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リンネ

黒い山羊が静かに告げる。
「ここは危うい白の境、
鈍色の電車が夜を引き裂き、
通り過ぎる音もなく。」

隣りの猫が柔らかに尋ねた。
「君はどこへ向かうんだい?
ここもいずれ、朽ち果てる野となる。」

赤い手首をそっと抱え、
私は漂う、名もなき根無し草。
錆びた水が喉を流れる、
やがて着く、次の駅。

「どうか、愛を……」
だが帰りの電車はどこにもない。
教えて、ダーリン、ダーリン、ねえダーリン。
音のない声が心に響くようだ。

枯れた花がつぶやいた。
「ここに感情はない。
夕暮れがただ、憂いを吐き出すだけ。」

蝉の声が落ちる季節、
電線の下、赤が裂ける。
踏み越えた立入禁止の標、
影がどろどろと溢れ出す。

「見えない……」
泣いて泣いて、私の想いを探している。
教えて、ダーリン、ダーリン、ねえダーリン。
命の行方はどこにある?

蒸せる環状線、
ここには終点などない。
左、左、右……
踏切が奏でる、カンカラリン。

カラスが冷たく告げる。
「あの日々には戻れない。
君はもう、大人の影に染まってしまった。」

「どうか、愛を。」
終わらない輪廻を、
ちぎっておくれ――

さよなら、ダーリン、ダーリン、ねえダーリン。
私はあの日、大人になった。

絶え間なく巡る、二人一人の記憶。
暮れ落ちた言葉は、取り戻せぬまま。
さよなら、ダーリン、ダーリン、ねえダーリン。
くるくる回る環状線の中で、
独り憐れに歩め、と、
見知らぬ声が囁いた――

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