JAGDA新人賞への道。 [後編]
苦手な文字詰めといかに向き合うか
賭けるべき方向性は定まりましたが、自分の得意に磨きをかけるだけでなく、苦手な部分をなんとか克服したいという思いもありました。
僕の場合、配色や構図などについては評価して頂くことがありますが、
文字詰めにはやや苦手意識があります。
当然、その道のプロである審査員の方たちには苦手としている部分は見抜かれてしまいますし、それはマイナス評価につながります。
そこで考えたのは、文字詰めという概念を壊すふたつの解決策でした。
ひとつは、文字をボックスの中に均一の間隔で配置していくことです。
さらに、一文ごとに文字サイズを変えたり、ボックスそのものの形を崩したりと遊びを加えることで手法としての新しさを持たせつつ、文字詰めという概念自体を揺るがそうという作戦です。
ふたつ目も同様に文字を図形化する考え方になりますが、円や四角の中に文字を入れるというアプローチです。
どちらもよく見られる手法ですが、円だと動きや可愛らしさを効果的に出すことができ、四角の場合は整然とした美しい印象を演出できます。
さらに、両方の図形を混ぜることで両者の特性を保ったデザインになるということもわかりました。
こちらの案でも文字をきれいに並べるためには図形そのものを整頓すれば良いですし、図形をバラバラに配置しても美しく、文字詰めを気にせずにデザインできると思いました。
今回はクライアントワークとオリジナルの作品を半々程度のバランスで出品したのですが、クライアントワークにおいても率先してこの文字組みのアプローチを何度か提案しました。
新人賞の受賞を見据えた表現をクライアントワークに取り入れるとは何事かと思われるかもしれませんが、クライアントさんもアワードを受賞すると喜んでくれることが多いですし、ブランディング自体がブレなければ、デザインのプロからも評価される表現を取り入れることに否定的な反応を示されることはあまりありません。
事実、こうしたアプローチを取り入れたデザインはクライアントからの反応も上々でしたし、あえて自分の苦手と向き合うことで、新しい表現を確立することができたのも今回の成果のひとつだと感じています。
師匠に作品を見てもらう
出品ラインナップの全体像が見えてきた頃、一緒に食事をしていた友人から、僕の師匠でもある佐野研二郎さんに見てもらうのもありなのではないかと思いもよらない提案がありました。
すでに佐野さんはJAGDAを退会されているのですが、審査員の経験がある方に事前に出品作を見てもらうということがズルをしているようで、なんだか気が引けてしまう。
でも、さまざまな賞で審査員をしているような方に事前に作品を見てもらい、ブラッシュアップしていくデザイナーさんも多くいることも事実です。
とは言っても、審査員になるような方と一切関わりがない僕の場合、いざ作品を見てもらいたいと思ってもツテがあるわけではありません。
唯一の存在が以前に事務所で働かせてもらっていた佐野さんで、しかもすでにJAGDAを退会されている。
それなら良いのでは?
最後の挑戦の年でなければ考えもしなかったことですが、最後だからこそ真剣に考えるべき選択だと思いました。
さまざまな賞の審査をされている方からの意見はとても貴重なものですし、
何よりも後になってやっぱり見てもらえばよかったと後悔はしたくない。
誰になんと思われようが、この先にはもう訪れないこのチャンスで是が非でも新人賞を獲る。
後悔するくらいなら、泥水をすすってでもやってやるという気持ちで佐野さんに連絡し、約10年ぶりに作品を見てもらうことになりました。
久しぶりということもあってかなり緊張しましたが、ADCなどの審査員を現役で務めている佐野さんの一言一言は重く、純粋に心に響くものがありました。
そして、この行動が大きな契機になり、自分の中で禁じ手としていたこともやってみることにしました。
それは、実際にJAGDA新人賞の審査員になる可能性が高い方にも作品を見て頂くことでした。
日本を背負うデザイナーとしての覚悟
この時点ではまだ審査員は発表されていなかったのですが、過去数年間の審査員をリストアップした上で、実際に審査員になり得る人の中で誰に見てもらうべきかということを考えました。
そこでポイントにしたのは以下の3点です。
自分が好きで尊敬している方というのは大前提ですが、作風が違うからこそ率直な意見が聞けるのではないかと考えました。
また、本来は自分に票を入れる可能性が低い方こそ、審査の場では伝えられないコンセプトを事前に伝えることで気にかけてもらえるようになるのではないかという思惑もありました。
そして、最終的にこの人だと思った方に直接アポイントを入れることにしました。
もちろん、その方とはまったく面識もツテもなかったので、SNS経由でメッセージを送りました。
連絡するに至った経緯をお伝えし、その方の事務所でお会いする時間をつくっていただけることになりました。
実際の審査員になるかもしれない方に見てもらうことに対しては、まだ少しやましい気持ちもあったのでそのことも包み隠さずお伝えしたところ、
事前に見ることが投票に影響することはない。新人賞の候補の方が選考委員に作品を見せることはこれまでもあったし、
良いものは良い、悪いものは悪いというだけだとおっしゃっていただき、肩の荷が降りた気持ちになりました。
ここまで来るともう後戻りはできません。
これまではどこかで逃げの気持ちがあったJAGDA新人賞というものに対して、プロとして何が何でも勝たないといけないという気持ちに変化していました。
どんな手段を使ったとしても、ここでやりきらないでどこでやるのか。
日本を背負って立つデザイナーとしての覚悟を持たなければ、この賞は受賞できないんだと思っていました。
その作品はリアルか?
