サーチャーにMBAは必要か_コラム001
はじめに
このコラムは事業承継先のサーチ活動を続ける筆者が、日々感じたことを徒然に記録するものです。サーチファンドについて体系的に知りたい方はこちらの連載を御笑覧下さい。
サーチファンドはビジネススクールから生まれた
サーチファンドの成り立ちについては、㈱サーチファンド・ジャパンの代表・伊藤公健さんのnoteで述べられている通り、MBAコースの教授が学生にCEOキャリアを早く積ませたいと考えて始めた手法ですから、そもそもMBAとの親和性は高いです。
サーチファンドは企業の売り手(オーナー社長)から、買い手(サーチャー)が事業を譲り受けて経営するための仕組みですが、そもそもの成り立ちは後者の立場に重点があったと言って良いでしょう。
一方で日本では少し事情が異なります。オーナー社長の高齢化と後継者不足が深刻化している日本においては、売り手を救済するための一手という側面が世界のサーチファンドと比べてより前面に出るはずです。
この点こそが日本でサーチファンドが広まる可能性が高いチャンスがあるわけですが、ここではサーチファンドとMBAの関係に話を絞ります。
MBAを通してサーチファンドと出会った人も多い
まず最初に、ビジネススクールの知識が経営現場でいきるのかというよくある議論ですが、この点は何とも言い切れません。確かにMBAの知識がそのまま仕事で役立つ場面は多くはないかも知れません。
しかしサーチファンドに限って言えば、MBAはかなり重要な存在だと思います。というのも、そもそもサーチファンド自体をビジネススクールの授業で知ったという人が多いからです。
一例として、シカゴ大学のビジネススクール(Booth School of Management)を卒業してサーチャーとなったTim Meng氏のケースをみてみましょう。卒業後にボストン・コンサルティンググループに就職したものの、もともと起業家志望だったMeng氏は、徐々に仕事に満足できなくなります。
My wife also graduated from Booth, and one day she talked to me about the search fund model. I had never before heard of it, but it instantly struck a chord with my entrepreneurial desires, and so I started researching it. I studied all the materials I could find on the web and watched all the Stanford videos. Through a Google search, I also discovered a newly formed accelerator for search fund entrepreneurs.
(意訳) ある日、私と同じBoothの卒業生である妻がサーチファンド・モデルの話をしてくれました。それまで一度も聞いたことがなかったのですが、即座に私の起業への思いに火が付き、調べ始めました。ネットの情報はすべて目を通し、スタンフォード大学が作成した動画もすべて観ました。グーグル検索で、できたばかりのアクセラレータを見つけることもできました。(※1)
その後、このアクセラレータと契約を結んたTim Meng氏はサーチ活動を経て事業承継し、サーチャーCEOへの道を切り拓きます。こちらのウェブサイトを見ると現在もCEO在職中のようです。
彼は「聞いたことがなかった」と述べていますが、当時のシカゴ大のビジネススクール(資料によれば2012年卒業)には、サーチファンドの授業は必修ではなかったか、授業そのものが一般的ではなかったと思われます。
2021年現在、欧米の主要なビジネススクールでは、"Entrepreneurship Through Acquisition(買収型起業)"という名前の講義でサーチファンドを教えるのが一般的なようです。母国ではその存在を聞いたこともなかった学生が、米国にMBAを取りにきて「こういう仕組みがあるんだな」と知る構図が続いているのではないかと思います。
実際、私が「サーチ活動始めました」と日本の知人に知らせた際に、「米国のMBAに留学したときに授業できいた記憶があります」と仰る方が何人かいらっしゃいました。
このように、サーチファンド自体の認知を広げるという点でMBAは引き続き重要な存在だと思います。
資金調達にもMBAネットワーク
さらにMBAは資金調達の上でも欠かせない存在のようです。Brown Robin Capitalというスタンフォード大学GSBの同窓生2人組のサーチファンドのケースに下記のような話が出て来ます(※2)。
Upon retracing the constellation of individuals who invested initial search capital, Braun pointed out the importance of the business school network: nearly everyone who wrote a check was in some way affiliated with the Stanford GSB.
(意訳) 最初のサーチ活動資金を出してくれた人たちの顔ぶれをみてみれば、ビジネススクールのネットワークがいかに大事か分かるとブラウンは指摘する。2人のためにお金を出してくれた(小切手を振り出してくれた)人のほぼ全員がスタンフォードGSBの関係者だったからだ(※2)。
このケース資料内で、ブラウンとロビンソンという2人の若きサーチャーにとっては、プロの投資家からよりも、個人で少額を出資してくれる人からの方が資金を集めやすくリスクも少ないという見解が述べられています。
このように資金調達という観点からもビジネススクールのネットワークがなくてはならなかったというケースもあるようです。
日本ではどうか
日本でも近年、海外MBAでサーチファンドを知った方がサーチャーになる、あるいはアクセラレータになるというケースが出て来ています。MBAで学んだ知識が経営の現場にそのまま役立たずとも、新たな活動を起こす人を生み出している点でMBAの存在は重要だと思います。
一方で、日本国内で資金調達をする際に、MBAネットワークを辿って篤志家やエンジェルからサーチ資金を調達した例はまだ聞きません(実際にはあるのかも知れませんが)。また将来的に、日本で活動するサーチャーが海外から資金調達する可能性はあるでしょうし、その際にはMBAのネットワークが有効活用される可能性は高いです。実際、日本のスタートアップでもそうした例が出て来ているのですから(サーチャーの頑張り次第なところもありますが)。
ちなみに私はMBAに挑戦する機会を持たずに45歳になってしまいました。いつかチャレンジしてみたいと思っています。
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注1: このケースは米国コロンビア大学が作成した資料で The Case Centerのウェブサイトから£6.45(≒¥1,000円)で購入できます。
注2: このケースはスタンフォードGSBが作成した資料で The Case Centerのウェブサイトから£6.45(≒¥1,000円)で購入できます。
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