境学習の良い題材になるかもしれないし」。
「行きましょう!環境に悪いやつをやっつけましょう!」。
そう管を巻く私の姿をみて、百合子先生は再びワインを一口あおった。
第三部
私は駅のロータリーで友理子先生の迎えを待っていた。正直、後悔していた。昨日軽はずみで環境活動?についていくなんて言ったのか。もし行くなんて言わなければまだ家でごろごろ出来たのに。
しかも先生はたしか、「見廻り」に行くと言っていた。まさかゴミ置き場で冷蔵庫を探すとか、汚い作業をさせられるのではないだろうか。
「つきました、バス停の前にいます」。
そう考えている時、先生から到着のメッセージがあった。
私は先生が指定したほうを見ると、白いハイブリッドカーの中から先生が手を振っていた。先生は助手席に座っている。運転席をみると、先生と同い年くらいのすこしふっくらとした女性が運転していた。
「今日は来てくれてありがとうね。この方は私の友達の千賀子さん。彼女も今日ついてきてくれることになったの」
「運転手の渡辺です。谷口さんよろしくね」。
千賀子さんという女性はそう私に挨拶した。私は彼女が冗談めかして言った運転手という言葉に恐縮しながらお辞儀した。
私を乗せると、車は走り出した。
「谷口先生、千賀子さんは〇〇市で会社を経営されてらっしゃるのよ」。
そう助手席の百合子先生振り返り私に話しかけた。
「週末は百合子先生の運転手なんですけどね」。
千賀子さんはまた冗談を言い、私は笑った。
「でも、まだ若いのにこうした社会貢献活動に参加されるなんて偉いわね」。
私はまだ、今日どこで何をするのか具体的なことを聞かされていなかった。
「あのぅ、実はお恥ずかしいはなし昨日ちょっと酔っぱらっちゃいまして、今日どこにいくのかよくお伺い出来てないんです。。。」。
私がそう言うと、前の座席の二人はどっと笑ってしまった。品の良い二人の笑いが前部座席の左右から響く。そしてひとしきり笑ったあと、百合子先生が息を吸い込んだ。
「ごめんなさいね。今日の見廻りっていうのは、市の委託を受けた活動で廃品回収業者さんへ行って、規則通り処理しているか監査しにいくのよ。まぁ監査って言っても皆さん真面目な業者さんが多いから法令の改正のパンフレットを配ったりするのがメインなんだけど」。
「そうなんですね…」。
私に、一抹の不安が芽生えた。もし、見回りの先でなにか問題を発見してしまったらどうなるのだろうか。これまで環境学習の時といい、セミナーの時といい、フロンガスの問題となると、友理子先生は自分の信念を貫こうとしている。それで人が傷ついても、自分が傷ついてもあまり気にしていないように思う。そのせいで、私もなにかトラブルに巻き込まれなければいいけど。
「まずはこの辺りだったわよね?つきましたよ」。
渡辺さんはそう言うと、車を路肩に停車させた。「河田産業」、ブロック塀にかけられた表札にはそう名前が書かれていた。
「ごめんくださーい」。
百合子先生は勝手知ったる様子で敷地内へと歩き入っていく。
「ああ、先生、ご苦労さん」。
事務所にいたおじいさんはそう先生に挨拶した。
「毎度ご苦労さんです、またなんか新しい規制をもってきて俺らをいじめようとおもっとるか?わっはっは」。そうそのおじいさんは愛想よく笑っていた。
「河田さんが元気でお過ごしか様子をお伺いしにきたんですよ」。先生はそう微笑んで返した。
「これ、新しく市が配布している環境パンフレットです。資源ごみのリサイクルのルールが少し変わったみたいなので、目を通しておいてくださいね」、そう言うと百合子先生はパンフレットを机の上においた。
「ところで後ろにおる子は誰なん?まさか先生に隠し子がおったんか?」
河田と呼ばれているおじいさんはそう私を指さして笑った。
「この子は教育実習生の谷口先生です、今日は私たちの活動についてきてもらっているの」。
「ゆり先生はわしらみたいな廃品業者の見回りしてるうちに婚期を逃してしもうたもんな。わっはっは」。
そう河田さんは笑った。こんな言い方はひどいと私は思った。
「私一人が結婚して子供をもうけるより、より多くの子供に美しい環境を残したいだけです。もちろん河田さんがお元気でやっているか気になるから毎月きてるんですよ」。
百合子先生はいつもの上品な感じでそう返した。
「そういえば、先生しっとるか?最近〇〇人の業者で、岸田建設の跡地買い取って廃品回収やっとるのがおるんじゃけど、それが規制を守っとるか心配じゃけん見てきてもらえんじゃろうか?」。
