マルチ完結編
ーーー誰も幸せにならない結末を迎えましたーーー
半年間勧誘され続けたマルチ
いよいよお金を払う寸前まで来てしまったので腹を決めます
マツモトリサといつものようにカフェで待ち合わせをしておしゃべりをするんだけど、お互いどこかよそよそしい
ついにマツモトリサが契約書を出した
この契約書にサインをすると、
オンラインサロン月11000円(Netflixの14倍)と商品購入月150000円(Netflixの210倍)を払わなければいけなくなる
これでマツモトリサともお別れか、と思うと感慨深くて中学の卒業式の気持ちだった
「強引に連れてかれたー!」 「「「タワーマンションー!!!」」」
「横浜駅で見失ったー!」 「「「尾行調査ー!!!」」」
「その一つ一つがー!」 「「「思い出ですー!!!」」」
僕は記載されている契約内容をじーっくり見た後、涙を堪えながら署名欄にうんこマンって書いた
絶対に消えないボールペンで
そして畳み掛けるように半年間我慢し続けていた言葉を投げかけた
「あなた、マルチですよね?」
You are マルチ
混乱していたマツモトリサは契約書のうんこマンと僕の顔を両方見比べて、見たことない表情で睨んできた
この時初めてマツモトリサと目が合った気がする
尻込みしてはいけないと、半年間の不信感や疑念をたたみかけた
マツモトリサは一向に「参りました」と言わない
それもそのはずマツモトリサはマルチ仲間とシェアハウスしるように、マルチが生活、思想、信仰などに密接に繋がっている
だからアイデンティティを否定しないためにも自分の活動をマルチだと認めるわけにはいかない
そりゃあ僕が何言っても降参しないわけだ
クリスチャンに仏教説くみたいな無謀さがそこにはあった
僕はあらかじめ用意していたパワーワードを連発した
「マルチが天職なんですね」「500円くらい貸しましょっか?」
皮肉と揶揄をぶつけ合う醜い大人の喧嘩をした
だんだんヒートアップしていって、混んでいる店内で口喧嘩を2時間近くしていた
隣で赤ちゃんがギャインギャイン泣いていて、「こんな世の中でごめんよベイベー」って本気で思った
日本のリアルはここにある
いつでもコップの水をバシャっとかけられる準備はしてた
もしバシャってされたら体を横に倒して避けた後、カウンターで真っ黒いアイスコーヒーを真っ白いシャツにお見舞いするイメトレをたくさんした
僕もかなり興奮してて、後半の方は自分が何を言ったのかと最終的にどうやって別れたのかがあんまり覚えてない
いつの間にかマツモトリサが帰ってて僕が一人店内にいた
得も言えぬ高揚感と全てが終わった心地いい脱力感に包まれながらトイレに行きおしっこをした
あんなに気持ちがいいおしっこは後にも先にもないでしょう
鏡で自分の表情を見てると恍惚の表情を浮かべてて、心なしか肌艶もいつもよりいい感じがしたんだけど、問題はここからだった
ーーーはじめに言いましたよね、誰も幸せにならない結末ってーーー
図太い鼻毛が1束、僕の鼻から出ていた
あんなに我が物顔でマツモトリサを成敗していた最中もおそらく鼻毛が出ていた
しかも図太いやつが、しかも一本じゃなくて一束
それがとてつもなく恥ずかしかった
マツモトリサに皮肉を言った時も、小馬鹿にした時もずーっと鼻毛が出ていたってことになる
まだマツモトリサに鼻毛を指摘された方が対応の仕様があった
もちろん一瞬戦況は不利になるけれど立て直す余裕があったはずだ
だけど全て終わってマツモトリサが帰った今一人で鼻毛に気づくのは、指摘されるのとは比べようもない恥ずかしさがある
負けたと思った
きっとマツモトリサは全てを把握した上で僕の鼻毛を泳がせてたんだ
あっちの方が一枚上手だった
結局半年間かけて残ったものがこの敗北感かよ
鼻毛を抜くと「逆に今までよく鼻の中に収まってたな」ってくらい長い鼻毛が一本抜けた