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私の起業失敗談
みなさん、
栄枯盛衰は世の理(えいこせいすいはよのことわり)
この有名な言葉を知っていますか?
人も企業もいい時もあるけど衰退する時もあるということ。
今回ご紹介するのはまさにその栄枯盛衰を猛スピードで体現した私、大友のお話です。
今思い返すとそりゃそうなるわ。
というどこにでもありふれる普通のお話です。
でも私のようにうまくいっている時にこそ気をつけないといけないことってあると思います。
今更後悔しても遅いんですが、これを読んだ誰かが同じような穴に落ちないことを祈ります。
※最後の部分は身バレもあると思うので有料にしています。
大部分は無料で読めますし、最後まで読まなくてもある程度は楽しめる内容だと思います。
独立起業
「ちっくしょう!なんだよあの社長の考え方よぉ!俺がいるからこの会社が儲かってるんだよ!毎晩酒飲んでるだけのチビだぬきが!」
俺は日々の業務に追われてストレスを溜めている管理職だった。
「そうだ、歩合も貯まってきたし今度こそ独立してやる!そしてこんな会社すぐに追い越してやる!」
当時勤めていたオリエントコーポレーションの社長は朝から晩まで二日酔い。
現場の実務も知らずに親から受け継いだ地位にあぐらをかくだけの典型的な二代目のボンボン社長。
会社の金のほとんどはこいつの肝臓に流れているといっても過言ではない。
絵に描いたような会社の私物化。
それに加えて従業員はコマとしか思っておらず、やめても補充すればいいだけという考えの持ち主だ。
社長に愛想を尽かしているのは俺だけではない。
この会社で新人時代から指導して教えた水野と木村も連れて独立を企てることにした。
大型案件を得意とする水野。
地道な営業と後輩育成に定評のある木村。
程なくして綿密な退職計画と新会社の事業プランができた。
主要な幹部である俺から辞表を叩きつけられた社長の顔は今思い出しても笑える。
最期の捨て台詞も「お前の会社なんか俺がぶっ潰す!」だ。
いい歳したボンボンだぬきに負ける気がしない。やってやろうじゃねえか。
新しいスタートの会社名は
「リアルストック」
予定通りに会社を立ち上げて水野と木村も加わった。
さあ新しい出発だ。
創業期
今まで培ってきた顧客名簿を三人で回しまくる。
資金繰りで言えば日々ジェットコースターのような生活。
資金が底をつきそうになったときに水野が大型案件を引っ張ってくる。
木村は着実に業者を周り信頼を勝ち取っていく。
紆余曲折を経ながら成長していく会社。
徐々に売り上げも伸びてきているがまだまだ足りない。
もっとだ。
俺も営業に勤しみながら初めての社長業に四苦八苦。
そんなときにオリエントの事務をやっていた石原という男性スタッフも加わった。彼が事務の処理なども一手に引き受けてくれたおかげで、会社が一段と回転を増すことになる。
気がつくとオリエントにいた頃の教え子や後輩たちがどんどんとリアルストックのドアを叩いてくれる。主に木村を慕うメンバーだ。
一期目を終える頃にはオリエントの社長のことなんて気にする暇もないくらいリアルストックは大きくなっていた。
「絶対に従業員の家族と生活を潤す!あのたぬきみたいに会社を私物化するような人間にはならない!」
俺の理念はこうだ。
儲かれば全て従業員に還元。
全ては従業員の生活とそれを支える家族がいてこそ。
そのためには長時間の仕事の拘束はさせない。
家族といる時間を大事にすることが何よりも大切。
家族との時間を充実するためにはそれなりの給料とプライベートな時間を与える。
従業員が安心して家族と過ごせる安定した会社を作る。
まさにオリエントの社風とは真逆の理念だ。
水野と木村も管理職としてバリバリチームを引っ張ってくれる。
バックボーンの石原の事務処理もうまく機能している。
起業当初に想定していたよりも会社の成長スピードは早い。
気がつくと売り上げも取引の規模もオリエントをとうの昔に超えていた。
年収でみても全従業員がオリエントにいた頃の倍以上を稼げるくらいになっている。
まさにベンチャー企業の理想形。
これからは水野と木村に会社を任せながらどんどんと拡大していける!
