天を照らす(小説)
夜空は墨のように黒く、星々はその闇を貫く光の針となって輝いていた。真夏の夜、風は肌を心地よく撫で、遠くから聞こえる虫の音が静寂を彩っている。山間の小さな村では、夜が更けるとともに家々の灯りが消えていき、人々は安らかな眠りにつこうとしていた。
村の外れに住む若者、清水真一は、今日もまた一人で山道を歩いていた。彼の目的は、山頂にある古びた祠(ほこら)へたどり着くことだった。祠には、天照(あまてらす)の鏡が祀られているという。村の言い伝えによれば、この鏡は古の神々が天を照らすために創り出したもので、真に心の清らかな者がその光を浴びると、どんな願いも叶えられると言われていた。
「真に心の清らかな者か…」
真一は呟きながら、険しい山道を一歩一歩踏みしめていった。幼少の頃から彼はこの言い伝えを聞き、何度も祠を訪れた。しかし、未だかつて鏡の光を見た者はいなかった。
ある日、真一は村の老賢者から、天照の鏡の秘密について話を聞いた。
「心の清らかさとは、ただ善行を積むことではない。自分自身と向き合い、本当の自分を受け入れることだ。それができた時、鏡は真の光を放つのじゃ。」
その言葉が心に残り、真一はそれ以来、自分自身と向き合う旅を続けていた。
夜が深まり、山頂の祠にたどり着いた真一は、静かにその場に座り込んだ。目を閉じ、深呼吸をすると、自分の内面に意識を向けた。過去の失敗や後悔、周囲からの期待と失望。これまで見て見ぬふりをしてきた自分自身の影が、次々と心に浮かび上がる。
「俺は、何を恐れているんだろう?」
真一は、自分の内面を一つ一つ見つめ直し、受け入れていった。過去の傷も、未来への不安も、自分の一部として受け入れることで、少しずつ心が軽くなっていくのを感じた。
すると、不意に周囲がぼんやりと明るくなった。真一は目を開け、驚きの声を上げた。祠の中の鏡が、淡い光を放っていたのだ。その光は徐々に強くなり、まるで夜空の星々をも凌駕するかのように輝き始めた。
「これが…天照の鏡の光…」
真一はその場に立ち尽くし、鏡の光を全身で浴びた。心の中に温かい感覚が広がり、全ての不安や恐れが消え去るのを感じた。
その後、村に戻った真一は、鏡の光を浴びたことで得た確信を胸に、生まれ変わったように生きていった。彼の心の清らかさと強さは、やがて村全体に伝わり、人々に希望と勇気を与える存在となった。
真一が天を照らしたその夜、村は新たな希望の光に包まれ、永遠にその記憶を語り継いだのだった。