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中国・浙江省のおもいでvol,16

『夜のカーテン』

「…い、おーい。大丈夫ー?」

 フェイの心配そうな顔が目の前にある。優しいカーブを描いている眉毛に、ほのかな赤みをさした頬。いや、見とれている場合ではない。そもそもなぜフェイがいるんだろう…

「フェイ…どうして君が?いやここはどこなんだろう」

 古河(学生街の日本料理屋)で先生と中国人学生、Oと久々の日本食を楽しんだことまでは覚えている。食事は最高に美味しかった。味噌汁に生姜焼きに・・。思い出した。途中から飲み物が「白酒(バイジョウ)」(度数が40度もある中国のお酒)に変わっていた。それからの記憶がない。頭もズキズキするし、気持ちが悪い。ぼくは、ベッドに寝かされていた。

「ここは私の部屋だよ。岡田先生たちが酔いつぶれたキミとOを連れてきてさ。Oはワンが自分の部屋に連れていって、キミを私が運んだってわけ」

 したり顔で説明するフェイは何だか嬉しそうだ。とにかく安心した。酔っぱらって記憶をなくすこと自体恥ずべき事なのに、それを異国(中国)の地でやらかすとは。外に放置されなくて本当に良かった。

「本当に助かったよ。きみに保護されなかったら、きっとあの珍獣(先生)の自宅で目を覚ますことになっていただろうしね」

 間違いないとフェイがお腹を抱えて笑っている。彼女にとっても先生は変人で通っているらしい。

「それにしても君の部屋に入ってよかったの?その…酔っぱらった外国人なんて連れ込んでさ。」

 部屋を見渡すと一般的な学生寮の部屋といった感じだ。木製のベッドが二つ並んでおり、後は衣装棚と机が二つずつ。どうやら二人部屋みたいだ。言ってしまってから急に恥ずかしくなってきた。これじゃあ「あなたのことを女性として意識してます」と公言したようなものじゃないか。冷静になってみれば女子寮に出入りしてるだけでも大問題ではないのか?

「まあ、大丈夫でしょう?二人で船に乗った仲だしさ。それに…」

 それに?いつもはあっけらかんとしてるフェイがもじもじしたので、ぼくは、ドキドキした。(初心な男なのです)フェイが口を開こうとするやいなや、向かいのベッドから人影がにゅっと起き上がった。

「いやー。フェイごめん!寝たふりしようと思ってたんだけどさぁ。あんたら中学生みたいで、聞いてるこっちが恥ずかしいわ」

 目の前が真っ白になった。冷静になれば分かることで、ベッドも机も二つ分あるということは、この部屋に二人が暮らしているということだ。ぼくは、気が動転してしまって固まっていたが、フェイもビックリしていた。

「なにフェイまで鳩みたいな顔してんのよ。タイチ君も同じような顔しちゃってさ。ほら続けなさいよ」

 恥ずかしさのあまり二人のどちらからともなく距離をとった。先に我に帰ったフェイが応戦する。

「シーあんたねぇ!起きてるならそう言いなさいよ!」

「だって、邪魔しちゃ悪いじゃない。男嫌いのフェイが久しぶりに仲良くなった男の子だもん。まさか日本人を連れ込むとは思わなかったけどね」

ちょっとしたケンカが始まったが、中国人の言い争いを経験済みのぼくは、これが彼女たちのいつものコミュニケーションだと知っている。しかし、いたたまれないことこの上ない。

「ほんと、申し訳ない。ぼくはこれで…」

立ち上がって、部屋を出ようとすると、二人がほぼ同時に留めてきた。

「待って!今出てくと、門番につかまっちゃう」

 ドアノブに手が伸びていたぼくは、ヒヤッとして止まった。この扉を出たら、めでたく犯罪者になるというわけだ。恐ろしく心臓に悪い1日。そろりそろりと引き返すと、二人は吹き出している。

「君、ほんとに変な人だね。フェイが気に入るのも無理ないわ」

カーテンから覗いてる外は真っ暗闇だった。時刻は夜の11時。

今日は本当に心臓に悪い日なのだ…(『中国・浙江省のおもいでvol,16「夜のカーテン」』)


 



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