王神愁位伝 第1章【太陽のコウモリ】 第8話
第8話 部長VS隊長
ーー前回ーー
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”じーーーーーーーーー・・・。”
幸十が太陽城に来て、1か月経っていた。
”じーーーーーーーーー・・・。”
幸十は、身体の状態も少しずつ回復してきていた。
長年刻み込まれた傷跡は、薬を塗って消えるものでは無かったが、体調の方は良好であった。
また、周囲のことも少しずつ分かって来ていた。
幸十がいるこの部屋は、太陽城の医療室であること。
医療室は、太陽城の研究部医療班の管轄であった。医療班の班長は、メリー。
他に医者も数人いるが、幸十の看病は基本的にメリーが担当していた。
琥樹にはあんなに手厳しいのに、幸十への治療はしっかりしてくれていた。
多分、幸十がぎゃーぎゃー騒がないことも要因だろう。
似すぎているタマゴたち3人は、どうも医者の卵らしく、メリーの元で色々学んでいるとのことだった。
ーそのためか・・・、ミスも多い。
この間は、”痛み止めの薬”を琥樹に出したつもりが、”下剤”を渡してしまい、丸一日琥樹はトイレで過ごすことになった。
それでもタマゴたちは元気そうだ。いい意味で挫けない。
一緒にこの部屋で治療を受けていたのは、琥樹のみだった。
その他の人が出入りすることもなく、幸十が顔を合わせるのは琥樹やタマゴたち、治療の時にメリーが顔を見せに来るくらいだった。
琥樹がいるときは、タマゴたちとの言い争いで騒がしかった。
しかし2~3日すると、何やらまた任務だと絶叫しながら、渋々医療室を出ていった。
なんだったのか幸十にはよく分からなかったが、琥樹が去って以降、ここで治療を受けているのは幸十だけになった。
メリーはひたすら休むようにと幸十に言いつけ、ほぼ1日ベッドの中にいるような生活をしていた。
”じーーーーーーーーーー・・・。”
クリーム色の天井。小さな四角い枠が並べられた天井を穴が開くほど見つめる幸十。そんな天井を見ながら、幸十は不思議な気持ちでいた。
今まで、どんな傷を負ったとしても”休む”という概念がなかった。
次の日には起きて労働をしなければならなかったからだ。
そうしないともっと痛くなる。
しかし、ここでは”休め”とひたすら言われ、”掃除をする”と言うと怪訝そうにみんなに見られ、ベットに締め付けられた。
確かにメリーの治療は適確で、身体が回復していることも実感できた。
また、何もしなくとも食事など必要なことは全て揃い、色々提供してくれた。
ー自分はいつから労働をまた行うのか。いつあそこに戻れるのか。
ぼんやりと幸十は考えていた。
辺りはシーンと静まり返っていた。
丁度お昼を過ぎたくらいの時間帯。医療班は少し遅めの昼をこの時間帯でいつもとっていた。この時間帯はいつも部屋に一人だった。
そんな中、今日は様子が違った。
”コツ・・・コツ・・・コツ・・・”
誰かの足音が幸十の方に近づいてくる。
「・・・?」
聞きなれない足音。幸十は天井に向けていた視線を、その足音がする方へ目を向けた。
ガツガツ近づいてくるメリーでも、ポンポン跳ねながら近づいてくるタマゴたちでもない。
ー誰だろうか。
そう考えていると、幸十のいるベッドの前で足音が止まった。
”シャ!”
そして、仕切られていたカーテンが開かれると、そこには一人の女性が立っていた。
メリーの半分もないほっそりした体系に同じ白衣をまとい、左顔半分はベージュの髪の毛で覆われ、右半分しか顔が見えなかった。また、髪の所々がなぜか赤くなっている。
同じ白衣を着ているものの、どことなくメリーの白衣よりも豪華な作りだ。
また、白衣の下に短いタイトなスカートをはき、網タイツをまとった長い脚が見えていた。その女性はカーテンを開けると、目の前にいる幸十を黙ったままじっと見つめた。
なんとも心の中が読めない少し垂れた瞳を向け、幸十を嘗め回すように見つめる。口にはタバコをふかしていた。
「誰?」
話始めない女性に幸十が聞くと、女性は少し口角を上げニヤッと笑った。
「坊ちゃんは?誰?」
何とも言い難い威圧的なオーラを放つ女性。
「俺は・・・ナマエは幸十。」
そう言う幸十を、再度嘗め回すように見つめる。
「幸十・・・ねぇ。」
”クイ”
そして、その女性は幸十に近づき、幸十の顎を手でつかんだ。
そのまま幸十の顔をじっと見て、ニヤッと笑った。
「こんな可愛い男の子、メリーはいつの間に連れ込んだのかな?・・・見ない顔だねえ・・・?太陽族で働いているの?どこの部隊の子だ?新入り?こんな傷だらけ・・・セカンド?いや・・・」
何か楽しそうにクイズを解いているようにブツブツつぶやく女性。
そして、ふと幸十の肩に刻まれた「3」の刻印を見つけ、眉をひそめた。
