固定ギアの自転車による環島(台湾一周)の記録 その5
2023年4月28日から5月4日までの七日間、自転車で台湾を一周した。今回は、四日目の走り出しから終わりまで。
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高雄では張に色々と親切にしてもらい、かなり元気が出た。
この日は台湾最南部の街・墾丁(ケンティン)まで行く予定で予定走行距離は120kmほど。坂道もほとんどなくひたすらに海岸線を走るだけで道迷いの心配もなく、暑ささえうまく凌ぐことができれば難所はなさそうだった。
問題は墾丁以降の東海岸側の道で、地図上で見ると細かいつづら折になっているところが所々にあり、それなりの山岳コースであることが予想された。海抜ゼロ近いところから、何回折れているか数える気にもならない峠道を登って、そこからまた海抜ゼロ近いところまで降ろされて、さらにもう一度、一つめの峠よりさらに細かくつづら折になった峠を登って、その後また海岸線まで降りてから60kmほど漕いで台東まで走らなければならなかった。これまでの道と比べるとコンビニなどの補給地点も極端に少なく、峠道の区間は鉄道も走っていないので、どうしようなくなれば本当にどうしようもなくなるような区間だった。
その区間を避けるには、墾丁から高雄方面に少し戻って本来の環島一号線に復帰してから、環島の難所の一つと言われている寿峠を越えて東側まで抜ける方法があった。越える峠が一つだけなのでいくぶんか気が楽なのと、このルートであれば四日目に台東に着き、調子がよければそれよりも進むことができたので、浮いた日程で宜蘭の太平山でハイキングをできないこともなく、悪くない選択肢ではあった。
それでも墾丁まで行く以上は、険しくても南部の東海岸沿いを走ろうと思った。張がとても美しい道だと言っており、今行かないと帰ってからずっと引きずるような気がしたからだ。
台湾は近いのでまた走りに来ることもできるが、それはあまりしっくりこなかった。一度は通り過ぎた公園で偶然出会った張が偶然その日泊まるゲストハウスの近くに住んでおり翌朝も良いタイミングで会うことができ、当初の予定になかった台湾最南部を走る選択肢を示唆してくれた。導かれるというとたいそうだが、そのまま流れに身を任せることが自然な気がしたし、そもそも、またいつか来れる保証なんてどこにもないのだ。それを思うと、険しい道を選んででも心残りのないようにしたかったし、最悪の場合は帰りの飛行機に間に合わない可能性もあったが、余分な飛行機代がかかってもそれは些細なことのように思えた。
そこまで考えて、それまで流動的だった旅行の行程がある程度固まった。四日目は墾丁、五日目は台東、六日目は宜蘭、七日目はゴールの台北を終着地として、太平山のハイキングは諦める。やっぱり帰りの飛行機には間に合いたいので、五日目と六日目はサボらずにちゃんと進む。以上。
4日目:高雄〜墾丁
この日も暑い。海岸線を走るので日差しも強烈だ。
台湾に来てから、日中はずっと右側から日差しを浴び続けているので、特に集中的に日差しが当たる右腕の第一関節の外側と左腕の手首の内側の皮がめくれて痛い。さらに腕全体には小さな水膨れができ始めて、これも痛い。
ボトルの水を頭から被ったり腕や足にかけたりして束の間誤魔化し、しばらく走って、また水を浴びる。その繰り返しで、補給も小まめに行い、なんとか熱中症だけにはならないように気をつけながら走った。
なんだか書きながら思い出すだけで汗をかいてきた。
墾丁までは海岸線を走るだけで道迷いの心配はないと言ったものの、この日も少し道を間違えて、新園郷という海に近い街に迷い込んだ。
しかしこれが結果オーライで、今回の旅で特に美味しかった台湾料理の一つ、海鮮粥に出会った。
「愛嬌姨海産粥 飯湯」というお店の海鮮粥で、粥と言ってもスープライスみたいな感じでさらっとしている。イカ、エビ、牡蠣、鶏肉など具沢山で、何と言っても海鮮で出汁を取った澄んだスープが絶品で、思わず唸ってしまった。海が近いところなので特に美味しかったのかもしれない。
とても美味しかったとお店のおばちゃんに伝えて出発しようとすると、引き止められ、なんと水とスポーツドリンクをいただいてしまった。美味しいご飯を食べて、優しさにも触れて、とても元気が出た。
その後は、特にアクシデントもなく、少し早めの夕方4時頃には目的地の墾丁に到着。墾丁一帯はビーチリゾートになっており、なんだか開放的な雰囲気が漂っていていい感じだった。場所によってはかなり活気に溢れているが、この日泊まったホステルは本当に最南端近くにあるため、観光客も少なく、穏やかで落ち着いた時間を過ごすことができた。
ホステルに着く前、場所が少し分かりにくくて迷っていると、自転車に乗った旅人風の男女の二人組と出会った。欧米系の人に見えたのでたどたどしい英語で話しかけ、自分は日本人であることを伝えると、なんと二人も日本人で、同じホステルを探しているところだった。話を聞くと、二人は僕と同じように自転車で環島をしている最中で、台北で借りたというGIANTの自転車のパニアバッグにはノートパソコンが入っており、それで仕事しながら世界の色々なところを旅しているとのことだった。台北から墾丁までの話を聞いていると、気持ちのいい区間は自転車で走って、それ以外は要所で鉄道を使いながら移動をしているようで、「今日も暑かったから途中まで鉄道に乗っちゃったよ〜HAHAHA」みたいな感じで、自転車でというよりも旅そのものを余裕を持って楽しんでいる様子がなんだかとても良い感じの二人だった。墾丁にも2泊する予定のようで、固定ギアで一週間で台湾一周という謎の縛りプレイをしている自分と比べて、余裕のある二人の風情が、少しだけ、否、とっても羨ましく感じた。
