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レポート: 「ベトナムの旅の話」 チャム民族の村の暮らし

                    フォトグラファー 青木由希子

先日は、パクパク・ナティン https://pakpaknatin.org からの「ベトナムの旅と日本で暮らすベトナム人の現状」についてレポートをお伝えしました。少人数でのお話会でしたが、ゆっくり流れる時間のなかで、チャム民族の暮らしや日本で暮らす技能実習生・留学生の話を身近に感じていただけたかと思います。これから本ブログを通じて少しずつでも知っていただけたらうれしいです。私からの報告はたいへん遅くなりましたが、下記にお伝えします。

多文化カフェ「ベトナムの旅の話」を下北沢かまいキッチンにて5月に開催しました。お話会の前半は、チャム民族の村の写真を上映しながら旅の話をしました。後半は、コロナ禍の在日ベトナム支援に少しずつ関わるようになって半年の話をしました。

今回は、「ベトナムの旅の話」からチャム民族の井戸の村をご紹介します。次回は、ベトナム支援に関する話を予定しています。

「チャム民族の井戸の村」

ベトナムには、かつて、チャンパ王国がありました。ベトナム中南部沿岸地域にあるニントゥアン省と南隣のビントゥアン省は、チャンパ王国の最後の領土パンドゥランガがあった地域にあたり、以来、チャム民族が多く住んでいます。ベトナムで最も美しい海岸沿いといわれるニントゥアン省の海の近くに「チャム民族の井戸の村」があります。

井戸の村は、チャンパ王国時代からのPalei Cwah Patih(チョーパティ村)という名前と、ベトナム名がありLàng Chăm Thành Tín(タンティン村)と呼ばれています。チャム民族は、海のシルクロード、朱印船貿易で知られる海洋民族ですが、水脈をよみとき井戸を掘るのも上手です。海から近いタンティン村に、淡水のおいしい井戸がつくられてから、井戸の水は500年も枯れることなく村の暮らしをうるおしてきました。


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この村の30エーカーほどの水田に井戸の水がそそがれています。田んぼの細い畦にヤギがきていて、稲の葉をつついたり食べるような仕草をみせていたりしていました。淡いみどりの田んぼが広がり遠くの山まで見渡せるのどかな風景。ゆるやかな風が水田をなぜるように吹いてくると、あまい水のかおりと清々しい心地よさに包まれます。

*1エーカー=4046㎡(約1226坪)


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この村には、男の人の井戸と女の人の井戸がありますよ。と、井戸のちかくに住むおじいさんとおばあさんからお話を伺いました。

この井戸は、Bingun likei (Đực井戸)という男の人が使う井戸で、洗濯はできませんが、食事をつくるのはできます。少し離れた女の人が使うBingun kamei (Cái井戸) は、洗濯と食事をつくることができます。今、村では、水道水も使えるようになりましたが、井戸の水は現役で大切に使われています。

*井戸のよみ方は、Bingun likei (Đực井戸) は、チャム語でビグゥン・リケイ(ベトナム語はドゥック井戸)・Bingun kamei (Cái井戸) は、チャム語でビグゥン・カメイ(ベトナム語はカァイ井戸)といいます。なぜ、男の人の井戸と女の人の井戸があるのか調べたところ、沐浴について書かれている記事はありました。


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これは、Đực井戸です。木枠のスクエアの井戸は、木板で3面を囲っており、もう1面は井戸の水が小川に流れでるようになっています。井戸を上からのぞいてみたところ、それほど深くはなく、水の透明度がよければ、底が見えそうなくらいでした。


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こちらは、Cái井戸です。いつも木が茂っているので、あまり使われていないのかもしれませんが、木枠のスクエアの井戸から小川に水があふれていくようになっています。


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ふたつの古代井戸の水は、小川でひとつになり、さらさらと流れていきます。


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小川の流れる小道には、タロイモや食べられる野草(チャムの人たちは野菜と呼ぶ)をみつけることができます。

