コミュニティFMに手を振って 第13話
そんなある日。ヤツが動いた。北海道の業界紙・財界ねっと北海道で単独インタビューを受けたのだ。財界ねっと北海道は、その名の通り北海道の財界情報誌。ものすごい部数が発行されているわけではないが、その注目度は高い。そこにヤツのインタビューが掲載された。
「時代の寵児・キラーソフトエージェンシー宮崎社長が帯城市の弱小FM局を救う!」
記事は8ページにもわたるロングインタビュー。宮崎の生い立ちや東京進出。キラーソフトエージェンシーの立ち上げや成功。そして支社を増やし、満を持して生まれ故郷の帯城支社の創立。
「僕はね、帯城が大好きなんです。東京で働いている時も、ずっと帯城に恩返しをしたいと思っていました」
宮崎は帯満亭と帯城電力に代わりFMビートへの経営参入を熱望。すでに黒字化させている名古屋東エフエムの例を挙げ、自分が加わることで必ず再生すると断言。
「帯城のラジオの灯を消してはいけないんです!」
ずいぶん大きく出たものだ。そしてとんでもない記事が雑誌に載ってしまったものだ。
「これ8ページまるまま広告だもんなぁ。あいつ財界ねっと・北海道に幾ら広告費払ったんだろう」
長内に言われ、この記事が広告だと知った。宮崎のインタビュー記事にはページ数が書かれていない。123、124と書かれるはずの8ページ分に【PR】の文字が。自社出版の著作をラクゾンの売り上げランキングで一位にしたように、宮崎のイメージアップ記事を金で買ったわけだ。キラーソフトエージェンシーのサイトを見ると、財界ねっと北海道の記事が無料で閲覧可能になっている。1日のアクセス数が25万らしいから、ものすごいペースで「時代の寵児・キラーソフトエージェンシー宮崎社長が帯城市の弱小FM局を救う!」が読まれていることになる。
その効果はすぐ現れた。その日の朝から広告に関する問い合わせの電話、メールが一気に増える。
インタビュー掲載から一週間も経たず、新規クライアントが5社決まった。いずれも情報番組の番組提供。番組の内容には一切口出しせず結構なお金を払ってくれる。クライアントになったのは
・不動産会社
・先物取引
・原油取引
・農業機器
・トラックボデー
いずれも本社は北海道以外。帯城に支社もない企業ばかり。おそらく宮崎が働きかけた企業。局の広告収入が上がる。しかしそのクライアントの中に宮崎の息がかかった企業が増えていく。宮崎の思い通りに事が進んでいるのだ。
この日の営業会議では、新たな大口スポンサーが決まったことを局長が報告する。
「白老町のジョーハッピーという産業廃棄物処理の会社が平日5分間の帯番組を3本。契約が決まりました」
なんで産業廃棄物の会社が?とか、白老の会社が?なんて、もう誰も言わない。誰が動いているのかが明らかだから。
「番組は何でもいいそうなので朝枠の長内君、ランチの安原さん、夕方の野本さんの番組でそれぞれ5分ずつ。時間と番組名決まったら報告してください」
「じゃあ俺の番組では、産業廃棄物反対っていうエコのコーナー作ります」
長内がせめてもの反抗心から言う。もちろんそんな番組できるはずがない。朝枠は「十勝イベント情報」、私の時間は「今週の一曲」、野本は「今日のリクエスト」と当たり障りのない番組をジョーハッピー提供のミニ番組に設置した。
「局長は、どう思っているんですか?」
私は局長に聞いてみる。
「宮崎さんの力でスポンサーが増えていること。どうお考えなんでしょうか?」
「どうと言われても、広告収入が増えるのは、局として悪いことではないですよね」
局長だって本気で喜んでいないことくらい分かる。長内の話では、宮崎の社長室秘書にならないかと誘われているらしいが。
「立て続けに入ったクライアントのおかげで、我々の給料が出る。これは紛れもない事実。だけど、これで本当にいいのかなと思っている。これが私の正直な気持ちだ」
意外だった。
