日本は優生思想に寛容である件(5)無知でデマを騒ぎ立てる人が多すぎる
▼2019年7月13日付の読売新聞の「論点スペシャル」で「犯罪に負けない社会のために」という特集が組まれていた。
その記事を読むと、犯罪に負けない社会をつくる以前の問題に言及せざるを得ない状況が浮かび上がる。
▼筑波大学教授の原田隆之氏(臨床心理学と犯罪心理学)いわく、
〈犯罪に至る可能性がある「危険因子」は予防につながる重要な視点だ。ただ、加害者の状況や傾向を一つ二つ取り出し、それをあたかも原因のように語るのは間違いで、大きな偏見につながりかねない。
川崎市で児童らが殺傷された事件では、加害者が「ひきこもり」だったとして原因と結び付ける言説がネット上やワイドショーで見られた。
だが、ひきこもりは危険因子ではなく、逆に犯罪を起こしにくい方の因子だ。圧倒的多数は犯罪とは縁がない。〉
この原田氏は、実務的にも法務省法務専門官や東京拘置所定跡統括矯正処遇官などを歴任してきた犯罪心理のエキスパートだ。
彼が指摘する〈加害者の状況や傾向を一つ二つ取り出し、それをあたかも原因のように語るのは間違いで、大きな偏見につながりかねない〉
というのはとても控えめな表現で、現状ではテレビのワイドショーでの報道が大きな偏見に思い切りつながっている。
〈ひきこもりは危険因子ではなく、逆に犯罪を起こしにくい方の因子だ。圧倒的多数は犯罪とは縁がない〉のに、とくにワイドショーまったく正反対の印象を植え付ける報道を連日繰り広げた。
ひとつは、専門の知見を知らないくせに偉そうにコメントする輩が多すぎるということ。そして、その状況が異常であると認識して変革する人がいないということ。また、定着している知見に真っ向から反するデマをまき散らして、その話題が「旬(しゅん)」を過ぎて視聴率がとれなくなったら、ニワトリのように過去の言動を忘れて次の「旬」に飛びつく習慣に慣れきっていること。
日本のテレビのワイドショーは、「私は「犯罪に負けない社会」をつくりたがっているんですよ!」という非専門家たちの「感情」をいくら噴き上げても、社会の利益にならないことに気づいてほしい。川崎と練馬の事件を報道したワイドショーの作り手たちは、まるで結果的に「犯罪に負ける社会」をつくりたがっているかのようだ。
▼たとえば、2019年6月4日の朝日新聞夕刊1面に、けっこう衝撃的なニュースが載った。見出しは
〈ひきこもりと結び付けないで〉
〈根本匠厚生労働相は4日の閣議後記者会見で、川崎市の20人殺傷事件や元農林水産事務次官が長男(44)を殺害したとされる事件について、「事実関係が明らかではないが、安易にひきこもりなどと結び付けるのは慎むべきだ」と述べた。
川崎市の事件直後に自殺した容疑者(51)と、元農水次官の長男はいずれも、ひきこもり傾向にあったと報じられている。
根本氏は「ひきこもりの状態にある人への対策としては、個人の状況に寄り添い、きめ細かく支援しながら、社会とのつながりを回復していくことが重要」と強調。本人や家族に、都道府県などのひきこもり地域支援センターや地域の自立支援窓口などに相談してほしいと呼びかけた。
根本氏は、80代の親とひきこもる50代の子が同居する「8050(はちまるごーまる)問題」にも言及し、「社会的孤立や家庭での様々な問題が複合化、複雑化している」と指摘。包括的な相談体制の構築や、自ら声を上げるのが難しい人や家庭に気づき、相談につなげられる地域づくりを進める考えを示した。〉
▼このニュースは、厚労大臣がわざわざ声明を発表しなければならないほど、「ひきこもり」をめぐる「無知」による「デマ」が事態を相当悪化させていることを示している。
これらは2カ月ほど前のことだが、ワイドショーの作り手たちはそんな大昔のことに付き合っている暇はない。
番組の劣化はしばらく止まらないだろう。「犯罪に負けない社会」をつくるよりも、「視聴率をとる番組」のほうが優先されるからだ。
この構造的な問題は、「テロに負けない社会」を考えても、「デマに負けない社会」を考えても、同じ結果になる。
「無知」という「土台なき土台」のもとで報道される偏見は、かたちを変えた優生思想に簡単につながる。
(2019年8月11日)