ポテト🍟(というタイトルでも遺書になり得る)

2024/11/6  祖父が死んだ。

仕事が終わって最寄駅についた19:28、
母から、不在着信が４件とビデオ通話の着信も４件。
もしかして、と慌ててかけ直すと、祖父が危篤であった。

横断歩道を渡りながら、ビデオ通話で「おじいちゃん、」と呼びかけた。

母は、「○○の声、聞こえてるよ、おじいちゃんの心臓、まだ時々動いてる。○○の声に反応してるんやわ。」と言った。

ビデオ通話の向こうで、叔母やいとこたちが次々と到着するのが見え、「わたしもこのまま向かうわ」と駅に引き返し、病院へ向かった。

病院へ向かう電車の中で、
死にたい、と思いながら今日１日を過ごしていたわたしが、今まさに寿命を全うしようとしている祖父にむかって、「頑張って」とは、到底言えなかったな、と思っていた。

エレベーターホールでは4歳差の妹がわたしを待っていて、いつも通りの姿で、声で、「こっち。」とだけ言った。

病室についたのは、東京に住むいとこを除くとわたしが最後。その東京に住むいとこも、先ほどまでのわたしと同じように、ビデオ通話越しに声をかけていた。

わたしが祖父の耳元で「おじいちゃん、きたよ。」と声をかけると、
祖父のそばについていた祖母が、「○○ちゃんも来てくれたわ、聞こえるやろう。みんなそろったよ。」と言った。

祖父は、昔ながらの、自由な人だった。
曽祖父が立ち上げ、一時は海外に店舗ができるほどの人気を得た飲食店を、二代目にしてつぶしてしまったが、それでも、祖父のことを悪く言う人はおらず、地域の人や親戚から愛される人だった。

通っていた幼稚園の送迎バスの運転手さんにも、「○○さんとこのお孫さんか！ようお世話になったわ」と言われたこと、３歳ごろの記憶なのにわりとはっきり残っていて。
いつだったか、祖父が飲食店をやっていたことを知った時に、記憶のパズルがしっかりハマった感じがした。

カメラが趣味で、いとこたち兄弟のスポーツの試合や、わたしたち姉妹の運動会などで撮影した写真や動画を、年に一度、みんなが集まる１月２日の祖父の誕生日にテレビで流すのが好きな人だった。

わたしの印象では祖父は亭主関白な人で、彼がやる家事といえば、スーパーへの買い出しと、いちじくの季節に、ジャムをことこと煮ることくらいだったように思う。祖母が入院したときは、うちの母が、祖父の世話をしに通っていたくらいだ。でも、小さい頃のわたしは、祖父が作るいちじくのジャムが好きだった。

わたしの、6歳差の妹が産まれるとき、わたしは祖父母の家に預けられた。夜に、「ママがいい」と泣くわたしを玄関先に追いやり、「そんなにママがいいならママのところへ行け！」と怒鳴りつけた祖父の姿と、「そんなこと言ったってしょうがないよねぇ」と間にはいった祖母の姿を、今でも覚えている。
でも、機嫌がいいときに、近所の裏路地を通ってスーパーへ行きお菓子を買ってくれた、その背中もよく覚えている。あの裏路地は、今でも通れるんだろうか。

とにかく祖父は、本当に、
自由に、楽しそうに生きていた人だった。


死に方さえも、
ここからが苦しい治療やから頑張らんとね、という話を夕方にしていたら、そのまま、
苦しい治療を受けることも、苦しむこともなく、
みんなの声を聞きながら、

