町田の帰り道
当店は只今をもちまして、本日の営業を終了させて頂きます。 またのご来店を、心よりお待ち申しあげております。本日のご来店、誠にありがとうご・
はぁ
またやってしまった。
小さなベンチから立ち上がった町田は、重い足取りでフロア奥のエレベータへと向かう。ガラス張りのエレベータの窓からすっかりと暗くなった駅前広場が見えた。
町田には、本屋の試し読みコーナーのベンチに居座る悪い癖がある。特に仕事で心が疲れ切った時、この癖は露呈する。彼は、何を考えるわけでなく、むしろ、何も考えたくないと、書店に連なる雑多な装丁の波を目でさらうのだ。
町田は片田舎で、研究者をしている。研究者といっても、企業勤めのただのサラリーマンだ。日々、30分に一本の電車に揺られ、上司の顔色と実験データを交互に見ながら、それらしいことをウソぶいている。もともとは、クリエイティブな人間になりたいと、志した研究職の道であったが、所詮は(何度も言うが)サラリーマン、結局は口の上手い奴が勝つ。口下手で、小心者の町田には、なかなか厳しい世界であった。
真一文字に結んだ口元が、ガラスに映る。青くなった鼻下は、今朝髭を剃る余裕がなかったから。寄れたシャツの首周りは汗で湿っている。
今日こそ、ちゃんと寝よう…
今晩は比較的、気温が低いらしい。町田は冷房に弱く、暑さにも弱い。このところ、熱帯夜が続いており、エアコンを入れて床に着くのだが、そうすると、腹の調子が悪くなり、夜中に起きる羽目になる。かといって、布団を被ると暑く、エアコンを切っても暑苦しくて眠れない。
家賃が安いからと、駅から少し歩く我が家まで、町田は擦り切れたスニーカーの靴底を労わりながら、帰路についた。
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