新聞を読む効用 「労働権」を学ぶ
▼まったく知らない言葉を知ることも新聞を読む効用の一つだ。海外旅行好きの友人が、紙の雑誌よりもネット情報のほうが便利、と言っていたのに、最近会ったら「雑誌で調べるほうがいい」と意見が変わっていた。彼いわく、ネットだと「自分の興味のある範囲しか調べられない」とのことだ。「結局、検索するじゃないですか。自分が思いつく検索ワードを超える話は見つからない。でも紙の雑誌だと、思いもよらない情報にであうことがある」と。これは新聞にもあてはまる。
▼2018年11月25日付朝日新聞に、アメリカで使われる「労働権」という言葉の説明が載っていた。見出しは〈米の経済モデル「南北戦争」/「労組に入らない自由」めぐり/最前線 中西部ミズーリ州〉
この見出しの「労組に入らない自由」がキーワードだ。
〈2008年9月のリーマン・ショックを経て、米国では900万近い働き手が職を失った。労働組合への信頼が低下する中、雇用を取り戻すためとして、労働者保護よりも企業活動の自由を優先するような法整備が南部から中西部の州へ広がった。一方、東西両海岸の州では賃金を底上げする動きが加速しており、米国では「南北戦争」のように二つの経済モデルがせめぎ合っている。(セントルイス=江渕崇)〉
〈「労働権(Right to Work)」。労働者の権利を守るかのような名前だが実際は違う。「労働組合に入らずに働く自由」を指す言葉だ。労働権法は、労働組合がある企業で労組加入を従業員に強制するのを禁じる州法のことだ。組合費を集めるのが難しくなり、労組の影響力がそがれる。〉
▼この労働権には長い歴史がある。見出しに「南北戦争」とついている所以(ゆえん)だ。
〈1940~60年代、保守的な南部を中心に約20州が導入した。労組が弱く、賃金水準は低く、環境などの規制は緩く、税金は安い。労働権はそんな「南部モデル」の象徴的存在だ。経営の自由を最優先させ、企業誘致で雇用を増やした。
実際、日系自動車メーカーの米工場は大半が南部の労働権州にあり、トヨタ自動車とマツダの新たな合弁工場も、労働権法のある南部アラバマ州に造られる。
逆に、コスト高で規制も厳しい「北部モデル」では、ITや金融など高付加価値産業が集まる東西両海岸の大都市が栄えた。〉
▼ここまでわかると、リーマンショックから大統領選までの経過が見えてくる。
〈南北の勢力図を一変させたのがリーマン・ショックだった。労組が強く「北」の一角を占めた中西部のラストベルト(さびついた工業地帯)周辺の5州が、ドミノ倒しのように労働権州にくら替えしたのだ。
中西部では主力の製造業が南部の労働権州や国外に流出し、衰退が続いていた。さらにショック後は失業率が急上昇。不満の矛先は当時の民主党・オバマ政権に向かった。州知事・議会選で共和党が勢力を拡大し、次々に労働権法を成立させた。民主党の支持基盤である労組の集票力をそぐ狙いもあったとみられる。16年秋の大統領選でトランプ氏を勝利へ押し上げる素地は、このころすでにできていた。〉
▼アメリカにトランプ大統領が誕生したことで、錆(さ)びた地域を意味する「ラストベルト」という言葉が一躍有名になったが、トランプ氏の勝利は突発的な出来事ではなく、何年も抱えていた構造的な問題が、大統領選で劇的に「見える化」した。その経済的な背景がわかる記事だ。
それにしても「労働権」には驚いた。理屈というものは恐ろしい。人間の狡智(こうち)には際限がない。
(2018年12月24日)