このころから俺の野望はどんどんと大きくなっていった。
女性営業マンを活躍させたい
リアルストックが急成長を遂げる中、俺の中である一つの挑戦が頭をよぎる。
「働くお母さんが活躍する会社にしたい」
俺は母子家庭で育ち母親には今でも頭が上がらない。
毎日身を粉にして働いて俺を大学まで出してくれた。
幼いながらに母親の苦労は横でずっと見てきた。
働きながら子育てをするのがどれだけキツイのかも嫌というほど見てきた。
男性営業マンが覇権を握るこの業界。
女性でもたまに活躍する人がいるが、ほとんどの場合結婚や妊娠・出産で現場を離れて戻ってくることができない。
「”女性が活躍できる会社”として売り出せば業界としても会社としても世間からの印象も良くなるはず。女性の力は男性が持っていないものを引き出すことできるはずだ」
決断をするまでに時間は掛からなかった。
早速そのための人員採用に動き出す。
同業他社から引き抜くのが一番手っ取り早いが営業能力が高い女性営業マンはなかなかいない。
引き抜きに合うような人材はまたどこかで引き抜かれるだろう。
それよりも木村の下につけて一から叩き込んで実力をつけてもらう。
リアルストックの社内で実力をつけてもらって活躍してもらおうじゃないか。
そう考えるや否や木村を呼び出す。
そこで木村にも母親が活躍する現場を作りたいということを告げる。
「大友さんの考えは間違えていないと思う。でも、現場で勝ち抜く営業として育てるためには女性だからって甘やかしませんから。せっかく入れた人材をそれで退職されても恨まないでくださいよ」
管理職として既に多くの部下を育てている木村らしい言い方だ。
徹底した地道な営業で顧客からの信頼を勝ち取る。そのためには全ての仕事に妥協を許さない。
これを部下や後輩たちに徹底して教え込む木村の教え方には感服するものもあるが、厳しすぎるという面も否定はできない。
だが彼を信頼して育ってくれる営業は全員どこに行っても通用するくらいのスーパー営業マンに育っている。
現にリアルストックがここまで大きくなったのは木村の教育指導で生き残った営業マンたちが活躍しているからだ。
木村には全幅の信頼を寄せている。
一匹狼の水野は相変わらず大きな売り上げを出しては自由に動いてくれている。
従業員も木村を中心にうまく団結してくれている。
裏方の石原の支えも無視できない。
いいバランスで成り立っている。
だが、厳しい木村の指導に女性営業マンがついていけるだろうか?
