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【引きずり】 その⑤ 八木商店著

 そんなことをすれば、お前たちも山下と同じになるんだぞって。見えない山下に怯える二人は、初めのうちはまったくおれの話に耳を貸そうとしなかった。それでも、おれは二人を説得しつづけました」

「二人は君の説得でおかしな考えは捨ててくれたんだね」

「はい。でも山下の恐怖から解放されたわけじゃなかったんです」

「と言うと?」

「さっき話しましたが、山下が化け猫の話をしたとき、あいつのストレス発散法を教えてくれたんです。中田に苛められてたころ、よくやってたそうなんですけど」

「山下は何を?」

「あいつ、中田に苛められた日は必ず猫を苛めてたそうなんです」

「ネコ……」

「はい。家で飼ってる猫もそうですし、野良猫なんかも苛めてたそうです」

「まさか殺したりはしなかったんだろ?」

「家で飼ってる猫は殺さなかったみたいです」

「じゃあ、野良猫は殺したことがあると?」

「毎回殺してたわけじゃないみたいですけどね。最初に殺したのは中一のときだったそうです。でもそのときも殺すつもりはなかったって。

 あいつは中田に殴られ蹴られて悔しさを振り払うために、野良猫を苛めてた。山下は相当精神的に追い込まれてたみたいです。だから野良猫を身動きの取れない狭い場所に追い込んで、逃げ場を失ったところでエアガンを撃ちまくったそうです。

 エアガンの玉が切れたときは、ゴルフクラブで引っ叩いてたそうです。最初に猫を殺したときは、あいつはエアガンを持ってなかった」

「ゴルフクラブで殴り殺したのか」

「殺すつもりはなく、軽くゴルフクラブの先で野良猫の頭を叩いたんだそうです。あいつは強調して軽く叩いたと言いましたが、多分本当は力一杯頭目掛けて振りかぶったんじゃないかな。

 頭を引っ叩かれた野良猫は身動き取れない狭い場所にもかかわらず、ピョンピョン跳ねて口からは変な物を吐いてのたうち回ったそうです。それをドキドキしながら観てたら、急に恐くなったそうです」

「恐くなった……。

 猫が死にかけてる姿に、自分が犯した罪の恐ろしさに恐怖したんだろうな……」

「いいえ。あいつはそんなことは思いませんよ」

「え?」

「あいつは自分が本当は強いんじゃないかって思ったんです。

 強い。本当は強いんだ。でも今はまだこの強さを中田に見せるわけにはいかない。

 いつかそのチャンスがくるまで充電しとくんだって」

「山下がそう言ったのか?」

「はい。言いました。

 あいつは自分が無限に強くなるに違いないって、小学生みたいなことを真剣に考えてたんです。

 死にかけた猫を眺めながら、いつか強くなった自分が中田にどんな仕返しするのか想像してたそうです。楽しかったって、笑いながら言いました。

 のたうち回る猫の顔と、苦しむ中田の顔が重なって見えたそうです。山下は中田に苛められることで、もう完全におかしくなってったんです。

 あいつは一匹の野良猫を撲殺したことで、大きな勘違いを起こしました。自分の強さを確かめるかのように、その後も次々と猫を殴り殺していったんです。

 先生! おれはあいつは死んでくれて良かったと思ってるんです。

 先生はこんなことを言うおれを蔑むかもしれませんが、山下は将来絶対に快楽殺人者になるに違いないって、おれずっと思ってました。

 あいつは自分の欲望を満たすために、たったそれだけの理由で猫を殺したんです。中田に苛められその腹いせに猫を苛めるっていう、そんな幼稚なものからは完全に卒業していたんですよ。

 山下は高校になってからも、おれたちと付き合いはじめてからも、野良猫を殺しつづけてました。殺さないと精神が乱れて狂いそうになるって言ってたけど、それは本当だったんだと思います。

 多分、猫を殺さなければ、もう完全に精神的におかしくなってた山下のことですから、間違いなく人を殺してたでしょうね。でも」

「でも?」

「あいつは絶対に自分より強い物を痛めつけたりはしません。絶対に自分が優位な相手でなければ痛めつけたりはしなかったんです。

 あいつは中田に苛められたせいで、肉体的にも傷ついてました。痛いことは嫌だったんです。

 だから抵抗されて、自分が怪我しそうな相手は絶対に獲物に選びませんでした」

「獲物とはな……」

「もしも猫を殺さなかったら、あいつは人間の子供をゴルフクラブで殴り殺していたと思います。

 子供を殴り殺したところで、野良猫を殺したときと同じで、良心の呵責に苛まれることはなかったでしょうけど。

 あいつには良心なんてものはなかった。それに法律なんてものは、あいつにしてみれば無意味なものだったんです。

 山下は単純に殺すことに快感を得ていましたから。殺す行為が自分を強くする儀式だと思い込んでいたんです。

 仮にあいつが生きていて、快楽殺人者になって無事逮捕されて何年か刑務所に入れられたとしても、出所すればまた殺しを楽しんだと思います。

 あいつにとって殺しは三度の食事や睡眠と同じものだったんです。

 山下は殺した猫の右手を切断して、それを全部集めて持ってました。あいつはほんと死んで良かったんですよ。

 おれたちは密かにそれを望み。

 そして現実にあいつは死んでくれたんです」

「山下は、彼は将来自分が辿る道に恐怖して自殺を選んだのだろうか……。

 彼は中田や私の息子と違い、遺書らしき物を何も残さなかったから、なぜ死を選んだのかわからないんだよ。

 白石、君は何か聞いてなかったのか?」

「何も聞いてません」

「そうか……」

 

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