すこしずつ、

すこしずつ、

そばにいた祖母でさえ気づかないくらいのスピードで

心臓の鼓動をゆるめて、

文字通り、眠るように亡くなった。

祖母が、「お父さんはほんまに幸せなひとやね、こうしてみーんな会いに来てくれて。」と、祖父の頭を撫でていた。

帰り道、父の運転する車の中で、考えていた。

祖父は、遺書を書いただろうか。
ここ数年は認知症が進んでいたから、遺書どころかまともな文章すら、書けなかったかもしれない。

もしくは、こうして寿命を迎えて死ぬ人間は、遺書など書かないのだろうか。

車は家族の夜ご飯を買いにマクドナルドへ向かっていたが、わたしは食欲もなくおなかもすいていなかったので、何も頼まないと伝えた。

父は、「まぁ、マクドはお腹の足しにはなるけど栄養あるわけじゃないしな」とだけ言って、
ポテトが大好きな６歳下の妹は、「でも幸せになるよ！」と言った。

母は、「え〜、三角チョコパイだけとかでも食べない？」と、何かをわたしに食べさせたがっていた。

結局わたしの分はなにも頼まずにドライブスルーの注文を終えたが、母は、「ママ、ポテトは熱いうちに数本食べれたらそれでいいから」と言って、自分が頼んだポテトをほとんどそのままわたしにくれた。

こんな時だからこそ、わたしにも、なんでもいいから食べてほしいんだろうなと思って、母のポテトを半分くらいもらって食べた。母は、納得したように残りのポテトを食べていた。

わたしを家まで送り届ける道中で、
父が急ブレーキを踏んだ。

進行方向の信号は青。

数メートル先に、バイクが２台止まっていた。
スリップか何かで転んだらしいバイク乗りが一人と、
それを起こしているバイク乗りが一人。

もし、うちの父が車好きで運転が得意な人でなければ、もしくは、自分の父親を亡くしたばかりの父の気がもう少し動転していれば、突っ込んでいたかもしれないくらいの距離だった。

どうしたんやろね、スリップかな、とか言いながら、
もし、突っ込んでいたら。
そんな話を、家族でした。

「ポテトが車内に飛び散って悲惨なことになってたよね」
「それどころじゃないやろ」
「少しでもよそ見してたら、突っ込んでたか、もしくはもっと危ない急ブレーキ踏んでこっちが怪我してたかもなあ」

もし、本当に突っ込んでいたら、
生まれなかった家族の会話だなと思った。

この中の誰ひとり、わたしが今日、死にたいなと思いながら１日を過ごしたことを知らない。

だからこそ、「なんかシートベルトが安全なのって身長150センチかららしいな、わたしあかんやん、昨日の健康診断で146センチやったで」と笑って伝えた。

家族も「チャイルドシート持ち歩かなあかんやん」と笑っていた。

今、わたしはこうして、帰宅した自分の部屋で、
このノートを書いている。

でも、もし、あの時、父の車がバイクに突っ込むのを避けて事故を起こしていたら、「ポテト🍟」というタイトルで、車内で書き始めたこのノートが、わたしの遺書になっていたかもしれない。

おじいちゃん、あなたは遺書を書いたことはありますか。あなたは、本当にわたしが、周りが思うように、自由な人生を謳歌した人だったでしょうか。
さいごの時を、約10人の身内に見守られ、幸せだったでしょうか。

わたしが写真を撮るのが好きなのは、きっとあなたの遺伝子だと思います。

自由に生きて生涯を終えたように見えるあなたにも、わたしのように、思っているだけで言わずにいたことが、少しはあったのではないかと思うのです。

今となってはもう何もわかりませんが、
不思議と、聞いておけばよかったとも思いません。

おじいちゃん、あなたの人生が、遺書を書く暇なんてないくらい、本当に楽しくて幸せなものであったことを願います。

25年間ありがとう。おやすみなさい。

そして、わたしはというと、
今になって少し、お腹がすいてきた。

車内で、６歳差の妹が「お腹空くって生きてるってことやな」と言っていたことを思い出す。
うん、生きてるな。

もう生きるとか死ぬとかどうでもいいよ、早く死にたいよ、って思うこともたくさんあるけど、何はともあれ

2024/11/6 23:09 わたしは今、生きています。