チリの馬毛細工が特異な理由
チリにはクリンと呼ばれる馬毛細工があります。
200年以上も続く伝統工芸にも関わらず、「手仕事」と仰々しく呼ぶよりも「ハンドメイド/手作り」と呼びたくなる、素朴で可愛い手仕事なのです。南米の中で、特異な印象のある手工芸。そう思わせる理由は、その成り立ちなどを調べていると、なんとなく分かるような気がしました。
ずばり先にその理由をお答えすると、
200年という時間の流れのなかで、村の女性たちが集い、技術を共有し、工夫しあって改良してきたから。
イメージとしては、村の女・子供が集まって、わいわい言いながら村発信の手工芸を作り出してきた、という感じです。そのせいか、「手作り」と言う方がしっくりいくような気がするのです。
ただそう呼んでしまうと、なんだかアマチュア手芸のような印象を与えますが、細い馬毛を一本ずつ編んで、ミニバスケットや花、虫、人形といったオブジェを作っていくという非常に細かい作業なので、手に技がないとできません。まさに職人技です。
でもそんなそぶりも見せない女性たちが作る手仕事の数々は、どこか手作りの温かいぬくもりを感じさせる、そんな品々なのです。
私の印象ばかりを述べたところで、この美しさは説明できないので、具体的に成り立ちや作業工程などを紹介します。
毛細工発祥地
馬毛(クリン)の手工芸が作られているのは、チリ中央部にあるマウレ地方のリナレス州リナレス市近郊にあるラリ(Rari)村。世界クラフト協議会が指定する国際手工芸都市にも登録されています。また、パニマビタという昔からチリで有名な湯治場が近くにあります。同村の手工芸の発展に、位置条件が有効に働いたことは間違いありません。
馬毛細工の誕生秘話
ラリ村で編み細工が始まったきっかけを、実は、今では誰も知りません。記録を残していないからです。この地域は、もともと先住民プタガン族の居住地で、彼らは蔓細工の技術を持っていました。
祖母や母から聞いたという現役職人さんの話は一致しておらず、いろいろなバージョンがあり、どれが本当なのか、それとも他に真実があるのかは、今となっては分からないのです。
今のところ、定着しているのは、湯治場に来ていたベルギー人修道女が、暇つぶしに川辺で採ったネコヤナギの水中根でミニチュアのカゴを編んでみせ、案内人として雇っていた地元の女性にプレゼントした、というもの。この地元女性におそらく起業精神があったのでしょう。もらったミニチュアのバスケットを真似て編みはじめ、湯治場で販売するようになりました。ちょうどお土産によく、受けが良かったため、柳細工が本格化していったそうです。一人で始めたものが、家族に、そして友人へと広がり、やがて村の女性たちへ広がっていきます。現在はラリ村だけではなく、同地出身の女性が嫁いだ先の近郊の町でも盛んに作られています。
素材の変遷
この手工芸は、馬毛が初めから使用されていたわけではありません。先にも述べた通り、最初は川辺で採れるポプラやネコヤナギの水中根で編んでいました。1930年代ごろから河水が汚染され始め、材料が不足していきます。代替繊維として選ばれたのが、タンピコというメキシコ原産の繊維。水中根よりもずっとしなやかで、編みやすいことが選ばれた理由です。それと、地元修道女の提案で、細くて長い馬毛が取り入れられます。
馬毛は、当初は、地元で調達できていましたが、現在はサンティアゴから取り寄せているそうです。またタンピコも地元産ではありませんので、業者から購入しています。原材料に現地素材が使われていない、という点は、南米の他の民藝と大きく違う点です。
作業工程
馬毛細工は、「カラフル」という特徴がある通り、まずは馬毛を染める作業から始まります。各職人さんが馬毛の色染めから編む作業まですべて一人で行います。染料は天然ではなく、化学染料を使用します。染め用の馬毛は白毛だけで、黒毛はそのまま用いられます。
タンピコも同様に染めます。
色染めが終わり乾燥させた後、編む作業に入ります。
現在はタンピコと馬毛を混ぜて編むのが主流です。編み方は、タンピコが経材でクリンが緯材の素編みです。使用する道具はハサミと針のみ。各パーツを作り、最後につなげ完成させます。
代表的な馬毛細工
蝶、亀、花などの動植物。傘、バスケットなどの小物。人形、魔女、プレゼピオなど。ピアスやネックレスなどのアクセサリー、ロザリオ、ブックマーカー、扇子など実用的なもの。
まとめ
以上、簡単ですが、チリの馬毛細工について紹介しました。もともとはネコヤナギやポプラの水中根という現地素材で作られていた編み細工ですが、材料不足をきっかけに、クォリティー向上のために選ばれた馬毛とメキシコ原産の繊維。村の女性たちが、畑仕事と家事・育児の合間に集まって、知恵を出し合い、技の交換をしながら発展していった、特異な手仕事。今やチリを代表する手工芸にまでなりました。
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