「詳しい場所を教えてもらえますか?」。
百合子先生の声色が少し変わったように思えた。河田さんは紙に簡単な地図を描きそれを渡した。「じゃあ、ちょっと見てきますね」。そう言うと百合子先生は早々と車のほうに踵を返した。私はその後をただ追いかけるようについていった。
渡辺さんの運転で、15分ほど郊外へ走った。「この辺りかしら」。百合子先生は先ほど渡された地図を見ながら車外を見渡した。「あ、あれかもしれない」。そう言い指さす先には、トタン板の壁に覆われた、工場のような建物があった。
看板もなく、中が伺い知れない。ただ、入り口から覗き見ると中には粗大ゴミが集められているようだった。
「廃品回収業者のようだけど、ちゃんと届け出を出しているのかしら」。そう言いながら、百合子先生は車を降りた。私も先ほどと同じようになんとなく車から出た。
百合子先生はそのままつかつかと入り口の方へと歩いていく。
「え、ここは知り合いの会社じゃないですよね?」。私は少し不安になりそう聞いた。
「違いますよ、ただもし違法操業だったらいけないから確認しに行きます。谷口先生も社会勉強になると思うからついてきてください」。
そう言うと、何か有無を言わさない感じで敷地の中へ入っていった。そこには家電、原付バイク、細々とした金物が雑然と集められていた。
その中で一人男が作業をしている。顔を上げこちらを伺う表情には明らかに怪訝そうな色合いが見て取れた。その顔は日本人とすこし違っていた。先生もまた、一瞬たじろいでいた。
「…お忙しいところ失礼します。私は○○市の環境局から委託を受けている飯島と申します」。
先生は言葉が通じるのか戸惑いつつ口を開いた。するとその男はまた怪訝な顔をして、わからないといった風に手を振り、後ろに向かい何かを叫んだ。
すると、奥から二人同じく日本人ではないアジア系の男が出てきた。
「ドウシマシタカ?」。
一人の男がそう片言で先生に聞いた。先生は先ほど河田さんの会社で話したように、リサイクルのルールが変わったのでその周知のため市の委託をうけてここに来たことを伝えた。
日本語が喋れる男はその説明を受けると、すぐ仲間になにか話し始めた。もちろん私たちにはわからない言語だったし、それが何語なのかさえ私にはわからなかった。
他の二人の仲間は、母国語で説明を受けながら、一瞬ほくそ笑んだ。その時だった。先生の細い腕が、この場の怪訝な空気を貫くように伸びた。
「あの冷蔵庫をどうするんですか?古いもののようだけど、ちゃんと処理基準を守って処理しますか?」。
そこには年季の入った業務用の冷蔵庫があった。その傍には原付バイクや洗濯機などが分解され山積みにされている。
「コレはリサイクル」。男は片言でそう説明した。しかし先生はあまり納得していない。
「リサイクルですか?でも、ちゃんと日本のルールを守ってリサイクルしてもらわないと困りますよ!もし中のフロンが漏れたら大変なので!」。先生は冷蔵庫を指さして、男たちに詰め寄る。
「コレクニにモッテカエル、ウル!日本のルールカンケイナイ」。
男たちは、市の腕章をつけて迫る先生に一瞬たじろぐが、彼らは押し負けなかった。まるで自分たちが仕留めた獲物を守るライオンの群れのように立ち向かう。
「いいですか、フロンガスが少しでも漏れたら地球環境にどれほど大きな悪影響を及ぼすか知っていますか?『オゾン層の保護』のため、フロンガス回収のルールを日本だけ守っていても意味がないの、あなたたちの国も一緒。同じ星に住む地球市民全体として取り組まなければならない課題なんですよ!!」
先生はますます熱をあげて彼らに立ち向かう。彼らは彼らで何か相談しているようだった。先生はそれにも関わらず、「聞いているんですか?」とさらに詰め寄った。
そして一人の男がしびれを切らして、何か母国語で先生に向かって吠えた。
「出ていけ!!」、彼の身振りから私にはそのように言っているに思えた。
このままでは、私はとっさにグーグルの翻訳アプリを開き「私たちは市の委託を受けてリサイクルのルールを周知しに来ている」ことと「この冷蔵庫をどうするつもりなのか?」という日本語を英語に訳した。
そして私は「コップ一杯のフロンガス」のことをまくし立てて喋っている先生と彼らの間に入り、その翻訳文を見せた。
おそらくリーダー格の男がそれ見ると、また怪訝そうな顔し私の携帯を手に取りそれを読んだ。そして、男は自身の携帯を取り出し、文字を入力し始めた。