田んぼや小川に行けば、小さな魚や沢エビやカニをとることができて、摘み野菜をして家で料理をすることができます。村のなかですべてが揃うほどの豊かさがあります。


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人と自然のいとなみが数百年もつづいている風景。


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収穫のころ、稲穂は黄金色にこうべをたれていました。粒の揃った稲穂は、太陽の光と風のリズムに揺らめいて輝きを増していました。


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井戸のすぐそばに住むおじいさんとおばあさんの家にもどり、身体を癒してくれる木をみつけて、Cay Mật Gấu (カイ・マッ・ガゥ)をゆずっていただきました。煎じてお茶にすると、糖尿病、胆石、皮膚炎や眠れないときにいいそうです。


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草のように生えていますが、Cây Chó Đẻ(カイ・チョー・デー)という薬草です。日本では、コミカンソウになるそうです。


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庭の一角には、焚き木と石を並べたかまどがありました。乾燥させた草はお茶にします。


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翌年に訪れた時には、種とりをしていました。薬草と野菜の種の袋が軒下にぶらさがっていました。


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種や草をつるす軒下は、風通しがよく、おじいさんが昼寝をするハンモックと木の枝を束ねたほうきがありました。


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いつも仲のよいおじいさんとおばあさん。私が知る限りチャム人の夫婦はとても仲がいいです。チャム民族は母系社会で、結婚するときは、おばあさんのいる村におじいさんが迎えられました。


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木かげで休むおばあさんと孫とひ孫たち。みんなが集まってにぎやかなひと時。


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Đực井戸に女の子たちが洗い物をしにきていました。おじいさんとおばあさんからは、男の人の井戸ときいていましたが、教えてあげる人はいませんでした。時間の流れとともに変化していくこともあるのでしょう。女の子たちは、洗い物を終えて、井戸の仕組みについて観察をしているようでした。

井戸の村には、近隣のチャム村からも人々が訪れて、水とふれあい、のどかな田んぼの風景をながめて穏やかなひとときを過ごしていきます。水のあるところに人は集い、親しみを込めて水とたわむれるような昔からの美しさに、心惹かれます。

参考:Cần phương án bảo tồn giếng vuông Chăm by KIEU MAILY


「ニントゥアン省のこと」 

美しい海と心地よい風。どの村にいても低く連なる山々を眺められ自然の息づかいを身近に感じるところです。砂丘もあり雨量の少ない地域のため干ばつに悩まされることもありますが、山から平地にかけて農の風景があり、ぶどうはベトナムのなかで最も広く栽培されています。青りんご(ナツメ)、にんにく、わけぎ、赤エシャロットなどは名産です。海岸沿いには太陽と風の恵みをうけて天日干しの塩田がつづきます。エビの養殖や水産加工業も盛んです。ニントゥアン省には、ベトナム多数民族のキン族(ベト族)・チャム民族・ラグライ民族がそれぞれの村で暮らしていますが、私は、チャム村で過ごすことが多いので、村の羊やヤギの放牧、平飼いの鶏に黄身がレモンイエローの自然のたまご、庭でとれるドラゴンフルーツやタマリンドの若葉をちらしたチャムスープや森のハチミツの味は忘れられないです。

なぜ、チャム村に通うようになったのかというと、ニントゥアン省には、数年前まで、ベトナム初の原子力発電のプロジェクトが進められていて、ロシアと日本が受注していました。私は、東日本大震災と東電の原発事故を経験する立場から心配していました。2016年秋にベトナム政府は財政難を主な理由にキャンセルをしました。その後、入れ代わるように太陽光と風力を活かした再生可能エネルギーへの投資と開発がベトナムのなかでもさきがけ的に行われています。メガソーラーが地表をおおっていき、風光明媚な海岸沿いに風力発電が立ち並ぶのを目のあたりにすると、自然環境や伝統を守りつづけてきた民族の暮らしに配慮すべきではないのかと疑問に思いました。同じ地域に大きな開発の話が再び持ち上がってしまう。世の中の都合によるしわ寄せがあるような気がします。

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