フランスースペイン縦断ーモロッコ自転車旅 備忘録(モロッコ編①)
2024年5月8日
フェリーに乗るため、早めに起きて準備をする。うまく乗り込めるだろうか、という不安もあったが、これからジブラルタル海峡を跨ぐことを思うと、やはり期待の方が大きい。かなり早めに港に着いて検問所に行くと、「お前はあっちだ」と言って大型バイクが並ぶ列に案内される。屈強そうなバイカー達もなんとなくソワソワしているように見える。無事に検問所を通過すると、遮るものが何もない吹きさらしの場所で、バイカー達とともにフェリーを待つ。風が強く、少し寒い。そうこうしている内に、青と白のツートーンのフェリーがやってきて、みな一斉にフェリーに乗り込んでいく。乗り物組は、バイクが6台、自転車が1台。一般乗客は大勢いた。船内は日本のフェリーと変わらない。人は大勢いたが席に座れないほどではなく、余っていたユーロを使って売店でオレンジジュースとドーナツを手に入れてから、固い座席に腰掛ける。ほどなくしてフェリーが動き出したので、デッキに出て、見る見るうちに離れていくユーラシア大陸を眺める。次に、反対側に顔を向けて、近づいてくるアフリカ大陸を眺める。最後に、真下の海を見て、自分は今ジブラルタル海峡を横切っているのだと、感慨にふける。写真を撮りなんとなく満足して座席に戻ると、船内では入国審査を受けようとする乗客達が長蛇の列をなしていた。国境を跨ぐこのフェリーでは、対岸に着く約1時間の間に船内で入国カードを記入し、入国審査を済ませておく必要があるのだ。同じように入国審査を受けるべく、入国カードに必要事項を記入しようと思ったが、ペンを持っていないことに気が付いた。カードを配っている係員にペンを貸してほしいと頼むも「持っていない」と一言。周りの乗客に聞くも何故か誰も持っていない。最終的に親切な婦人がペンを貸してくれたので事なきを得たが、しょうもないことで少し焦る。そうこうしている内に、フェリーはモロッコのタンジェに到着。とうとうアフリカ大陸に上陸した。ジブラルタル海峡を渡った時点で旅の目的の8割くらいを達成した気でいたので、モロッコでの旅程もろくに考えていなかったが、シャウエンという地区が良い感じらしく、とりあえずこの日はそこを目指すことにして走り出す。モロッコではクレジットカードがほとんど使えないと聞いていたので、途中でモロッコディルハムをいくらか入手した。
アフリカ大陸と言ってもタンジェはかなり栄えた街で、高層ビルが立ち並ぶ市街地では多くの人と車が行き交い、都会的な喧騒に包まれている。きわどい運転の車も多く、絶えずクラクションが鳴り響いている。その脇を走る自転車にも相応の危険が伴うわけで、市街地を抜ければ安全だろうと思い、車が猛スピードで行き交う国道沿いを走ってなんとか郊外に出るも、何台もの大型トラックが黒煙と砂埃を撒き散らしながら真横スレスレを追い抜いていったところで命の危険を感じ、危険な国道沿いの道はあきらめて、少し遠回りになるが、山手の交通量の少ない道からシャウエンを目指すことにする。が、そこでもモロッコの洗礼を受けてしまう。まずは野犬。モロッコには国全体で推定300万匹の野犬がいるらしく、実際にかなり多くの野犬を見かけた。その多くはあまりやる気のない瘦せ細ったイヌたちではあるが、稀にやる気の「ある」個体もいる。モロッコで僕を出迎えてくれたのは、そんなやる気のある野犬3匹。山手の道を走っていると、廃墟のようなところから突如3匹の野犬が雄たけびを上げながら猛スピードで追いかけてきた。スピードを上げようとするもギア比の軽いシングルスピードではそこまで加速できずにイヌと並走する形になり、かなり怖い。なんとか逃げ切ったが、イヌを気にするあまり前方の車に気づかずにぶつかりかけてかなり危ないを思いをした。野犬なんて何回追われようが怖い。(のちに、逃げるのではなくその場で静止すればイヌも興味を無くして追って来なくなることに気づいてからは難儀することが格段に減った)
車とイヌから逃げて、次に行く手を阻んだのは風だった。山手へ向けて坂を上っている途中、とてつもない風に包まれた。自転車から降りて歩いて進むこともできないほど強風が四方八方から吹き荒れる。踏ん張りながら、風が弱まるのをしばらく待つ。後ろから、原付バイクが追い抜いていく。フルスロットルで唸りを上げる姿とは裏腹に、猛風に煽られてフラフラと弱弱しく走っていく。山手を越えていくのは悪手だったかもしれない、モロッコという国の感触を掴めないうちに立て続けにやっかいな目にあったことに加えて、シャウエンまではまだ100km以上あるという事実で、完全に意気消沈。とはいえ、止まっていても何も解決しないので、時折止まって風をやり過ごしながら、なんとかピーク付近まで登りきる。思わず道路脇の草むらに倒れるように腰掛け、煙草に火をつける。ようやくひといき。疲れた。
しばらく休憩して、今度は一気に坂を下っていく。途中の集落で子供たちとすれ違う。子供たちは自転車で走ってくる僕を見ると、ハイタッチで出迎えてくれた。もちろん応じる。フランスから走ってきて、こんなことは初めてだった。モロッコの人たちは、子供から大人まで、理由も聞かずに応援してくれる。その気さくさに時折助けられた。
そんなこんなで夜遅くにシャウエンに到着。「そんなこんな」で省略したくなるほど、ただただ長くて疲れたモロッコ初日。野宿するつもりだったが、シャウエンが思いのほか観光地でいい感じの野宿地を探すのに難儀しそうだったので、安価なゲストハウスに宿泊することにする。宿に荷物を置いて、食事を済ませるついでに少し街をぶらつく。シャウエンは「青い街」として知られ、旧市街では建物や道路などがすべて青く塗られている。それらは見ごたえのあるものだったが、夜遅くでも多くの観光客で賑わう街の空気感になんとなく興ざめしてしまったため、散策も食事もそこそこに済ませ宿に戻る。4階建ての小さなビルをまるごとゲストハウスにしたその宿は屋上がテラスになっており、ソファベッドがいくつか置かれたそのテラススペースで、宿泊者は皆思い思いの時間を過ごしていた。自分もソファに横になり煙草を吸っていると、欧米系の若者3人組がピザ片手にやってきた。「ヘイブロ、ピザ食うか?」そのうちの一人が僕に聞いてきたがあいにく食事を済ませたところだったので断った。テラスには他に4人ほど宿泊客がおり、その男は律儀にも全員に聞いていたが、皆答えは「ノーセンキュー」。男は少し首をすくめて、ピザを食べ始める。なんとなく気まずくなって、自分のベッドに戻ることにした。
明日どこまで行くのかも決めていないが、とりあえず西海岸に向かって走り、カサブランカを目指すことにした。長い一日、すぐに眠った。
~次回に続く~