一抹の不安もあったが会社が次のステージに行くには女性の活躍が必須だ。
しばらくの間は水野の売り上げと木村の教え子たちに現場を支えてもらって木村には女性の教育に集中してもらおう。
核となる木村が営業現場の第一線を抜けるのは一つの賭けだが、今のリアルストックなら乗り越えられるだろう。
早速木村の下に4人の女性営業マンをつけた。
全員、他社で少しだけ業界の経験をかじった程度の実力だ。
一人でもうまく成長してくれたらラッキーくらいに考えていた。
あと、当初の予定通り子持ちの母親を中心に採用した。
家庭と仕事を両立できる女性が強く活躍できる会社。
まさに21世紀を代表するような理想的な組織ではないだろうか。
俺の未来への妄想はとまらない。
家庭持ちの女性なら万が一に社内で恋愛事情になる可能性も低いだろう。
社内恋愛が営業に支障をきたすのはオリエントのクソダヌキを見てて嫌というほど見てきた。
あの会社では事務の子がすぐに手を出されては辞めていったしな・・・
ふと、
「相変わらず俺はオリエントの亡霊に取り憑かれているな。」
とひとりで笑ってしまった。
だが、あのクソダヌキが反面教師として絶対にやってはいけない経営者の背中を見せてくれたんだから、今では感謝の気持ちの方がでかくなっている。
因果なもんだ。
木村は宣言通り男性の後輩たちに教えるのと変わらないスピードと厳しさで女性たちを指導をする。
何度か泣き言を言い出す女性スタッフもでてきたが、俺が彼女たちのフォローに入ることで、うまく調和が取れている。
木村自身も初めての女性スタッフの扱いに四苦八苦しているがこれも彼の成長だ。
水野たちの営業部隊は相変わらず他社を圧倒する成績を叩き出してくれる。
水野、木村、石原のトライアングルの歯車がうまく回っているのが数字にも会社の空気にも表れている。
俺は順調に成長する会社と充実して働いてくれる従業員たちに満足していた。
使えるお金も創業期とは比べ物にならないくらいに増えた。
資産も増えるし従業員も育つ。
俺は経営者として確実にトップクラスの手腕を誇っていると勘違いしていた。
果ては上場、全国展開、海外展開も視野に入れようかというビジョンも見え始めていた。
転機
ある日、木村から電話が入る
「大友さん。有田さんを辞めさせてもいいですか?」
有田というのは木村のチームの中でも一際目を引く存在だ。
女性スタッフの中では一番の年長者。
既婚者で二人の子持ちの彼女。
家庭と仕事を両立したいという強い希望のもとリアルストックの門を叩いてきた。負けん気が強いせいか、家庭を顧みない深夜残業も多いように見えるから俺の方からたまには子供達と家庭を大事にしろと注意したくらいだ。
彼女は感情の起伏が激しくよく涙を浮かべている印象がある。
ただ、飲み込みは早く女性の中でも真っ先に一人前になれそうだと期待もしていた。
「木村、厳しいのもいいけど少しは女性として優しく扱ってあげたらどうだ?」
「でも大友さん。当初に約束しましたよね?勝てる人しか育てないって。女性だからって甘くしたらリアルストックでやっていける営業マンになれません。業界のトップになるんでしょ?うちは。こんなとこで甘さを出して方針を変えるのはナンセンスです。
有田さんは変な負けん気は強いけど目先の仕事に捉われるから俺の考えを学ぶ気がないんですよね。あと、女性としての空気感というかオンナを使おうとするんですよ。それでさっきも説教しちゃいました」
実はこの有田は入社当初から気になっている行動があった。
水野や木村、石原といった幹部たちにニコニコと愛想よく付き合うのはいいが、はしばしで見せる女の顔が目についた。
木村は上司としての指導に徹してくれて、冷徹に有田を退けている様子が見えたので安心していたが、女をちらつかせる有田に対して木村が嫌悪感を出しているのも見て取れていた。
基礎的な部分は木村から教わっただろうから有田を俺が直接指導してみるもの悪くないかもしれない。
何よりもせっかく育ってきた女性スタッフを失いたくないというのが本音だ。
この時の俺の中には有田は女性としてみないという考えが強かったが、今思うとこの頃から気になり出していたように思う。
「・・・そうか、じゃあ有田さんは俺が直接みるよ」
「え?でも大友さんも営業の現場とかに出ていくんですか?」
「まあ、俺も少し時間に余裕が出てきたし、一人くらいは大丈夫だろ」
「ならそれでいいですけど」
翌日から有田は俺が直属で指導することになった。
木村が言うように有田は感情の起伏が激しく不安定だ。
でも男性に負けたくないという向上心は目を見張るものがある。
家庭を蔑ろにしかねない残業癖はなかなか抜けないようだったが、旦那さんがしっかりと応援してくれるからという彼女の言葉を信じていた。
気がつけば俺は彼女の残業を手伝うということが当たり前のようになっていた。