その後、なんとかホステルに着いたもののオーナーが不在で、不在時は電話をしてくれという張り紙があったので、その二人組の女性の方が流暢な英語で電話をかけるとプロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんに似たオーナーが現れた。オーナーは笑顔が素敵なこれまた陽気ないい感じの人で、分かりやすい英語でホステルの設備と部屋の説明をしてくれた。少し部屋でゆっくりしてから、夜飯を食べるために外に出ようと1階に降りると、先ほどの二人とオーナーが英語で談笑をしていた。さっきまで自分と日本語で会話をしていた二人が今は流暢な英語で現地の人と自然にコミュニケーションをとっている。その様子を見て、自分はここまで怪しい言語でピンボケしたようなコミュニケーションをとってなんとかやって来たが、もっと自由に会話ができるようになりたいと思った。スマホの翻訳と簡単な英語で大まかなコミュニケーションは取れるが、それだけではやっぱりディティールを伝え感じ取ることは中々むずかしい。言語が理解できない日本人旅行客Aの立場でいる事が逆に気楽だったりもしたが、楽しそうにおしゃべりをしている3人を見て、せめて英語でだけでも自由に会話できるようになりたいと思った。海外一人旅で、語学力はあった方が良いがなくても大丈夫とはよく聞く文句だが、本当にそうで、語学力の乏しさが旅を諦める理由にはならないができた方が絶対に良いと思った。
その後、ホステルの近くの料理屋に入ると、そこの店主の娘夫婦が大阪に住んでいるようで、色々と喋りかけてくれた。自転車で環島をしていると伝えるとたいそう驚いて、たまたまその時に店にやってきた店主の友達のガタイの良いおじさんに「おい、こいつ自転車で台湾一周しているらしいぞ!」と店主が伝えると、そのガタイの良いおじさんも目を真ん丸にして首をすくめていた。お店を出る時には「コンニチハ!イチバーーン!!」と知っている日本語で送り出してくれて、とても元気が出た。
夜飯を済ました後は、せっかく墾丁まで来たので台湾最南端の場所まで歩いて行ってみた。そこは南の端であることを示す石柱と木製のベンチ以外は何もないこじんまりとした場所だったが、台湾最南端というシンボリックなスポットに立つと、自分の足で自分の自転車を漕いでここまで来たんだぞ、と束の間の感動に満たされた。紀伊半島を一周した時に近畿最南端の潮岬に立ち寄った時も同じことを感じたが、それまでずっと同じ方角を向いて夢中で走っていたのが、途端に目の前の道がなくなって見えるのは広い海だけという光景は、そこからは当然逆の方角を向いて折り返すことになり、「帰る」ということを強く意識させてくる。旅行が終わり始めるさみしさもあったが、明日からはゴールの方角に向かって走り出せることを思うと、やはり少し嬉しかった。
しばしぼーっとした後、ホステルのオーナーが屋上からとても綺麗な夕日が見えると言っていたのを思い出し、帰り道にコンビニで缶ビールを買って、それを飲みながら夕日を眺めることにした。ホステルの屋上に行くとプールがあり、日光を浴び続けて火照った体をアイシングすることが出来た。オーナーが言っていたとおり夕日はとても綺麗で、さっぱりとした冷たい台湾ビールが一層おいしく感じた。サバイバル旅のつもりが、今は台湾の南の端の静かなビーチリゾートにあるホステルの屋上で、プールに浸かって夕日を眺めながら、ビールをすすっている。寄る予定のなかった場所で思わずリッチな時間を過ごす事ができて、勧めてくれた張に感謝だ。
次の日は南部の東海岸沿いに広がる龍磐公園大草原からの日の出を見たかったので、早めに就寝した。
(次回に続く)
【閑話】台湾のコンビニ事情
台湾はコンビニが多くて安心だった。
セブンイレブンやファミリーマートなどの日本でも馴染みのあるチェーンの他、OKマートやHi-Lifeと言った初めて見るコンビニもあった。
環島をしている間も不安にならないくらいの間隔でコンビニがあったので、よっぽどの僻地に行かない限りは行き倒れの心配はなさそうだった。
売っているものや設備は日本のコンビニと同じで、食料品や酒・日用品、トイレも貸してもらえる。今回僕は使わなかったが、ATMもあるので、仮に旅行中に現金が尽きた場合でもクレジットカードのキャッシングで現金入手が可能だった。
日本と異なる点は、お店の中や外に結構広い飲食スペースがだいたいどこのコンビニにもあり、そこでゆっくり休憩する事が出来たのでありがたかった。台湾では朝飯は外食で済ますことが割と一般的なようで、田舎のコンビニでは地元の小学生達がテラス席で朝食を食べていたりして、あまり日本では見ない光景だなと思った。
割と最近に変わったようだが、ファミリーマートの入店音が独特で今でも脳みそにこびりついて離れない。旅行中によく聴いていた音楽をしばらく経ってから聴くと、その時のことを鮮明に思い出したりするが、僕にとってのそれはファミリーマートの入店音だ。日本に帰って来てからも、たまに旅行のことを思い出したくなってYoutubeで聴いたりする。
旅行中によく行ったファミリーマート。調べてみると2022年に入店音が変わったばかりのようで、そんな台湾人にもまだ馴染みのない怪しげな音楽が、僕にとっての台湾の匂いや熱気を鮮明に思い出すトリガーになっている。
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