【こんな時代】 その⑥ 八木商店著
「援助交際だとぉ! 何だそれ。やっさん! おまえ、俺をおちょくってんのか!」
「おいおい、浜やん、そんなに怒るな。耳元で怒鳴ることないだろ。ただの夢なんだから」
「いくら夢と言ってもふざけすぎだよ! 真剣に考えて損した!」
怒りが鎮まりきらない浜田。俺は興奮してもう少しで理性を失いそうな浜田を余所に、急に真面目に語りはじめた。
「しかしさあ、浜やん。あのセーラー服着てるメスサイも、一所懸命金稼いでるんだよ」
「あれは稼いでるとは言わん!」
「金を受け取ってる以上は稼いでるのと同じだよ」
俺は静かな視線を窓の外に向けた。
「俺たちと援交してるガキとは、手に掴む金の重みが違う!」
「そうでもないよ。俺たちも結構同じようなもんじゃないか」
「おまえ、援交をサポートするのか?」
「そういうわけじゃない。でも会社のために俺たちも結構人道に反する行為でも、目を瞑って容赦なくしてるだろ。だからセーラー服のメスサイをあんまり蔑むことができないんだよね」
「やっさん、昨日から変だぞ。大丈夫か?」完全に呆れ顔の浜田。
「至って問題ない。心配ご無用!」
「心配ご無用か…。心配なんてしてないよ!」
「でもねえ、浜やん。リストラで収入が途絶えた親父さんに代わり、身体を売って家族を養ってる女子校生もいるかもしれないだろ」
「まあな」
「だからトラになった親父の代わりに、サイになって家族を養ってる女子校生を俺は悪く言えないんだよね。今なんてさあ、俺たちは仕事中なのに、こうしてここでお喋りしてるだろ。こんなことしてても、ちゃんと決まった日には給料振り込まれてんだからなぁ。こんなことで金貰っていいのかなぁ。なぁ、浜やん」
俺の話に聞き入る浜田には、怒りに狂った様子は見えなかった。
「そうだな。中にはそんな子もいるのかもしれないな。皆んな生きるために、その都度状況に合わせて、手段を変えてるだけなんだもんな」
「不況になるとトラが繁殖して、ついでにメスのサイも現れる…。え、メスのサイ?」
その時、俺はオスのサイも今朝の夢に現れたのを思い出した。
「あ、思い出したけどオスのサイもいたわ!」
浜田は不思議そうな顔で俺を見つめていた。その表情は何処となしか、俺の話を期待しているようにも見えた。
「オスにも援交してるのがいるのか。知らなかったなぁ」
「いや、オスのサイはエンジョコウサイじゃなかった。全面が強化ガラスの檻にいたよ」
「凶暴なのか?」
「説明には少年、オスに多く見られ凶暴って書いてあった。普段は物腰穏やかで挨拶もよくするが、キレるとその尖った角でブスブス刺して、猛威を振るうって。で、括弧、普段はそんなことするような子には見えなかったわねえ、括弧閉じる、ってあったぞ」
俺の説明に理解不能な表情で浜田が訊ねてきた。
「挨拶もよくするって、何だそれ? それに、括弧、普段はそんなことするような子には見えなかったわねえ、括弧閉じるって何だよその括弧書きの付け足しは?」
「なんでもな、そのオスのサイを昔からよく知る近所のおばちゃんの証言と注意書きがあった」
口をポカンと開けたまま、天井の一点を見つめる浜田。
「やっさん、何となく察しがついたけど」
「おおっ! 凄いじゃないか! 浜やん!」
「少年に多いんだよな」
改まって浜田が些か照れ臭そうに言う。
「そうそう」
「ずばり、答えは少年犯罪!」
「ブーッ!」
俺は即座に不正解を告げてやった。
「え、嘘ぉっ! ちゃんとショウネンハンザイで、最後がサイになってるじゃないか」
ちょっと悔しそうな浜田。自信があっただけに、ハズレるとショックもデカイ。
言われてみれば、サイにザイか、確かにそうだなあ。
浜田の説明は納得できるものだった。が、残念ながら夢に出てきたのはそいつじゃなかった。
「でも、なかなかいい線いってたぞ!」
腕組みして首をひねりながら、ぶつぶつと口ずんで考え込む浜田。
「そろそろ時間切れだけど」
「もう一寸待って! ついでに何かヒントくれ!」
「これ以上は駄目だよ。浜やんの言ったヤツでほぼ合ってるんだけどなぁ。これ以上言うと、答えを教えることになっちゃうからね。正解はジュウナナサイでした!」
「17歳かぁ! クソー、惜しいな!」
本気で悔しがる浜田に、俺は今まで知らなかった浜田の一面を垣間見たような気がした。
「でもさぁ、浜やん、どうでもいいけど、俺たちが今話してることって、ほんとにどうでもいいことだよね」
「まあな」
俺の気の抜けた言葉に、ようやく浜田も冷静さを取り戻したようだ。
「俺たち何でここでこんな話してるんだ? 今勤務中だぞ」
「ほんとだよな。俺たち何でこんなところで油売ってんだろう。俺も来年には父親になるって言うのに」
「えっ! おまえ、父親になるの!」
「まあね」
照れる浜田の笑顔は、もうすっかり父親気取りだった。
「そうか、遂に浜やん、お父さんになるのかぁ。いやー、これはおめでとう!」
俺は心から浜田が父親になることが嬉しかった。しかし、それにしても羨ましいなぁ!
「なんか、やっさんにそう言われると妙に照れ臭いよ。でも嬉しいよ。ありがとう」
「俺も早く結婚して、浜やんみたいに父親になりてぇ!」
「すぐになれるよ」
「そうか?」
互いに照れ合い褒め称え合う俺と浜田は、端から見てると相当に変だったと思う。
「うちの会社、若い女性社員募集してくんねーかなぁ?」
「それはこれから先もしばらくなさそうだな」
「そうか…。ところで、浜やん、この会社のOLってさあ、Lの意味はわかるけど、Oって何だか知ってるか?」
「オフィスだろ」
「違うよ。オウヴァーだよ。だってこの会社の女性社員って皆んなおばさんばっかで、ここだけの話、皆んな女終わってるじゃないか」
「確かにな。アハハハハハ」
顔を見合わせて笑う俺と浜田。その頃になってラウンジに誰もいなくて良かったと思った。
「そろそろ仕事に戻るとしますか!」
腕時計に目をやって時間を確かめる浜田。
「そうですな。お父さん!」
「おいおい、お父さんと呼ばれるのはまだ早いよ」
急にお父さんと呼ばれて照れる浜田は、やっぱりお父さんだった。俺たちは席を立って仕事場へと歩きはじめた。
「ところで、やっさんは生まれてくる子どもにはどう呼ばすつもりなんだ? パパか、それともお父さん? いっそのことダディーなんてどう?おまえの場合はどうだったの?」
「父さんだよ」
「じゃあ、おまえの子どもにもそう呼ばせろ」
「そうだな。その方が俺も慣れてるしな」