また、木村や水野、石原に見せていた女性としてのアプローチがないかと警戒もしていたが、有田は社長という俺の立場も鑑みてか俺に対してはしっかりと、いち営業マンとしての顔を見せてくれる。
木村の手を離れた有田は思ったよりも伸び伸びと成長してくれているようにも感じていた。
ただ、やはり不安定な感情の揺れは続く。
少し営業がうまくいなかったとき、
旦那さんと喧嘩をしてしまったとき、
他の営業マンの成績がすこぶる良く自分が置いていかれたようになった時とかは落胆が激しくなる。
母親の立場と営業マンの立場との両立にも頭を悩ませているようだった。
俺はできる限り家事と育児の両立ができるように彼女のサポートすることに専念した。
彼女が落ち込んだりするたびに、その都度慰めたり励ましたり鼓舞したりしていると、男性の部下しか育てたことのない俺にも学ぶことがたくさんあることに気がつく。
木村はこの感じで他の三人も育てているのかと改めて感服する。
つくづく女性の指導というものは人を成長させるんだと感心していた。
ただ、一緒にいる時間が長くなってくると、家庭の悩みとか、子育ての苦労とか、幼い頃の不幸な生い立ちとか仕事に関係のない情報まで相談を受けるようになっていた。
気がつくと有田との距離が縮まっていることを感じる。
俺にとって有田の存在が少しづつ大きくなる。
営業成績や家庭のことで泣いたり喜んだりしている彼女を見ていると、いつの間にか彼女のことを一人の女性として見てしまっている自分に気づく。
有田の方もこっちに気があるかもしれない。
いや、でも彼女も俺も家族がいる、家庭がある。
会社の代表としても絶対にこの一線だけは超えてはいけない。
自分の感情に蓋をするように、どうにか理性を保ちながら有田とやりとりをする日々が続く。
また、有田の存在は女性としての一面だけでなく、俺の目には見えない現場の声を拾ってきてくれる存在にもなっていた。
男性営業マンたちとの従業員同士の他愛もない会話だったり、
誰と誰が確執があるとか、木村に対する他の従業員からの評判だったり、水野のことをよく思っていない人物がいるとか、普段従業員たちが面と向かって社長の俺には話してくれない”生の現場の声”を聞かせてくれる存在にもなっていた。
もうこの頃には有田は営業マンとして一人で動けるようにはなっていたが、俺にとってはずっとそばに置いておきたい人材になった。
営業マンとして、社内の事情を教えてくれる存在として、そして女性として・・・
ある日、夜食を差し入れしながら残業を見ていると、有田も俺に対する感情が経営者と従業員としてのものではなくなっていることが判明する。
こうなると一線を越えるのは一瞬だった。
変化
俺たちが男女の関係になっても会社の売り上げは相変わらず順調だ。
また、社長と従業員の不倫という圧倒的な背徳感とバレてはいけない二人だけの秘密という共有認識が気持ちを高揚させるのを感じていた。
「絶対にバレてはいけない関係」
世の中の社内不倫に溺れる人間はみんなこのドーパミンにやられるんだと思う。こう言っちゃ何だが普通の恋愛よりも何倍もスリリングで毎日が充実する。
オリエントの社長のようにはなりたくない。
社内恋愛は絶対にいい結果を産まない。
そう思っていたが有田はしっかりと自分の立場を理解しながら立ち回ってくれている。
水野も木村も誰一人として俺と有田の関係に気がついているそぶりはない。
毎日のように有田から従業員同士の会話や空気を教えてもらっているから、万が一にも気がつかれているようなことがあればすぐに対処しようと考えていたが、ただの思い過ごしで済んだようだ。
会社も順調に成長しているし、木村に任せている女性スタッフもしっかりと営業マンとして活躍し始めていた。
そこで会社の成長を次のステップに進めようと思い、水野と木村を起点に支店を構える計画も立てたが、あるとき水野が独立すると言ってきた。
会社としては水野の売り上げが抜けるのは痛手となるが、彼の実力から考えると独立も申し分ない。
また、独立という決心をした教え子を引き止めるのは会社の代表としても男としても格好がつかない。
意を決した俺は水野に対してのいままでの貢献を労って盛大に送り出してあげることにした。
水野が抜けた分は木村の教え子たちがすぐに穴埋めをしてくれるだろう。
だが、支店を出す予定のポジションが一つポッカリと空いてしまった。
予定が頓挫。押さえている支店のテナントもいつまでも待っていてはくれないだろう。
次の展開を迎えた会社とそのポストの割り当てに頭を悩ましていると
「私、支店長になりたい」
有田が言い出した。
「女性だけのチームを作るのが貴方の目的だったでしょ?ちょうど木村さんのとこにいる女の子の同期たちも営業として数字を出せるようになったし、私がその子たちのリーダーになって女性専用の支店を作る。だめかな?」
有田を支店長にするという発想はなかった。
だが確かに一理ある。
今や既に営業マンとしてやっていくだけの力はつけてくれた。
だが、まだチームを引っ張るのは早いのでは?
