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【引きずり】 その② 八木商店著

 息子の遺書はぐさりときたよ。胸の内側を鋭い刃物でえぐられたようだった。

 先生な、あの日から生徒たちには公平な目を向けることにしたんだ。表情には感情を出さないように極力努めてきた。そして意識して厳しく振る舞うようにしたんだ。そうすることが一番公平に生徒たちと距離を保てると思ったんでね。

 白石、君が山下、森、関と一緒に中田を苛めてたことは先生知ってたんだ。中田の遺書に君たちの名前が書かれてたからね。先生は君を責めたりはしない。息子の遺言を何も活かせなかった先生が悪いんだから。なぜ苛めに気づいてやれなかったのか、ただそれだけが悔しいんだよ。

 苛めは絶対にあってはならないことだ。君は苛めを犯してしまい、クラスメイトの一人を死なせてしまった。君は自分が犯した罪の深さを十分に理解している。だからこそ悩んでたんだ。君は十分に反省している。先生にはわかるよ。

 君はずっと一人で悩みつづけ、その間ずっと亡くなった中田に詫びてたと思う。先生はそんな君を責めることはできない」

 佐川は息子だけでなく、中田が苛められてたことに気づけなかった自分に苛立っていた。おれはいつになく人間味のある佐川に、心の内を開いてもいいと思った。

 今なら正直に何でも話せそうだ。

 今を逃したら、もう話す勇気は消え失せるんじゃないか。

 そう思ったときには口が勝手に悩みを吐き出していたんだ。

「おれも……。

 でも、ほんとはおれ、あんなことはしたくなかったんです。

 おれ、中田のことはよく知らなかったし、だから苛めなくてもよかったんです。

 でも……。

 山下が、あいつがおれたちに中田を苛めるようにいつも言ってきました。

 山下は中学も中田と一緒で、中田のことを憎んでました」

「憎んでたとは?」

「あいつ、山下、中学の頃、中田に三年間ずっと苛められてたそうなんです。

 あいつはほんとは、中田とは別の高校に行きたかったそうなんだけど、中田に無理矢理同じ高校に行くように言われ、言うことを聞かないと殺すって脅されたそうなんです。

 山下は他の高校に受かってたのに。親や先生からも、どうして受かってるのにそこにしないんだって、すごく問い詰められたそうです。だけど、中田に脅されてたことはどうしても言えなかった。

 理由を言えば中田に殺されると本気で怯えてたそうです。それに家族や先生に自分が苛められてることを知られたくなかったみたいで。惨めだったから。自分を無能で弱い人間だと思われたくなかったから。

 入学して中田と同じクラスになったときは、心臓が止まるかと思ったそうですよ。ついてないですよね。

 でも、そんなビクビクする生活も、おれたちと知り合うことでなくなりました。山下は森と関と仲良くなったことで、中田のオモチャから解放されました」

「森と関?」

「あの二人、キックボクシングのジムに通ってたの知ってましたか?」

「ああ。知ってる。なかなか強いらしいじゃないか」

「強いです。おれは関と中学が一緒で友達だったから、すぐに森とも友達になったんです。関と森は中学は違うけど、通ってるジムが一緒だったから高校入学前から知り合いでした」

「山下とは?」

「多分、五月の連休後だと思います。

 あいつが二人の通ってるキックボクシングのジムに通いはじめたんです。それで親しくなっていきました。山下がジムに通うまで、同じクラスメイトだなんて二人は気づかなかったそうです。

 入学したころは、クラスメイトといっても誰が誰なのか名前も知らないし、顔もわかりませんからね。おれも四月ころは山下の存在は知らなかったと思います。山下だけじゃなくて、話したことがないやつは顔を覚えてませんでした。

 多分、山下は森と関がジムに通ってるのを聞いて、同じジムに通ったんだと思います。あいつから本当のこと聞いてないからどうだかわかりませんが。森も関も結構有名でしたからね。苛められっ子だった山下は、あの二人をどうしても見方につけたかったんでしょう」

「そうか……」

「一学期の期末テストの最後の日でした。山下が二人に言ったんです」

「何を?」

「中田がおまえらよりも強いって言ってるけど、本当に中田の方が強いのかって。

 強くなることにしか興味のない二人は真に受けて、山下の挑発に乗ってしまったんです。

 テストが終わった後、二人は中田を屋上に呼び出しました。今から試合してやるから、ついてこいって。

 先生は知らなかったでしょ。期末テストの後試合が行われてたなんて」

「ああ。今初めて知った。もし知ってたら止めさせたのに決まってる!」

「クラス全員が屋上で観戦しましたよ……。レフリーは山下で、1ラウンド三分で2ラウンドずつ、おれは時計で試合時間を計っていました。

 三人の試合を観てたやつらは、誰もそれを止めようとしませんでした。なぜだかわかりますか?」

「いや、わからん。どうして止めなかったんだ」

「……試合だったからですよ。

 苛めでも喧嘩でもなく、試合だったから。それに皆んな興味がありました。中田が本当にあの二人よりも強いのかって」

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