その方には、自分が期待していた通りフラットな視点から作品を見ていただくことができました。
作品のコンセプトの話や、JAGDAという審査の場の話など色々お話し頂けたのですが、中でもポイントだと感じたのは、その作品にリアリティがあるのかということでした。
例えば、地方のファッションブランドを想定したB倍ポスターが何枚も出品されてきたとしたら、いかにデザインが良かったとしても、リアリティは感じられないだろうということでした。
僕の場合は、クライアントワークも多かったのでリアリティはあるということでしたが、実際に手がけた仕事でも単に大きなポスターにして見せるのではなく、それが世に出ているシーンを想像できるプレゼンテーションの方が良いというアドバイスをいただきました。
また、これは佐野さんの話とも共通するのですが、出品作は膨大であるため、一つひとつの作品を審査する時間は限られているということでした。
それはつまり、瞬間的にメッセージが伝わるものが選ばれやすいということです。
デザインが複雑になればなるほど手数は増える。そこから新しい技法も生まれるかもしれないが、 デザインとしての明瞭さは失われていく。
瞬間的に伝わる明瞭さを追求するとどうしてもありきたりな手法に陥りがちですが、そこを突破できたものが本当に強く、良いデザインとなり得る。
そのように僕は解釈しました。
おふたりから意見を聞けたことで、最後の数日間でもう一段階作品全体をブラッシュアップすることができました。
細心の注意を払った出品準備
こうして、デザイン面ではこれ以上できることはないというところまで研ぎ澄ませた出品作が出揃いました。
でも、これですべてが終わりではありません。
出品作にはすべて15文字程度の簡易タイトルをつけることができます。
これは審査に直接影響するところではないかもしれないですが、とにかく後悔しないためにできることはすべてをやり切ると決めていたので、できるだけ簡潔な言葉でその作品を明確に伝えること、そして少しでも周囲と差別化を図ることを意識し、言葉を選んでいきました。
この簡易タイトルは自動的にPDFデータ化され、それを出力したカードを各作品に貼るのですが、ここにも細心の注意をはらいました。
少し厚めの紙に出力することでカード自体を折れにくくする。
ガイドとなる黒い線が残らないようにきれいにカットする。
さらに、自動でPDF化されたときにタイトルが変なところで改行されないように調整する。
自分でも変態的だと思うほどですが、少しでも作品の質を悪く見せてしまうような要素は排除したいという思いがありました。
実際の審査では作品以外の部分は隠されるので気にする必要はないはずなのですが、もしかしたら何かの拍子でそれが出てしまう場合もあるかもしれないと。
作品の梱包に関しても同様です。
佐野さんの事務所に所属していた時に教わったことで、以後気をつけていることがあります。
ポスターを巻く時は汚れてしまわないように表面を内側にして丸めがちですなのですが、そうすると審査時に反り返ってしまい、作品が見にくくなるし、カッコ悪く見えてしまう。
そのため、絵柄を外側にして巻き、汚れないように注意して持っていく方が良いのです。
ただ、今回は徹底的に不安要素を消すことに徹していたので、大変ではあるのですが、ポスターは丸めず一枚ずつ平の状態で梱包しました。
これらが審査に影響を及ぼすことはないはずで、はっきり言ってやる必要性はまったくないんです。
それでも、自分にはやる意味があったんです。
何度も書いてきたように、一つには懸念点をすべて潰すということがあったのですが、それ以上に、あらゆることに注意を向け、実行できるかどうかということが自分にとっては重要だったのです。
そこまで取り組む熱量やモチベーションを持つこと、そして、あらゆるところに目を配るということがデザイナーとしての僕にできることだと思ったからです。
これはもう精神論みたいな話になってしまうのですが、これらをすべてやりきらなければ、自分自身が納得できなかったというのが何よりも大きかったと思います。
3年後の自分に伝えたいこと
ここまでしたにも関わらず、結果は最終ノミネートどまりで、新人賞受賞は叶いませんでした。
その報せを聞いて最初に湧き出てきたのは、ここまで見守ってくれたOUWNのスタッフや、時間を割いて作品を見てくれたおふたりに対する申し訳ないという気持ちでした。
ただ、ここまで考え抜いて行動してきたからか、不思議と悔しいという感覚よりもやり切れたという爽快感や誇らしさの方が大きかったです。
そして、今年のJAGDAを最も楽しんだのは、おそらく自分だったはずだと。
「勝てば天国、負ければ地獄」という言葉がありますが、真剣に向き合えば、たとえ負けたとしても見えてくるものは多くあることを知ることができました。
真剣勝負をすること、自分と徹底的に向き合うこと。
すべてのしがらみを取っ払い、エゴを捨て、がむしゃらに向き合うことがいかに大切かということがわかりました。
メディアが多様化し、SNS経由で仕事を依頼されるようなことも珍しくなくなった時代に、JAGDA新人賞をはじめ、デザインアワードの価値やデザイナー側のモチベーションが相対的に下がってきていることは事実だと思います。
でも、JAGDA新人賞を本気で獲りにいくことを掲げて動いてきた自分は、いつしか自分の作品の善し悪しという次元を超え、より大きなものと向き合っていたような気がします。
日本のデザイン界を牽引する一員として、デザインを通して社会に対して何ができるのか。
そんな大きなテーマと向き合う体験ができたことは自分のデザイナー人生にとって大きな収穫だったし、これからの自分に与えられた役割も見えてきました。
どれだけ努力をしても報われないことはある。むしろ、報われないことの方が多いかもしれない。
でも、すぐには芽が出なくても、何度負けても、歩き続けなければいけないし、凡人は大抵のことでは倒れない。
きっと3年前の自分は、いまの自分のことを凄いと言ってくれるはずだ。
いまの自分が、3年後の自分にまたその一言を伝えられるように、これからも歩き続けたいと思います。
心の底から「ありがとう」と思えた3年目の勝負でした。