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温室から夏を好きになろうとした

 真冬でも真夏の植物を育てたい。誰かがそんなことを思ったんでしょう。もしくは、冬でも夏の作物が食いたい。その欲望は、今では主に温室という形で結実しています。

 温室の歴史は古く、紀元前30年頃にはローマ皇帝がそれっぽいものを使って冬でもキュウリを作っていたという記録があるようです。冬に夏物が食いたいとの欲望は昔からあったんですね。近代的な温室は15世紀末頃と言われており、17世紀にはガラスの生産技術が上がったこともあり、私たちが想像するような温室を作るようになったそうです。

 私、なぜか知りませんが、温室が昔から気になるんです。温室を目的に出かけることはないんですが、みんなでどこかへ出かけると温室の記憶だけやたらと残るんです。植物園、園芸業者、知人宅にあるものまで、その前後の記憶が消し飛んでいても、温室だけは覚えている。小説を読んでいてもゲームをやっていても、温室が出てくるところだけはまず忘れない。

 ただし、私は常日頃から温室に餓え、時間が空けば近くの温室に行って欲望を発散するような温室好きではございません。温室なんて特に好きでも嫌いでもないつもりですが、こうやって気になっている辺り、まあやんわり好きなんだと思われます。

 そんなある日のことです。私は真夏の日差しと熱気を避け、夕方にジョギングをしておりました。当時のコースは歩道がカッチリ整備された街中がメインでございまして、当然ながら道路脇にはお店やら民家やらが並んでいる。

 その中に花屋さんがございました。小さくも凝った外観で、様々な花が並べられている。その隣には花屋さんが所有していると思われる小さな温室がありました。ここでは極寒の冬でも綺麗な花が並べられる。まさに温室をバリバリに活用していたんです。

 普段、温室はドアが占められておりまして、真冬にはガラスに結露が発生しているなんてザラでございます。しかし、その日の温室はドア全開でした。「こんなん、ドア開けたって一緒じゃ」ということなんでしょう。「わざわざ燃料を使う必要ないやんけ」と。お盆休みなんて、入口の門はカッチリ閉めている癖に温室のドアはずっと開けっ放しでした。変に閉めるより解放したほうが植物にはいい温度なのだろうとの判断かもしれません。

 それを見てようやく気づいたんです。私は今、温室の中にいるようなものだと。そう言えば、「温室効果ガス」なんて言うじゃないですか。そのガスのお陰で地球は温暖化している最中なわけで、しかも今は最も暑い季節です。

 夏なんて暑いし、暑ければ疲れるし、あせもでかゆくなるし、熱中症も怖いしで、ポジティブな気分にするのはなかなか難しい。そこで、「夏はあの温室と同じである」と思い込むことにより、少しでも「夏もいいじゃん」と思えるようになるんじゃないか。そう考えたんです。

 しかし、それが効果を発揮するのは、常日頃から温室に餓え、時間が空けば近くの温室で欲望を発散するような、桁違いの温室好きに限った話なんです。「何となく温室好き」レベルで到達できるはずがない。そんなわけで、今年の夏も「あちーあちー」言いながらダラダラ過ごしている次第です。

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