色々な思いが錯綜する。
「私が見る支店には貴方が指揮官として常駐してくれればいい。もう一つの支店は木村さんに任せておけばいいんじゃない?女性専門チームだから私がいきなりリーダーになっても誰も不思議がらないでしょ?木村さんも女性専門チームをつくるっていう貴方の考えを尊重しているから教育に熱心だったっていうし」
なるほど。女性専門チームという初めての試みだから社長である俺が直接監視をしながらという大義名分ができる。そうなると有田との距離も離れずにすむか。
また、有田の先輩にあたる木村の教え子たちにも「女性専門チーム」としての体裁を保てる分、有田に出し抜かれたというような印象を持たれないで済みそうだ。
木村が基礎を叩き込んでくれたから、彼女たちを俺が見るくらいならできそうだな。
考えれば考えるほど名案だな。
有田の向上心も満足させられるし、俺の目標も達成できる。
落とし穴が一つも見つからない。
そうと決まれば早速新しい組織編成を全従業員に告げる。
木村も特に反対をしない様子だ。
そのほかの男性スタッフも異議を出してこない。
これで目標であった女性が活躍する会社ができつつある。
男性チームは木村に任せて、女性チームは俺が有田にアドバイスをしながら率いてやろう。
女性チーム 対 男性チームという対立構造にも見えるが社内に新しい空気が流れることはいいことだ。
水野が抜けた分、社内での競争という新しい刺激にもなる。
何もかもが順風満帆だった。
綻び
しばらくすると女性チームから一人、また一人と退職者が出てきはじめた。
女性と女性のチームは難しいと言うが有田の感情の起伏と他の女性スタッフの反りが合わないようだ。
抜けようとするスタッフと個人面談をしながら慰留を試みたが誰も意を翻すことはなく去っていってしまった。
せっかく育てた人材が余所に行くのは正直痛い。
しかもそのうちの一人はあのオリエントに転職をしてしまった。
この時、俺は初めて女性だけのチームというのは思ったよりもハードルが高かったことを思い知る。
支店も構えてしまったからにはすぐに撤退するわけにも行かない。
木村に相談して木村のチームから数名こっちに引っ張ることにする。
木村はメンバーの再編成も素直に受け入れてくれた。
女性だけのチームは一旦失敗という形にはなったが、木村の教え子たちの働きもあって有田の支店も順調に数字を伸ばしていくことができている。
大丈夫だ、うまくいっている。
小さな躓きはすぐに持ち直すことができたと確信した。
女性の部下がいなくなった有田は落ち込むこともなく、他の男性従業員たちとの交流も相変わらずうまくやってくれている。
そのネットワークで木村チームの内部の情報とかもリークしてくれるから社内の事情は俺の元にしっかりと入ってきていて社内統制もうまくいっている。
大きな綻びは食い止めた。何もかも順調だ。やはり俺は経営に向いている。
転落
順当に会社の事業展開もできていたある日。
木村も独立すると言い出した。
木村の後輩たちも育ってくれているし、さらにその後輩を教えることもできるようになっている。
木村の退職は惜しいが、独立を引き止めるのは俺のモットーに反する。
木村なら独立してもすぐにいい組織を編成するだろう。
ここまでリアルストックに貢献してくれたんだ。彼も盛大に送り出そう。
木村についていくスタッフが数名出ることを覚悟していたが、幸いなことに木村の独立についていくという後輩たちはいなかった。
木村も一人でできるとこまでやりたいと言ってリアルストックを去っていった。
また一つ大きなポジションを失った。
木村の教え子たちではまだ木村ほどの指揮監督能力を持っている人材はいない。
