王神愁位伝 第1章【太陽のコウモリ】 第4話
第4話 マダムと少年
ーー前回ーー
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坂上たちは慎重に声のする方に向かうと、谷が見えてきた。
谷の壁には大きな傷がついている。これが老婆が言っていた谷であろう。
”キィィィィィィイイイイイイイ!!”
同時に、先ほどの耳障りな鳴き声が坂上の耳に入ってきた。
あまり聞きすぎると、耳を傷めそうな声。坂上たちは鳴き声が聞こえる方へ目をやると、白いトカゲのような大きな怪物が複数体いた。
手は鎌のような形をしており、不気味な赤い鋭い目と大きな口から覗かせる大量の鋭い牙は人に恐怖を与えるような外見であった。
そして、額には月の刻印。
「・・・マダム。」
坂上はその怪物を見てつぶやく。
ーマダム
それは、ある日突然現れた謎の生物である。
どこから来たのか・どうやって生まれたのか不明な怪物を、月族は何らかの方法で手懐け太陽族を襲うよう指示している。
休戦に入る前、解き放った全てのマダムを回収できないと言い張る月族の意見を汲み、太陽族領地の唯一の脅威として、現在も時たま姿を現すのである。
このマダムを倒せるのは、力を持ったセカンドたちのみ。
そのため、力を持たないプライマルにとって、マダムとの遭遇は大きな恐怖であった。
「これは・・・私の良くない勘が当たってしまったやもしれません。」
すると、何やらマダム達が谷底から複数体、更に上がってきた。
ぱっと見ただけでも十数体いそうだ。
ただでさえマダムの数の多さに驚いている坂上だったが、更に驚く光景に遭遇した。
「・・・?あの光は・・・」
谷から登ってきたマダム達を中心に、何やら光輝く何かがあった。
坂上はよく目を凝らすとー
「ー!!あれは・・・人?」
その光輝く中心には、人がいた。
遠くよく見えないが、何やらボロボロの茶色の服を着た貧相な人物のようだ。遠目でもわかる太陽のように鮮やかなオレンジ色の髪はなんとも特徴的であった。
(ー”太陽の落としもの”・・・か。)
坂上は、通報した女の子が言っていた言葉を思い出し、目の前の人を見た瞬間、何処か納得していた。
抑えきれない好奇心のもと、坂上はもう少しその人物の方に身体を乗り出し瞳を凝らす。
「・・・まだ幼いな・・・」
坂上は、光輝く人物がまだ幼い少年に見えた。
少年は気を失っているのか目を閉じ、身体からは力を感じらず、そんな少年を守るように光が輝いていた。
「・・・あれは・・・」
マダム達とオレンジ髪の少年を見ていると、どうもマダム達は少年を攻撃する隙を伺っているのか、鎌の様な両手を少年に向けていた。
最初、少年とマダムを見た際は、マダムが何やら少年を保護しているのかと思ったが、どうも違うようだ。
「あの光・・・なにか異様にゃ。マダムが近づけない何かがあるように見える。」
坂上も、クロの意見には同意だった。
しかしあの光が何かと聞かれると、なんとも理解し難かった。
暫く考えこみ、坂上はクロに言った。
「ークロ。あの少年を保護しましょう。一先ず、周りのマダムをどうにかしたいです。」
「・・・主の仰せのままに。」
その呼びかけにクロは目を閉じると、何やらクロの身体に風がまとった。
ーその瞬間、物凄い風と共に、子猫だったクロが黒豹の姿に変わった。
整った黒い毛並みに、獲物を狙う瞳は、先ほどまでの子猫の可愛さが一切なくなっている。頭部を覆う包帯だけはそのままである。
そして、そのまま風をまとわせ、一気に少年の周りにいるマダム達に距離を詰めー
ーグアァァァァァァァァァァァアアアアアアアアア!!!