「私たちは市政府の許可を受けた廃品回収業者です。ここにあるものは母国にもって帰って売ります。だからリサイクルのルールは関係ありません」。そう日本語が書かれた画面を男は先生に見せた。
先生はそれを見て少し考え、「この冷蔵庫はどうしますか?フロンガスが出ないように処理できますか?そう彼らに伝えてくれませんか?」、と言い私を見た。
私はそれをまた翻訳アプリに打ち込んで彼らに見せた。
「これはそのまま売ります。分解しないからガスはでません」。リーダー格の男は面倒くさそうにその訳文を私たちに見せて返事をした。
「あら、それなら良かった。安心しました」。先生がほっとしたような身振りをすると、その場にいた三人の外国人は笑った。
「わかりました。私のほうが誤解してお邪魔しちゃったみたいね。ソーリー、ソーリー、ディスイズニューリサイクルルール」。そう先生は頭を下げて彼らにパンフレットを渡した。そして私の方を向いた。
「じゃあ最後に、一杯のコップ分のフロンガスは同じ量の二酸化炭素の100倍温室効果があることや、オゾン層がなくなれば皮膚がんの発症率が三倍になることや、世界規模の食糧危機がおこる可能性についてそれで訳してもらえるかしら?」。
彼らはグーグル翻訳の訳文を見ると、またしても怪訝そうに顔をしかめた。
パンフレットを渡し終えると、私たちは車へ戻った。
「千賀子さん、谷口先生ったらすごいのよ。携帯電話でなんでも出来ちゃうの。これから谷口先生は私たちのIT担当ね」。
車内で百合子先生はそう笑いながら話していた。
「でも本当に助かりました。この年になるとついつい自分の言いたい事ややり方に囚われて頭が固くなるのかしら。授業の面でも谷口先生みたいな若い人から勉強することもきっと多いでしょうね」。
百合子先生はそう私を褒めてくれた。私はすこし恥ずかしくなりそんなことはないですと首を振った。
「そうね、次の環境学習なんだけど谷口先生にも授業計画作りに参加してもらいましょうかね、なにかやりたいことがあればどんどん意見頂戴ね」。
私は一介の教育実習生として、事業計画を任されることに緊張した反面、とても嬉しくなった。
「頑張ります!ご指導よろしくお願いします!」。
私がそう言うと、千賀子さんは「指導するのはあなたでしょ?」とすかさず言った。
私はまた照れて、顔を伏せた。
「認められた」
後部座席に座る私はその喜びを噛みしめていた。
○○〇〇
「…なので、前回の百合子先生の授業を踏まえて、どういう行動をしたか発表してもらうおうと思うんです。こうすることで、子供たちは実際の体験を通して環境問題を学ぶことが出来ると思うんです」。
百合子先生は俯きながらふんふんと私の授業計画を聞いていた。
「とても良いと思います。ただ、子供たちに課題を出す時はこちらから何をするかある程度指定してあげないといけませんよ。でないと何をすれば良いかわからない子や、滅茶苦茶なものを提出してくる子が出てきますからね」。
先生はそうアドバイスを与えてくれた。
「教師の仕事は子供たちに一方的に勉強を教えることじゃないのよ。理想を言えば目指すべき目標を与え自主的に勉強させることなの。これがとても難しいことなのだけれど」。
「そのために、こちらから与えた目標を達成出来た時、しっかり褒めてあげないといけないの」。
私は何か納得して、その話を聞いていた。
「では、こういうのはどうでしょうか?」。
私は次の考えを先生に発表した。それは「家族に前回学んだフロンガス規制について説明して、これからこの問題にどう取り組むか両親の意見を聞いてくる」というものだった。
「そのために2つのことを生徒に説明してもらいます。1つ目がフロンガスの悪影響について、2つ目が身近にあるフロンガスについて生徒から親御さんに話してもらい、親御さんがどういう意見を持っているかプリントにまとめてもらう、こんなのどうでしょうか?ちょっと難しいですかね?」
私は恐る恐るそう友理子先生に質問した。先生は即答した。
「とても良いと思います。ただこういう複雑なことを説明出来ない子がいるから、私が持っている環境活動のパンフレットを親御さんに渡すという風に変えたらどうかしら?それを親御さんに読んで貰ったあと、プリントに『お父さんお母さんと考えたこと』と『これから何をするか』という2つのことを書いて貰えばきっといい学びになると思う」
「谷口先生、とってもいいアイデアですね!」
友理子先生そう言って笑った。私は少し照れくさくなり俯いた。