そこで俺の脳裏に走ったアイディアがこれだ。
「こうなると有田を幹部に据え置くか。」
チームも引っ張るし社内の事情も何もかもを教えてくれる大事な存在だ。
何よりも有田自身が木村のポジションと同格を望んでいた。
木村が抜けた今、そのポジションに着くのは彼女しかいないように思えた。
有田は木村のチームスタッフともうまく人間関係を構築しているようだし、
今の有田の存在感なら他の人間も異議を出さないだろう。
創業期の資金繰り、成長期の組織の舵きりと人員の確保、衰退期の主要な人員の離脱。
創業する前に本で読んだような経営者の波というのがまさにこれか。
誰しもが経験するというやつだな。
変化し続けることが経営の基礎ともいうし。
何よりも有田の営業力と社内精通能力は目を見張るものがある。
木村の穴はすぐに埋まるだろう。
さらなる成長ができるに決まっている。
リアルストックの新しい船出だ。
止まらない転落
新しい組織になった当初は社内にもぎこちない雰囲気が流れていた。
俺は有田を筆頭にどうにかみんなの意識を鼓舞するように努めた。
だが、奮闘虚しくそこから半年も経たないうちに木村の教え子たちは全員が退職した。
それまでの間にどうにか募集していた人材が残っているが木村が教えていた頃の徹底した教育ができているとはいえない。
人材こそが会社の宝だという言葉がこの時は骨身に染みた。
主要な営業が抜けてしまうと毎月のように利益が出ていた時期とはうって変わって、毎月のランニングコストを稼ぐこともままならない。
一度規模を縮小しようにも有田が反対する。
「ここで堪えないとダメでしょ?縮小はダメよ。耐えるのよ」
有田のプライドとしては木村が率いていた頃よりも会社を大きくして木村を見返したいという思惑があるらしい。
また、独立した水野や木村がうまくいっている中で自分が落ちていく様は見せたくないのだろう。
今思うと水野と木村に言い寄っても全く相手にされなかった彼女自身の女としてのプライドがそうさせていたんだと思う。
だが、俺にとっての有田は経営の参謀としての存在でもあり、
一人の女性としての存在でもある。
不思議と有田と一緒に会社の将来を話すとうまくいくような気になる。
彼女の負けん気と営業力は木村よりも高い、ましてや俺が現役の時でも勝てないだろう。
有田がそばにいてくれればどうにかなる。
その気持ちだけを信じて日々を過ごしていた。
いまだに有田が社員たちの動向を教えてくれるが、その報告内容は昔のように和気藹々とした様子では無くなってきている。
次は誰が辞めそうだとか、誰が抜け駆けしているとか、誰は私のことを嫌いだろうとか。マイナスの情報が溢れるようになってきた。
最近は有田と社員同士でもうまくコミュニケーションが取れていないようだ。
俺の不安感と同調するように会社の雰囲気はどんどん暗くなっていく。
残っている営業マンはお世辞にもちゃんとした数字を持ってくる存在とは言えない。
働くメンバーが変わるとこんなにも営業の質が落ちるのかと落胆する日々だ。
そのうち俺は営業たちに毎日のように感情をぶつけるようになっていった。
有田も自分の数字を出すしたくても、この営業たちに足を引っ張られているという愚痴が多くなってくる。
どんどんと会社の空気は悪くなる。
営業が稼げないなら社長の俺がお金を引っ張ってこないといけないのは当たり前だ。
毎月の赤字を補填するために銀行に頼み込んで融資を申し込むも断られる。
今までは会社自体が毎月利益を出してくれていたからあまり銀行と付き合ってこなかったツケが回ってきたのだと思っていた。
こうなってくると頭の中は資金繰りのことでいっぱいだ。
どうにか会社を立ち直らせる方法はないか?
