僕はおまえが、すきゾ!(3)
僕は一心不乱に国道の夜道を、マウンテンバイクでしゃかりきに走っていた。
と、突然、ペダルから足がすっぽ抜けた。
オワッ、と思った瞬間、僕は前のめりにサドルから体を振り落とされ、あまりにも大げさに転んだ。
僕は声を立てる事は無かったが、心の中はひどくダメージを受けていた。
こけた拍子にスマホがアスファルトを転がっていった。
自転車のチェーンが見事に外れていた。
僕はマウンテンバイクを持ち上げて、足でスタンドを引っ掛け、道の脇に自転車を停めた。
僕はアスファルトに転がっているスマホを拾った。
スマホのディスプレイが、傷付いていた。
「クソ――!」
僕は唐突にスマホを手にすると、スマホのアドレスから、メンタルクリニック緊急の電話番号を押した。
何度目かの長いコール音の後、電話は繋がった。
「先生」、僕はヒキガエルのように先生の名前を呟いた。
「どうしたの?診療時間外に」
担当医は言った。先生は、齢は五十がらみの少しいい女だった。
「自転車のチェーンが外れた……」
僕がそう言うと、先生は「この電話は緊急時の番号なんだから、緊急時以外に掛けて来ないで頂戴よ」と早口で言った。
「先生」僕はさっきよりも強い口調で先生の名前を呼んだが、先生は「明日もデイケアがあるんだから、その時、話して頂戴」と早口で言うと、電話は切れた。
僕の目は涙で滲んでいた。擦り剝いた膝の痛さだけではない。いつもは優しい先生にも受け入れて貰えないと感じ、僕は目の前がぼやけていった。
電話をポケットに仕舞うと、僕は自分では直せないチェーンの外れた自転車を押して、家路に向かった。
頭の中では、優作と朝子の笑い声が聴こえていた。