【こんな時代】 その③ 八木商店著
目覚し時計の音で目を覚ますと朝になっていた。アッという間に朝を迎えることができて、本当に小学生のように喜んだ。遠足や運動会の日の目覚めに似た、あのワクワクする心の躍動に年甲斐もなく素直に喜びを感じていた。
その日も前日に似た夢を見た。これって偶然なのかどうかはわからないが、今回も場面は昼間の動物園だった。目覚めて冷静に考えて、俺はこれらの夢が連続物であると断定してやった。
夢に登場した動物園は前回同様に見物客が一人もなく、飼育係の姿も見えなくて静かだった。夢の中で俺は不安にかられながらも、見覚えのある園内を歩いていた。そしてまたもや奇妙な檻を見つけた。
その檻にも動物ではなく数人の人間が入っていた。皆んな俯いたまま顔を上げようとしない。
檻の中にいるのは全員女子校生らしく、セーラー服のような制服姿だった。
今度は何だろう?
俺は檻に近寄って、中にいる女子校生たちに訊ねてみることにした。
「君たちは何て動物なの? 昨日見た檻にはリストラがいたんだけど」
俺の問い掛けにしかとする女子校生たち。そのとき檻の傍に看板があったことを思い出した。俺は檻の中の動物を説明する看板を探した。
どこだ看板は?
看板はすぐに見つかり説明文をじっくりと読んでいった。そして一通り読み終えたところで、俺は妙に納得してしまった。
なるほどね、そういうことか。
説明を読み終わると、俺はその檻を去った。
園内は俺以外の客の姿は全く見られない。しばらく行った所で、また人間が入っている檻を見つけた。その檻に近寄るに連れて何やら檻の中の人間が威嚇してくるのがわかった。
何だ何だ、今度は威勢がいいなぁ。
檻に近づくに連れ、その檻が全面強化ガラスで囲われていることに気づいた。俺は今まで見た檻とは違うその檻に興味を持ち、歩く速度を上げた。
「猛獣のつもりか?」
檻の中には数十人の少年たちが群れを作っていた。迷わず看板を探した。看板はすぐに見つかり、説明分を読んでいくに連れ興味がどんどん失せていった。出てくるものはため息ばかりだ。
「わからんでもないが、そういうことか…」
その日見た夢はそこで終わった。
出勤時間になり俺は家を出た。
毎日同じ時刻に乗る通勤電車はその日も当然満員だった。俺はいつもの決まった場所でスポーツ新聞を読みながら、道中の駅々で電車に乗り込む人々をボーッと眺めていた。すると一人の女子校生に視線が止まった。俺の視線が捉えた女子校生は、いかにも清純そうな娘だった。俺はその娘をボーッと眺めながら、朝見た夢を思い出していた。俺は窓の外に視線を向けて心の中で呟いていた。
ああいうのにかぎって案外そうなんだよな。昨日の松村はリストラ。今朝のはあれか。不況、不況と騒がれる昨今、案外ああいう女子校生の方が懐は暖かいのかもしれない。
窓越しの街の風景に、朝っぱらからだらしない恰好でたむろしている少年たちの姿が飛び込んできた。俺は心の中で問いかけた。
あいつらも不況のせいなのか?
会社に着いた途端に武者震いのようなものが全身に走った。俺は30を過ぎているにもかかわらず、心がときめいていた。自分ではわからないが、多分顔はにやけていたに違いない。早速七階のフロアに入るなり浜田を探した。
いつも浜田は俺よりも早く出勤している。浜田は俺と目が合うと、手招きしてきた。浜田の様子からして、良い手応えが得られたようだ。俺は気持ちを高揚させて駆け寄っていった。
「おはよう! 浜やん! ところで奥さんにはちゃんと話してくれたんだろうな」
「ああ、言ったよ」
「で、どう? いい人いるって」
俺はワクワクして浜田の言葉を待っていたけど、何か浜田の表情は思わしくない。
「駄目だった」
返ってきた浜田の言葉に、次に言おうと用意していた言葉の使い道を失ってしまった。
「駄目ってどういうことだ?」
「嫁さんの友達に売れ残ってるのはもういないとのこと。残念だったな」
浜田の残念と言う言葉で、ようやく話の全貌を理解したが、俺はそれを素直に聞き入れることはできなかった。
「おいおい、おまえ、どんな風に奥さんに話したんだ!」
そう強く食い下がった俺は全く大人気なかったと思う。浜田はそんな俺に呆れた表情は見せないで、労るように静かな口調で話しはじめた。
浜田曰く、昨日、家に帰ると奥さんは先に帰っていたから、早速俺の求人募集の話をしたらしい。俺に好い人いないかって。すると奥さんは、
「昨日、結婚した友達で終了。残念だったね」
だって。
そこまで聞いて、俺はしかたなく肩を大きく落として浜田の席を離れた。