「私は、あなた方と比べるとラジオの知識もない。私が偉そうに言える資格は無いです。だけど私はFMビートの局長です。局長である限りスタッフのあなた方を守ります。あなた方が望む道を全力でサポートします」
「局長、私からも質問いいですか?」
野本だ。
「キラーソフトエージェンシーから社長室秘書にならないかと声をかけられていると聞きましたが本当ですか?」
言っちゃうんだ、それ…局長も否定しない。
「誘われています。当分は局長兼任で、宮崎さんの下で働かないかと。給料は今の3倍出すと言われましたが、返事は保留しています。ホントはすぐ断りたいんですが」
「給料3倍なのに?」
「ええ。これは3人にだけ話しますが、口外しないでいただけますか?」
私達は頷く。
「私…宮崎さんが子供のころから大ッ嫌いなんです」
大ッ嫌い…大の大人から出た言葉に、思わず私達は笑ってしまう。
「小学中学と一緒でした。向こうが年上で、いつでも威張り散らして命令して。自分の気に入らないことがあると暴力をふるう。高校も学力的には宮崎さんと同じ高校が私のランクでしたが、あの人と同じ高校に行きたくない。それだけの理由で別の高校へ行ったくらいです。高校を卒業し、彼が東京に行った時はホッとしました」
ホッとしたままおよそ30年。まさかこんな形で再会するとは。
「宮崎さんは私を友達だと言います。それも本心かはわかりません。だけど私の中で宮崎さんは宮崎さんのまま。高校の時、一緒の高校に行きたくないだけの理由で別な高校を受験したように、彼の息がかかっているところでは働きたくない。とはいえ私はこの局の局長。あなた方を守る責任と任務は果たしたいと思っています。もしもここを離れたいという気持ちがあれば言ってください。だけどここでやりたい。ラジオの仕事を続けたい。そういう人が一人でもいる限り、私は体を張ってでもこのラジオ局を守ります」
トーンはいつもの淡々としたものだが、言葉には力が入っている。
「ラジオの仕事を続けたい。そういう人が一人でもいる限り、私は体を張ってでもこのラジオ局を守ります」
局長をどこまで信じていいか。それはわからない。だけど守ると言ってくれている。守られる限り、私達には明日があるはずだ。
その後もクライアントは増え、今月の広告費は今年の最高収支を記録した。裏で宮崎が動いているのだが、新規クライアントにキラーソフトエージェンシーの名前も無ければ、あれ以来宮崎は局に姿を見せなかった。私達は新たに決まる番組の準備とCM制作に追われる。忙しいことで宮崎のことは忘れたふりをしていた。だけどもちろん忘れられるはずがない。そして、事態は急速に動く。
ある朝局に着くと、山のようなポスターとチラシが置かれていた。キラーソフトエージェンシー主催イベント『帯城ナイト!帯城のラジオ放送を盛り上げるためのトークショー』。
な、なんだこれは?
ポスターもチラシも、宮崎の満面の笑みがドアップに。チラシにはイベントの趣旨が書かれている。
今から20年前。帯城市には2つのラジオ局がありました。スカイエフエムとFMビート。帯城市民のための2つのメディア。両局は電波から帯城を盛り上げました。しかし8年前スカイエフエムが閉局。そして今、帯満亭と帯城電力という、地元大手二社の不祥事が重なりFMビートは開局以来最大のピンチに陥っています。このままでは帯城市からラジオ放送が無くなってしまう。日常から文化が消える時、それはその街の後退に繋がるのです。帯城市のラジオの灯を絶対に消してはいけない!一人の男が立ち上がったわけです…
ここから宮崎の長いプロフィールと決意表明。読む気が失せるくさいセリフのオンパレード。キラーソフトエージェンシー主催『帯城ナイト帯城のラジオ放送を盛り上げるためのトークショー』は、再来週の土曜日帯城市民会館開催。入場無料。トークショーの模様はオンラインで全世界に同時生配信。司会進行はFMビート…えっ?