次の日の帰りの会、私は友理子先生の代わりにフロンガス規制に関するパンフレットと親御さんに質問する事項が書かれたプリントを子どもたちに配った。
翌日二回目の環境学習が行われた。今回は私も友理子先生と共に教壇に立っていた。
「それではこの間みんなの家族に聞いてもらった、環境学習のプリントの内容を発表してもらいます」。
今日は私にとって、初めて授業を主導する日だった。45分間の授業を最後まで問題なく終えることが出来るだろうか。
今自分は友理子先生と同じ教壇に立っている。いつも後ろから見ていたこの三年生のクラスが、いつもより広く、32人の生徒たちがとても多く感じた。
「ええと、じゃあ今日は私が友理子先生に変わって授業を行います、この前の授業の続きでまずみんなに、環境学習の宿題を発表してもらおうと思います」。
「谷口先生、のどかちゃんがもうフロンガス臭いです!」
私が授業を始めようとした矢先、ユウトくんがそう、のどかちゃんを茶化した。生徒たちは初めての授業に緊張している私を知ってか知らずか、どっと笑いを起こした。
前回の授業では生徒の家庭にある冷蔵庫の年式を発表した。それによりのどかちゃんの家だけ、まだフロンガスを搭載した冷蔵庫を使っていることがクラスに知れ渡ってしまっている。
これが原因でのどかちゃんがクラスメイトから虐められていないだろうか。もちろん、私にはこうした懸念があった。
「こら、ユウトくんやめなさい」。
動揺する私に気づいてか、友理子先生がすかさず注意した。私は申し訳なく友理子先生の方を向く。
「フロンガスが家にあってもちゃんとルールを守って処理すれば大丈夫です。第一、フロンガスに臭いはありません、だから知らないうちに環境へ大きな害を与えるので怖いんですよ!」
普段は優しい友理子先生が強い口調で起こった。ユウトくんは少し驚き、はぁいごめんなさいと答えた。
「ええと、、じゃあ杏ちゃんから発表してもらいましょうか?」。
私はクラスの一番右前に座る女の子を指名した。杏ちゃんはすこし気まずそうに発表を始めた。彼女はこのクラスのなかでも比較的優秀な部類に入る生徒だった。
「昨日私はお父さんにフロンガスの怖さについて話しました。お父さんは『フロンガス?おおそんなのもあったなぁ』と言いました。だけどフロンガスが二酸化炭素よりも環境に悪いことや、北極の氷をとかしてペンギンやしろくまの住処を奪う話をすると、とても驚いていました」。
「ええと、これから環境を守るためどんな行動をするかについて、これから私はフロンガスを絶対使いません。フロンガスを使っている人には、それは悪いことだと教えてあげたいと思います」。
杏ちゃん締めくくり、自身の発表を終えた。私はまず最初の子が上手く発表できたことに安堵した。
「はい次の子は、たくと君お願いします」。
「先生すみません、宿題忘れました!」。
「たくと君また宿題忘れたの?じゃあ今日帰って書いて来てもらいます。ちなみにフロンガスがなんで悪いのかちゃんと説明出来ますか?」。
私はそう宿題を忘れた子にもなんらかの発表を行わせるよう質問した。
「ええと、確か新しい冷蔵庫はフロンガスを使ってなくて、のどかちゃんの家のおばあちゃんはお店の古い冷蔵庫で北極のしろくまを殺しています!」。
クラスはまたどっと笑った。「タクトくんふざけないで!」、そう私は友理子先生のように注意したが、子どもたちの笑い声に私の声はかき消されてしまった。クラス今、子どもたちの笑い声に溢れている。それはまるでグツグツ煮える鍋のように次第に熱が高まり、何かが吹き出す前兆のようだった。
「先生、つぎはのどかちゃんの番だよ!」。
クラスのなかの誰かがそう言った。そして私は気がついた。次に発表を控えるのどかちゃんはすでに泣きそうになりながら、自分の番が来ることに怯えていた。
「あ、ええと、、」。
私は言葉を詰まらせる。私は授業の進行に集中し、彼女の存在を忘れていた。彼女は前回の授業、自身のおばあちゃんが営む商店にフロンガス搭載の冷蔵庫があることをみんなの前で発表させられた。
フロンガスが家にあるのはクラスの中で、のどかちゃん一人だけだった。「一人だけ違う人がいる」。この31人の子供たちの集団は、この発見に歓喜し、そして排除を始めている。
そして、大人のように理性に制御されることなく、残忍で動物的な直感に従い、異質な者をいたぶる快楽に悶ている。
「はい、皆さん静かに!」。
