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薄いカルピスで家を出る

 カルピスという飲み物をご存じの方は多いでしょう。水に薄めて飲む、独特な甘さの飲み物です。この水で薄めて飲むのがポイントでございまして、購入者が好きな濃度で飲める仕組みになっている。

 水で薄める。この行為自体はそこまでの手間ではないでしょうが、日常生活で繰り返すとなると面倒になってきます。それに、日常生活ではちょっとした行為も馬鹿になりません。10秒で済む行為も100回1000回と繰り返していけば、積もり積もって膨大な時間をつぎ込むことになる。カルピスを薄める行為だって例外ではありません。

 そんなことをメーカー側が考えたのかは知りませんが、カルピスウォーターという商品がございます。水で薄める必要のないカルピスでございますね。ちょっとした行為を取り払うことで、すぐに飲めるようになった。膨大な時間をカルピスに費やさず済む、画期的な商品でございます。

 その代わりカルピスウォーターはひとつの難点を抱え込むことになりました。本来のカルピスと異なり、自分で濃さを調節できなくなってしまったんです。それにより、カルピスウォーターはしばしば「味が薄い」と言われるようになってしまいました。

 私の周囲でも、カルピスウォーターを「薄い」という人はいました。ただ、そうでない人もいるはずです。だから、長きにわたって販売されているんです。私もまた、濃度が全然気にならない人間でございまして、ちょくちょく買っては飲んでいました。

 そんな私を友人のひとり、ここでは長澤君としておきますが、長澤君がツッコんできたんです。私がいつものようにカルピスウォーターを飲んでいますと、長澤君が尋ねてくるんです。

「それ薄くね?」

 私は「いや、別に」と返事をしていたんですが、長澤君は納得していない様子です。

「そんなわけなくね。カルピスウォーターを薄くないとか言ってるやつ、見たことないんだけど」
「ここにいるじゃん」

 そう言っても長澤君はなかなか信じようとしません。しまいには「お前んち、どんだけ薄いカルピス作ってたんだよ」なんてよく分からない追及をしてきます。

「別に薄くねえって。姉貴も弟もそんなこと言ってなかったし」
「お前だけ薄いカルピス出された可能性もあるだろ」
「そんなわけねえ」
「お姉さんと弟さんのカルピスを確認したのか? してないだろ?」

 なんでこんな馬鹿な主張で追い詰められなければいけないのでしょうか。結局、私はひとりだけ薄いカルピスで育てられた人間にされてしまいました。しまいには「だから姉弟でお前だけ違う街で暮らしてるんだ」などと、私の生活にまでカルピスを波及させてくる始末。

 自分だけ薄いカルピスで育てられたから家を出た。長澤君にだけはやたらウケるネタなので、今でも彼に会うたびに使っています。

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