どうやれば今の苦難を乗り越えられるだろうか?
縮小をしてやり直すべきか?
まだ耐えられるのか?
あれだけ自信に満ちていた俺の感情はもうどこにもない。
・・・本当に持ち直せるのだろうか?
この疑問だけはずっと心の奥で蠢いている。
この頃から一人でいる時に考えるようになったことがある。
「どこか綻びがあるとしたらどこだったのだろうか?」
水野や木村の独立による売上のダウンはわかるが、従業員ファーストで利益還元をするという理念は曲げていない。
屋台骨を支える石原は着実な仕事で頑張ってくれている。
多くの本で読んだように今はただ従業員の流出という試練の時なのだろう。
これも会社を続けていればいつかは訪れたことだ。たくさんの経営者もこの苦難を超えて大きくなった。
大丈夫だ、まだいけるんだ。
俺たちはまだ負けない。
誰にでも起こりうる苦難だ。
一度苦難を乗り越えれば大きな道が開ける。
大きく沈んだ方が大きなジャンプができるというじゃないか。
有田と俺なら今までよりも強い会社を作り上げることができる。
どうにか自分自身を鼓舞して日々の精神を保っているつもりだった。
起業当初の小さなオフィスとは違って肥大した会社というものは毎月のランニングコストもバカにできない。
あの頃と違って数名の営業があくせく頑張ってどうにかできる金額ではなくなってしまっている。
肥大化した組織が転がり出したら並大抵のことでは転落を止めることはできなかった。
別れ
資金繰りに追われる日々を過ごし一年ほど耐えていたある日。
「私、別の会社に転職します。あと、私たちの関係も解消しましょう」
有田から突然の別れを告げられ彼女はすぐに会社を去ってしまった。
よりによって有田が転職したのはオリエントコーポレーション。
リアルストックが急激に業績を伸ばしていたのでほとんど相手にしていなかったが老舗としての磐石な地盤は揺るいでいなかったようだ。
オリエントはリアルストックが乱高下している間も順調に拡大しているようだった。
こうして事務の石原を残して創業期の社員は全員辞めてしまった。
彼女と過ごした日々がありありと思い出される。
会社が順調で現場を水野と木村に任せていて全てが順調に回っていたあのころ。
毎月のように利益が出て、毎期のように増収増益。
交際費、経費という名目で使えるお金も増え、有田とのデートでは贅沢な旅行やプレゼントもできた。
どこに行っても成長している社長と言われて持て囃された。
現場で頑張っている従業員への還元もしっかりとやれていたから、会社のお金を少しくらい経費として私用に使っても誰も咎めなかった。
家庭にも十分な金を回していたが有田との関係に気がついた嫁とはもう修復不可能だ。嫁からは子供が成人したら別れると断言されているが、有田との将来を考えるようになっていたからそのまま受け入れていた。
全てが順調だったように見えたが儚く散ってしまった。
今の俺に残されたものはもう何もない。
悔しいが仕方ない。
最後の告白
「私も辞めます」
創業時から事務として会社を支えてくれていた石原からの一言だった。
「社長。いや、大友さん。最後なので全部お話ししてもいいですか?」
事務で頑張ってくれていた彼からの言葉は俺の全ての失敗を思い知らせてくれるには充分だった。
「まず、大友さんと有田さんが社内で不倫していたの、全員知っていました。
あと、それをみんなに話していたのも有田さん本人です。
彼女、隠せばいいものをベラベラと誰彼構わず話すんですよ。
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