「俺達を守るとは言ってたのに、局長の野郎。内緒でこんな依頼受けちゃったんだって」
長内が言う。そういえば局長がいない。
「俺9時から本番だから、どっちが司会やるか決めてね」
そう言って長内はAMビートの生放送のためにスタジオに入る。
どっちが?私の目の前の野本が言う。
「宮崎からのリクエストなんだって。MCは女性にしてくれって」
だったらフリーアナを自分で呼べばいいじゃない。
「局のスタッフは私の手下くらいのアピールがしたいんでしょうね」
野本が言う。
「長内さんなら逆らいそうじゃない。私は仕事断りそうじゃない。で、安原さんになる。安原さんなら文句は言わない。宮崎も話しやすい。安原さんが宮崎と話せば、局のファンもこの人を信じていいのかなと思う。そこまで計算している」
そうなのか。
「ということで安原さん、よろしくぅ」
自分がやりたくないだけじゃないか?とはいっても、これは私が受けるのが適任だと思う。
雑誌に掲載され、スポンサーが一気に増えた。このイベントで支持者を増やし、FMビートを自分のものにする。そのためのトークイベント。仕事だからクライアントから求められることを応えなくてはいけない。だけどクライアントの相手は招かれざる客。どうしよう…。誰かに相談したいが、誰に聞いたらいいものか。長内や野本に聞くのもどうかと思うし、局長には絶対聞けない。そんなことを考えていると、TAIZENの顔が頭に浮かぶ。
帯城生まれ帯城育ちで東京に進出したが今は帯城生活者。生き方やビジョンは違うが、似ているところも微かにある。TAIZENはスカイエフエムが閉局する間際、局の買収を計画していたらしい。そんなTAIZENならいいアドバイスをくれるかもしれない。
この日の夜、TAIZENの店へ行ってみた。
「あら、珍しいな」
TAIZENはそう私に声をかけたが、それほど驚いてはいない。客は一人もいなかった。
「まぁ、座れよ」
私はTAIZENの正面席に座り、烏龍茶を注文する。
「アルコール頼まないのかよ」なんて事は言わず、TAIZENは私の分と自分の分の烏龍茶をグラスに入れた。
「で、どうしたの?」
TAIZENに言われ、私は今の状況を話す。どこまで知っているかはわからないが、局が傾き青色吐息状態なこと。宮崎に頼れば息を吹き返す可能性はあるが私達はそれを拒んでいること。そして宮崎を祭り上げるためのイベントで司会をすることになったこと。TAIZENは私の言葉一つ一つに丁寧に頷き話を聞いてくれる。
「TAIZENさん、宮崎さんのことどう思いますか?」
「俺正直あんまり知らないんだ。話したことないし」
「宮崎さんは帯城出身。東京で会社起こして帯城のラジオ局に接触してきました。TAIZENさんも帯城から東京、そして帯城でラジオやって。噂で聞きましたけどスカイエフエム買い取ろうとしたって」
失礼なことを聞いているのを承知なうえで聞いてみる。
「買い取るって程オーバーなじゃないよ。スカイエフエム無くなるって聞いたから、何とか俺達で存続出来ないかなと動いただけ。結局ダメだったけどね」
「今宮崎さんがやろうとしていることと、TAIZENさんがスカイエフエムを残そうと思っていたこと。これって同じ考え?それとも全然違うことでしょうか?」
TAIZENは、少し考えてから話し始める。
「俺と宮崎さんの一番の違いは、金と地位と名誉。宮崎さんは全部持っているけど、俺はどれも持ってない。あの人は東京で成功して帯城は凱旋のようなもの。東京で芽が出なくて戻ってきた俺と一緒にしたらあの人に失礼だよ」
意外だった。いつもの俺様キャラじゃない。
「ある人にTAIZENさんと宮崎さんは似ていますねって言われたのよ。何をもってそう思ったか知らないがあの人と俺は何も似てない。もし俺があの人だったとして潰れかけたラジオ局を救う資金があるとして、手を差し伸べているかもしれないが、少なくてもあんなやり方はしない」
あんなやり方…の部分にTAIZENは力を込めた。TAIZENも許せないんだ。宮崎のやり方が。
「あの、TAIZENさん、もう一つだけ聞いていいですか?」
「なんでもどうぞ」
「前も聞いたけど。TAIZENさん、帯城のどこが好きですか?」
予想外の質問に拍子抜けした表情を見せたTAIZENだが、私の真剣な表情を見て真剣な表情で質問の答えを返してくれた。
「空。青空だね。青いじゃん。帯城の空。東京も大阪も青いけど、帯城の青とは違うんだよね。人生辛いことや嫌なことや大変なこと、死にたくなること。いろんな直面に何度も何度も立たされてるけど、空を見る。青いじゃん。それだけで元気になったこと、何回もあるんだよね。単純かな、俺」
そう言ってた以前は照れ笑いを浮かべる。その笑い方がチャーミングで、不覚にもキュンとしてしまった。
「単純でいいってわかりました。ありがとうございます」