「”3”・・・?ねぇ、坊ちゃん。この刻印はどうしたの?」
その女性は、3の刻印に手を触れ聞いた。
「ドレイの印だ。東塔に入る前に、ヒナギクの塔でみんな入れられるんだ。」
幸十が何を言っているのか、理解できず何かを考えると、女性は幸十の頬に手を据えた。
「奴隷・・・ねぇ。坊ちゃん、奴隷なの?この印は奴隷の証拠ってこと?」
”ギュっ”
その女性は、幸十の頬から肩にある刻印に手を伸ばし、思いっきりその刻印をつねった。
「ーっい・・・!」
思いっきりつねられ、傷が残るところが響く。
幸十は痛そうな表情でその女性を見ると、痛がる幸十を見て、女性は嬉しそうな表情をした。幸十を見る目は、まるで恰好の獲物を捕まえたかのような獣の目をしている。
”ゾクッ・・・”
その女性の表情に、幸十は背筋に悪寒が走った。
幸十が痛みと悪寒を感じ入るとー
”ガシッ”
誰かが女性の手を掴み、幸十から離した。
ースラっとした体格に、艶のある茶色の長髪。
幸十にとっては、3週間ぶりの坂上であった。以前こちらに足を運んでから、久々の訪問だった。
幸十が坂上に視線を向けていると、坂上は女性の手を掴んだまま口を開いた。
「あれ、研究部のナバディ部長ではありませんか。こんな所でお会いするとは・・・、あまり嬉しくないですね。」
笑顔で毒をはく、坂上。
女性の手首を掴む手は、幸十に触らせまいと力を入れていた。掴まれる手首を、女性はジロっと睨むと、思いっきり坂上から腕を離した。
掴まれていた手首は少し赤くなっており、女性はその手をさすった。
「嬉しくない?どうしてかしら。私は貴方に会えて光栄だわ。早く私の戦術班を返してもらいたいからね。」
「全ては王の決断です。私にどうこうできる権力もないですよ。それに・・・それぞれ適材適所があります。貴女の部隊に彼らは、やや勿体ないかと。」
”ガキン!!!”
その瞬間、ナバディと呼ばれる女性は、足元に忍ばせていたメスを取り出し、坂上を刺そうとした。
咄嗟に坂上はナバディのメスを持つ手を抑える。中々の瞬発力だ。
抑えられたナバディはクスっと笑った。
「ふふっ。あんたの部隊にいる方が勿体ないでしょう?あんなぶら下がり部隊・・・お荷物のくせして、私の戦術班が勿体なくて吐き気しかしないわ。」
「吐き気がしますか。一度メリーさんに診てもらった方がいいのでは?」
火花を飛ばす坂上とナバディ。
お互いに笑顔を見せているものの、目からは穏やかさが伝わってこない。
今にも何か起きそうな時、じっと見ていた幸十が口を開いた。
「それ・・・何?」
幸十は、ナバディが手にしているメスを指した。
2人を止めるでもなく、怯えるでもなく、メスに興味をしめす幸十に、ナバディはメスを見て眉をひそめた。
「坊ちゃん。メスを知らないの?」
「うん。知らない。」
幸十が興味深々にナバディのメスを見る姿に、坂上へ向けていたメスを下げ目に手を当てて笑いだした。
「ククっ・・フフ・・・はははははっ!坊ちゃん、メスを知らないのかい?何回も手術受けてそうな、そんなボロボロの身体で?」
笑いながら、ナバディはキョトンとする幸十に近づくと、幸十の目の前にメスを持っていった。
「これは、メス。人のね、中身を見るときにね、このメスを使って肉を切り開くの。」
何処か意気揚々と、ナバディは幸十の身体の前でメスを動かした。
そして、再び幸十の身体をなめるように見ると、ニヤッと笑った。
「ねぇ、坊ちゃん。その体、切り開いてあげようか?このメスね。特別なの。なにせセカンドの武器を管理する私の職人たちが作ったものだから。あんた、傷だらけの身体じゃない?中身、凄いことになってそうね?」
そう言うナバディに、幸十は無表情でじっと見つめているとー
”ッサ・・・”
「うちの隊員を傷つけないでもらえますか?せっかくメリーさんが治してくれているのに。」
坂上は、幸十をナバディから離し、自身の背後に置いた。
「うちの隊員?コウモリ部隊に、いつからそんな子がいたかしら?セカンド・・・?」
すると坂上は背後にいる幸十の様子を見て、顔色が良くなっていることを確認すると、背後から肩に手をあて、部屋を出ていこうと歩き出した。
「ちょっと。無視するつもり?太陽城で働くには、上の承認が必要なはずだけど?」
「しつこい女性は嫌われますよ。ナバディさん。」
笑顔でニコっと微笑みかけると、坂上はそのまま幸十を連れて医療室を出た。その後ろ姿を見て、ナバディは持っていたメスをなめた。
「・・・ふーーーん。面白そうなもん、持ってるじゃない。」
どうやって獲物を狩ってやろうか。そう考える獣のような表情だった。
ーー次回ーー
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