物凄い雄たけびを発した。
同時に複数の竜巻を発生させ、マダム達を襲う。
風を避けようとするマダムには、クロが首元を噛みつき、周囲にマダムの高い耳障りな鳴き声が響いた。
ーキィィィィィィイイン!!!
マダムもクロに、鎌の様な手で攻撃をしようとするも、クロに近づけば見えない刃物のようなもので切り刻まれ近づく隙さえ無かった。
「・・・っ!」
少年が傷つかないように複数の竜巻を起こし、マダム達を巻き込んでいたが、一体のマダムが少年の方に飛ばされていく。
クロが急ぎ少年の方に向かおうとした時ー
”ジュウッ!”
「っ!?なんだ・・・?!」
少年の光に当たったマダムは、たちまち黒く焦げ、何か吸収されるように消えていった。
「ー消えた・・・?」
遠くから見ていた坂上も、今の光景に驚きを隠せずにいた。
マダムを倒すには、マダムの頭上にある月の刻印にダメージを与えることが必須である。
弱い攻撃では複数回行う必要があったが、力を持つセカンドたちは月の刻印に攻撃することで倒していた。
また、倒すことはしても実体は消えない。
倒した後は、人間同様腐敗していくのだ。
しかし、少年の光に入ると実体が消えたことに、坂上自身の知識と経験では説明がつかなくなっていた。
ーグアァァァァァァァアアア!!!
一方黒豹の姿になったクロは、少年が光に保護されていることを認識すると、一気に風を起しマダムを襲う。
そして暫くして風にのまれたマダムたちは力付き、谷底に消えていった。
「クロ!さすがです!」
坂上の掛け声と同時に、少年の光が徐々に消え始めた。
クロは急ぎ少年に近づくと、光が消える寸前で少年をキャッチした。
ボロボロの茶色の服を口にくわえ、少年を坂上の所まで運ぶ。
クロに運ばれてきた少年を坂上は抱えると、少年は相当衰弱しているように見えた。身体中がひどく傷だらけであり、いくつか肌がめくれ、肉がえぐれているところもあった。
そもそも生きているのだろうか。
坂上は少年の口に耳を当てるとー
「すー・・・すー・・・」
「うん。生きてはいますね。」
少年の呼吸を確認できた坂上は、一安心すると少年の右腕に太陽の刻印が刻まれているのを確認した。
「太陽族の少年か・・・」
クロも坂上の隣に座り、意識のない少年を見た。
「こいつ・・・臭うぞ。お風呂入ってないな。・・・それより、この肩の数字はなんだ?」
クロは鼻を抑えながら、少年の肩に刻印されている「3」の数字を指した。
「数字の3・・・」
坂上は暫く考えこむと、クロは周囲を見た。
「主、理解できないことだらけだが、一旦ここは離れた方がいいかもしれない。これ以上マダムが出てきて、戦っているところを見られでもしたら面倒だ。」
「・・・そうですね。クロ。お願いできますか?」
坂上はクロの背中を見てニコっと笑うと、クロは嫌そうな表情をした。
「少年臭いからな。嫌だ。それに、見つかりでもしたら・・・」
「クロ。」
嫌がるクロに、坂上は被せて呼ぶと、人差し指と中指を立てた。
「明日の朝ごはん、お肉二倍出しましょう。しかも牛です。血統書付きの高級なもの。」
「早く乗れ。」
坂上はふと笑うと、少年を抱え、一緒にクロの背中に乗った。
その瞬間、クロの足に風が纏い空を飛ぶ。
同時に坂上は、森に置いてきた馬のことを思い出し一瞬迷ったが
「あー、馬は・・・明日返しましょう。」
「城からでれるのか?戻ったらバンに牢屋にでも入れられそうだ。」
「ははっ。逃げるのはうまいですから、大丈夫です。それに・・・何かしらの方法を考えます。」
短時間の夜の空を、黒豹が誰の目にも止まらないように、坂上と傷だらけの少年を乗せ静かに走り去っていった。
ーー次回ーー
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