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ブラジル北東部の代表的な民藝 その1船首像(カハンカ)

気が付けばブラジル北東部の民藝のことばかり書いていました。

それもそのはず、同地方はブラジル民藝の宝庫で、前々回に紹介したマリオ・ジ・アンドラージを始め、多くの知識人がブラジル独自の文化をこの地に見出し、訪れた場所です。そして「新発見」をしては、リオデジャネイロやサンパウロなどの都市で展覧会を開催しました。こうして、国内外でブラジルの民藝が認知されるようになっていったのです。

その中でもブラジル民藝の代名詞とも言えるものが3つあります。それは

1. カハンカ(船首像)
2. 土人形
3. 木版画

です。

今回はカハンカについてご紹介しましょう。

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*2015年サンパウロ市で開催されたカハンカ展のカタログ


カハンカとは船首像のことで、船首に着ける木彫りの像です。世界各地にあるものですが、ブラジルのサンフランシスコ川で見られたものは、そのミステリアスな容姿により19世紀から紀行文などでその存在が報告されていました。

その姿は、馬のような、ライオンのような、でもどことなく人のような空想動物で、たてがみ、見開いた目、開いた大きな口、むき出しの歯を持っています。

そんな不思議な動物の姿をしているのは、川に生息する妖怪たちを驚かして、船に悪さをさせないようにするためだと言う研究者もいます。サンフランシスコ川流域の住人は、ミニョカオン(大蛇)などの伝説の生き物が川にいて、これらが人や船を襲うと信じていたからです。

その他にも、カハンカにはお守りの役割があり、船の安全な航行が行われるためのものと言う研究者もいます。

また、最後のカハンカ職人、フランシスコ・グアラニによると、ワニや蛇などの川辺に生息する動物を驚かすためだったとコメントしています。

このようにサンフランシスコ川のカハンカが生まれた理由は、推測の域を超えないため、謎めくばかりですが、これも魅力の一つだと思います。

サンフランシスコ川はブラジル北東部にある川で、ミナスジェライス北部からバイーア、ペルナンブコ、セルジッペ、アラゴアスの5州を流れる南米で4番目に長い河川です。カハンカが見られたのは、この川の中流部で、地理的条件により、外部との接触があまりなく、孤立した地域でした。そんな所であっても、19世紀後半はブラジルで6番目に人口が多く、畜産業と農業が中心の比較的経済的に豊かでした。このような条件が重なって、大衆文化を開花させることにつながったと考えられています。

研究家パウロ・パルダウによると、カハンカ造りは1880年代に始まり、この川の中流部であるミナスジェライス州ピラポラ市からバイーア州ジュアゼイロ市の間で行われ、この地域で造船・航行していた商船に装置されていました。

人力で櫂を漕いで進むという原始的な船だったため、1940年代に漕ぎ手の労働条件が規定されると、船主は安い賃金で人が雇えなくなり、この種の船は衰退します。そして、それと共にカハンカ造りも終わりを迎えます。

その終焉期にカメラで記録したのが、写真家マルセル・ゴテロとピエール・ヴェルジェの二人で、1946年、彼らはサンフランシスコ川を舟航し、川沿いで生活する人々の暮らしを写真に撮りました。

この写真が雑誌などに掲載されたのがきっかけで、カハンカの存在が広く知られるところとなり、一度は消滅したカハンカの新たな誕生への火付け役となりました。ただし、今度はコレクターや観光客向けのアート作品となってです。しかしその一方で、従来の機能も土地性も失ったため、芸術的価値が損なわれたと言われています。

最後の船首像用のカハンカ職人、フランシスコ・グアラニ自身も1954年からカハンカ制作を再開します。注目すべきは、コレクター向けのものを造るにあたり、彼がそのスタイルを変えたことです。それは、クライアントの要望だけではなく、使用目的が変わったことにより、意識的にその特徴と意味付けを変えたのだと言われています。

動物でも人でもなく、恐ろしくもなく優しくもない、でもそれらの要素が全てある、そんな空想動物の船首像。謎めいた使用目的も相まって、他に類がないということから、カハンカはサンフランシスコ川流域の土着文化のシンボルとみなされています。

参考文献

MAMMI, Lorenzo. A viagem das carrancas. São Paulo, Editora WMF Martins Fontes, Instituto do Imaginário do Povo Brasileiro, Instituto Moreira Salles, 2015

PARDAL, Paulo. Carrancas do São Francisco. São Paulo, Martins Fontes, 2006

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