友理子先生がそう言うと、クラスが一瞬で静まり、てんでばらばらだった子供たちの目線が、友理子先生に集まった。さすが、先生は子供たちと相対して30年以上の経験がある。私はまだこんな風に出来ない。そして間をおかず友理子先生が口火を切った。
「では次はのどかちゃんの番ですね、宿題はやってきましたか?」。
クラスに友理子先生の声だけが響いた。そして、数秒経ち周りの子供たちがクスクス笑い始めた時、のどかちゃんは「はい…」。と答えた。
「…フロンガスが環境に悪くて北極の氷を溶かしたり、砂漠を増やしたりするので使わないほうがいいという話をお父さんとお母さんやおばあちゃんにしました。うちのお店でまだ古い冷蔵庫使っていて、私は新しいのを買ったほうがいいと言いました。だけどおばあちゃんは新しいのを買うお金がないし、大事に使えば環境に悪くならないし、大丈夫だよと言いました」。
「はい、発表ありがとうございます」。
友理子先生はクラスの誰かが何かを言う前にそう締めくくった。
「そうですね、フロンガスは確かに地球の環境にとって大変危険なものです。なのでしっかりルールを守って扱うことが重要です。このことを家族にちゃんと説明出来たのどかちゃんはえらいですよ、はいみなさん拍手!」。
そうすると、クラスの子供たちがパチパチと拍手した。それはなにか興が醒めたような、退屈な音色の拍手だった。のどかちゃんはホッとしたように、下を向いてその拍手を受けていた。後ろの席で意地の悪い男の子二人がなにか耳打ちをしていた。
○○○○○
「敢えて言うと、いくら防いでもいじめは起るんですよ。それをどう大きな問題にしないのかが重要なんです」。
授業が終わり、今回の懸念点を口にした私に友理子先生はそう言った。いつもどおりの、優しく諭すような言い方だった。
「はい、でものどかちゃんが辛い思いをしたんじゃないのかと心配で…」。
友理子先生はこれに答えた。
「そうね、だけど何が良くて何が悪いのか、時には摩擦が起こっても子供たちに伝えないといけないの。もう20年以上の前だけど、その頃社会ではまだまだフロンガスを多く使っていてね、フロンガスを含む冷蔵庫やスプレー缶をなるべく使わないようにしようと、授業で言ったら、『子供が親の行動にケチを付けるようになった。変なことを教えるな』って怒鳴り込んで来る親もいたの。でもね、誰かが正しいことを主張し続けないと行けないの」。
私は何も答えることが出来なかった。何かが違う、そんなもやもやした気持ちを抱いていた。しかし先生は間髪入れずにこう話を切り替えた。
「谷口先生、今回授業は本当にお疲れ様でした。まだ慣れないところもあったけど、しっかりした授業運営でした。授業計画そのものが本当に良かったのだと思うわ」。
「特に、環境学習を単なる授業だけで終わらせず、家庭を巻き込んだ取り組みにした点は、子供たちに考える機会を与えるという意味でとても良かったと思う」。
先生はなんと好評を与えてくれた。
「ありがとうございます!」。
私は嬉しくなり、思わず大きな声で感謝を述べた。
「谷口先生の大学に出す指導教員評価にも必ず書いてあげますからね、卒業して先生になった後もよろしくね」。
友理子先生はにっこり笑って、そう言ってくれた。
その日、私はこの学校に配属になった教育実習生仲間と居酒屋に行った。
みんなも私と同じく、初めての教育実習に苦戦しているみたいだった。各々が担当するクラスの不良生徒や担当教員の悪口ばかり話していた。
「谷口さんはどう?」。
同期の一人がそう渡しに水を向けた。「そう友理子先生って普段優しいけど、環境学習になるとすごく厳しくなるって他の先生がみんな言ってたよ?」。
皆が口々にその話をする。
「いやぁ、たしかに凄くこだわりがある人だけど、私は友理子先生が担当をしてくれて本当に良かったと思うよ、優しいし、あと友理子先生のクラスもいい子たちばかりで」。
「いいなぁー!」。
同期たちはまたそう異口同音に答えた。
翌日も教育実習があるので、この日の飲み会は早めにお開きとなった。
翌朝、携帯のアラームが鳴り私は目を覚ました。
いつも通りの朝、私は背伸びをしてもぞもぞとベッドから起き上がりカーテンを開けた。
すると朝の強い日差しが目に飛び込んで来た。友理子先生の言う通り、たしかにフロンガスによる地球温暖化とオゾン層の破壊が進んでいるのかもしれないな。
私はそんなことを考えながら、今日も教育実習に向かうため朝の準備を始めた。
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