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中国・浙江省のおもいでvol,20

 『非常識』

 月曜日、それは猛烈なパワーを持っており、大きなうねりをあげて海岸へ迫る波のようである。ここ、浙江省のKS大学では人の波と行った方が正しい。おびただしい数の学生たちが広いキャンパスを一面に埋めていた。

 ぼくはと言えば、先日実施された実力試験で振り分けられた教室へ一人向かう最中だった。日本の電車の二駅間くらいはあろうか、という距離を歩くだけでもいい運動になる。辺りに日本人はいない。今はそれが心地よくもあることに新鮮な感動を覚えながら教室へ向かった。

 扉を開けると、そこは映画さながらの国際スクールが待っていた。黒人に白人、ヒジャブ(ムスリム女性が被る、顔以外をすっぽりと覆う布)を被った女性、アジア系の顔つきをした学生たちでひしめき合っている。彼ら(彼女たち)はかったるそうに机に寝そべったり、ペチャクチャとおしゃべりに花を咲かせている。教室の窓にもたれて煙草をふかせている連中もいてー講義室というより日本の中高でも使われる一般的な教室ーは無法地帯とはいかないまでもおよそ制約のない自由な空間だった。

 席に着くや否や先生が入室して、出席が始まった。アナン・エナ・ポンサレ…(僕からしたら)外国人の名前が次々に目の前で呼ばれてゆき、ほとんどの生徒が出席していない事が分かった。名前を呼んでも返事のない学生ばかりで、そんなことはおかまいなしに出席が続けられる。「大丈夫か?」そう感じるも杞憂に終わった。

 外国人は授業開始から5分、10分、15分と遅れて20人ほどが入室してきたからだ。「時間を守る」という概念にしばれれているのは日本人だけなんじゃないかと不安にすらなるほどである。

 「那,我们开始上课!(それじゃあ授業を開始します。)」

 中国の授業はとにかくスピードが尋常ではない。早いだけでなく、先生が「ここは?」と投げかけると、一斉に生徒が答えを返す、と行ったありさまで、熱量が半端なかった。(日本の大学の講義との決定的な違いの一つ)

 ノートは答えと、エッセンスのみ新聞記者の速記のように殴り書いてゆく。学生たちはノートすら見ていない。先生の一言一句に素早く答えを発音しつつペンを持つ手を動かし続けている。チャランポランに見えた学生たちの替わりぶりに驚いて声も出ない。

 隣の鼻立ちのよい女学生がチラチラとぼくのノートを見ていたので、穴だらけの恥ずかしいところを見られてしまったと失意のままに授業を終えた。

 

 「なあ、ついていけた?」

多くの学生が楽しそうに食事をする中、異色とも言える暗さを放っている二人組…僕とOである。Oは別クラスだったが、僕と似たような経験をしたらしい。ふたりとも、無意識にお粥を選びすすっていた。

 「日本の常識は世界の非常識…よくわかった気がするよ」

 うんうんと二人うなづいてはまたお粥をすする。隣の学生に話しかける余裕さえない授業ではあったが、つべこべ言ってても始まらない。それに、午後からは再び日本語学科の学生との合同授業が待っている。椀を空にしてしまうと二人は次の教室へと急いでいた。

 食堂を出ようとした時、先ほどの鼻立ちのよい女学生がちょうど階段を上がってくるところに鉢合わせた。スッキリとした白い肌に濃い眉毛、そして存在感のある鼻。向こうも気付くいたんので、僕から会釈した。(こういうとき、軽く声をかけられる自身はない)すると、少しだけ口角をあげて会釈を返してくれた。それで終わりだと思っていたのだが、すれ違い様に

「cheer up(元気出して)」

と彼女は残していった。英語に弱い僕は一瞬考えて、励まされたのだと気づいた。顔が熱くなって恥ずかしさがこみ上げる。

 授業初日はどうしようもない恥ずかしさと無力感から始まった。(『中国・浙江省のおもいでvol,20』「非常識」)







 

 




 


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