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【小説】中国・浙江省のおもいでvol,31

『硝子の河』

 南船北馬という単語を思い出した。河に囲まれた土地では、舟を交通手段に用いて発展を遂げ、荒野では農業も畜産もままならない。

水が潤沢にあるここ蘇州では、運河の傍らでめざましい経済成長を遂げた現在でも、貨物船の行き来の合間にこうしたクルーズ船が出港する。

 夕日も最後の盛りを見せ、後は水平線の彼方に沈んでゆくのをまつばかりだ。水の匂いと暮れなずむ町の生活の薫りに包まれて、ぼくらは船に乗り込んだ。

 「デンジャラスな船遊びをご所望でしたか?」

 ニヤニヤしながらフェイが耳打ちしてくる。雨が振り、霞に包まれた悪天候のなか、ボートをだした西湖での舟遊びを思い出していたぼくは、苦笑いで「うん」と答えた。

 木製の遊覧船は、流れの緩い運河でも波の動きに合わせて揺れる。大きな揺り籠といった感じだ。左右はガラス張りになっており、運河の外をゆっくりと眺められるようになっている。最奥にあるやはり木製のテーブルと長椅子に二人ずつに分かれて座り、人心地ついた。床もテーブルもワックスで磨け上げられており、天井につるされたシャンデリアの光を反射させている。

 「それでは皆様。間もなく出航にございます。ナイトクルージングを心ゆくまでお楽しみください」

 アナウンスがかかると、船は夕闇に向けて滑り出した。街灯の灯りと船内の灯りで河面が煌びやかに光を織りなす。遠くのビル街からの灯りが点々と夜空に突き出しており、星は見えない。人工の光は不揃いで雑多な雰囲気を醸し出しているが、きちんと並べられた光よりも、生命力に溢れていた。

 「子供を連れて来たお父さんの心持ちがするなぁ」

遊歩道の小さな子供に手を振っているフェイをみて、ワンが呟く。背も小さく童顔の彼女が子供に手を振っている光景は、子供と子供が戯れているようにしか思えず、つられてぼくとOも笑う。

 「こんなおじさんたちと乗ってるんだから、若く見られるってもんよ」

後ろの席のおじさんに軽く睨まれたフェイが肩をすくめながらあかんべーをしている。反撃が失敗に終わると、話を替える作戦に出たらしく

 「そういえばなんで、日本の河ってきれいなの?」

ちょうど船と並走する形で、流れてきたビニール袋を見ながらフェイが聞いてきた。

 「日本の河は規模が小さいんだよ。だから、上流でゴミをたれ流したら、すぐ隣の区域の人に回っちゃうから、河にゴミは流されなかった。それが、日本の河の特徴だね」

Oの説明に感心しながら聞き入っていると

 「タイチも日本人でしょうが」

フェイに真顔で突っ込まれ笑ってしまった。しょうがないので、知ってる話を適当に盛り込む。

 「小さいから、浄水場も各地に整備できる。だから、安心して水にありつけるというわけ」

 「じゃぁ日本は水道の水をそのまま飲んでるの?」

 「そういうこと!」

 自分で言ってから気づいたのだが、中国の人は決して生水を飲まない。ミネラルウォーターならまだしも、冷水を殆ど口にしないのだ。飲食店に入ると白湯が出さるのが基本であることも納得が行く。

 「じゃぁタピオカも美味しいんだろうね」

 「やっぱり子供じゃん」

 ワンが再びからかい、船着き場に到着するまで賑やかなクルーズになった。降車すると、景色はビル街に変わっていた。巨大な広告版が点灯しており、スーツを身にまとった人々が道を行く。

「西湖の方がよかったでしょう」

 フェイの耳打ちがくすぐったくて笑ってしまう。

「そりゃあね。あんな舟にはもう乗れないなんて考えるとちょっと残念かな」

「また連れていってあげるよ。今度浙江省に来たらね」

そう言うと、そそくさと船から降りる。船は再び乗客を入れ始めている。人の光と、自然の輝き。そのどちらもが美しく輝く大陸。今度があるといいなぁ。それ以上に眩く光る彼女の笑顔を、ぼくは目で追いかけていた。(中国・浙江省のおもいでvol,31『硝子の河』)




 



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