中国・浙江省のおもいでvol,13
『ザリガニと青島』
遅刻の理由に秀逸もへったくれもあるものか。午後からの授業に遅刻するということは怠慢としか言いようがない。それをわかっていてこの底意地悪い日本人め・・・・。ぼくとOは困った顔を見合わせた。しぶしぶうなづくとOが先陣を切った。
「昨日の夕飯にオマール海老というやつが出たのですが・・・・。そいつが最高にうまくって。5人前は食いました。満足して宿に帰ってみるとトイレから出られなくなり、出てこられたのがさっきというわけです。オマール海老はザリガニですよ。どこでとれたか分からないザリガニなんか食うんじゃなかった。」
便座に座る仕草も交えたOの仕草に「汚ない」というヤジもとびつつ教室は笑いの渦に包まれた。ただ一人、リクエストした本人は満足いってないようで、
「さっきまで腹痛に襲われていた者の顔とは言えないくらいすっきりしてるじゃないか。次回は顔もしっかりと作ってくるように・・座りなさい。」
教師のダメ出しにいささか気を落とした様子で、Oは席についた。今度はぼくに視線が集まる。
「昨晩の青島(チンタオ・中国のビール)がうますぎたんです。気づいたら6ダースが円卓の上で空になっていて。そのうちの4ダースはぼくが飲んだらしいです。彼(O)と同様、ザリガニをたくさん食ったのですが、胃腸のアルコール消毒もぬかりなく行ったため、昼まで寝はしましたが、スッキリとしているというわけです。」
今度は教室がざわついた。(席についてから聞かされたのだが、中国人の若者は酒を好まず、のんべえは宴の席を荒らす不届きものとして、とらえられているようだった。)
これはまずいことをいったか?と思いつつ席につこうとすると、日本人教師が肩を叩き、無言のうちに右手を差し出してきた。わけも分からず席に着くと隣りの中国人学生が耳打ちしてきた。
「ガンティエン(岡田)はここKS大学一の大酒のみなのさ。気を付けないと君の留学は酔っぱらったまま終わることになるだろうよ」
この時のぼくは大酒のみのガンティエンのことなどさほど気に留めてはいなかったのだが、警告というものは実際に物事が起こるまでは分からない。
合同授業の内容は、日本語のテキスト、中国語のテキストの両方をつかって、会話をするというものだった。中国人学生数人とグループをつくり、教室に散らばってセッションは開始された。
ここでも癖のある中国人が多数であった。ザオがその一人でかなり日本語が堪能だった。外を青、中を紫に染めたロングヘアの彼女は、気性が激しかった。自己紹介を一通り済ますと早速絡まれる。
「タイチは酒が強いんだね。どう見ても未成年にしか見えないけど。」
「流石に4ダースは噓です。せいぜい1ダースがいいとこ・・・・。待ってください、ぼくは二十歳です。」
子どもに見られたのもしゃくだったが、恐ろしいくらい流暢な日本語に思わず、敬語で返してしまった。周りの学生はまだ日本語を学習し始めたばかりなのかぽかんとしている。
「その顔で20歳は通用しないよタイチ君。まあいいよ。うちのダンスサークルの女の子たちが日本の男連れてこいっていうからさ。君、イケメンの日本人をつれてきなよ。一緒に遊んであげるから。ほら、さっきのザリガニの話の子なんていいじゃない。」
「ぼくはおこちゃまなんでお断ります。見たところかなり年上っぽいので」
負け惜しみはリーディング開始の合図でかき消されてしまった。悔しいがかなりの美人だったので、文句もかたなしだ。
ぼくはまだ中国人という人種を理解できずにいた。(『中国・浙江省のおもいでvol,13「ザリガニと青島」』
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