OWCモノローグ) キスの距離 by ササキタツオ

彼女を目の前にして俺は怯えていた。
キスをするか、しないか、それが問題だ。
大丈夫だ、怖気づくな。
夜の公園、人通りもまばらな中、いま目の前にいる彼女は瞳を閉じていて、
こちらに顔をそっと向けている。
これは、合図だ。間違いない。
彼女は俺を求めている。

だが、俺には自信がなかった。
昼飯にニンニク増量の餃子をお腹いっぱいに食べたことを、いまさらながら後悔した。
今になって口臭が気になる。臭くないか。きっと臭い。彼女に臭いと思われたくない。 
でも、ダメだ、ここで弱気になるな。
いまさら、そんなこと考えることじゃない。
この状況は、確かにキスの距離だ。
キスするんだ。そうすれば、俺は世界の勝利者になれる。そうだ。なるんだ! そうだ。行くぞ。俺は自分を叱咤激励した。

でも……もしもし万が一、失敗して、彼女に拒絶されたら……それを想うと怖い。
怖くて怖くて、前進できない。
足がガクガク震える。心臓がバクバクする。
落ちつけ。ゆっくり、状況を確認すれば大丈夫なはずだ。丁寧に一つずつ確認だ。
いま、目の前に、彼女がいて。その彼女は、瞳を閉じている。そして、俺に向けてその唇をそっと差し出している。じっと動かない。
この状況は……100%キス確定コースだ。
大丈夫だ。自信を持て。
彼女は俺を待っている。
そうだ。いける……!

ああ、思えば、これまで俺は女性に縁のない人生だった。キスなんてしたことがない。
だから、こんなチャンス、もしかしたら人生でもう二度とないかもしれない。そうだろ。
ん? 待てよ……!? 俺の頭の中を一つの懸念事項がよぎった。

これが人生で初めての女性とのキスになるかもしれない!? そうか。そうなのか!?
初めての、キス。彼女にそのことを悟られてはマズイ。絶対ダメだ。
経験のないことを知られたくない。男のプライドにかけて。
だから、あくまでも情熱的に、でも、しつこくなく大人のキスで対応しなければ。
でも、そのハードルはあまりに高いぞ。俺にそれができるのか。
落ちつけ。上手くやれる。俺ならできる。
再度、俺は自分を叱咤激励した。

俺は、彼女の肩にそっと手を置いた。
彼女が、呼吸を止めるのがわかった。
んんん!? これが、タイミング!?
今しかない!
俺は、自分の顔面をじりじりと彼女の唇の方へ接近させた。
餃子のこと。初めてのキスのこと。
ええい、もういい。そんなのぜんぶどこかにふきとんでしまえ!
彼女に近づく。近づく。至近距離。
あと30センチ。あと20センチ。あと10センチ! 5、4、3、2……。

ああっ、それなのに、俺は最後の勇気を出せなかった。
気づいたら、俺は、彼女を思いっきり抱きしめていた。

彼女が「苦しいよ?」と言ったので、俺はようやく状況に気がついた。

タイミングを逃した。失敗してしまった。俺は絶望した。
これでもう彼女とのキスは当分できそうにない……。
俺は落ち込んだ。
すると彼女が俺の頬っぺたにキスをした。

え!?
俺は驚いて彼女を見た。
彼女は微笑んで「ホント、意気地なしだね」と言った。

ごめん!
でも、ありがとう。
キスできるか、できないか、その距離に右往左往していた俺だったけど。
それは問題ではなかった。
彼女のことが好きだということ。
それが俺の全てだということ。
俺はもう一度、彼女を抱きしめた。

ーーーーーー
モノステ/モノステフレッシュに関しては上演に際して連絡は不要です。
それ以外の場で上演いただける場合はご一報くださいませ。
なお上演にあたってお代は一切頂戴しません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?