「博士」にはなったけれど 崩れる基礎研究と雇用
▼日本の大学の基礎研究が危ない、という話は最近よく聞くようになった。京都大学の前理事長で理化学研究所理事長の松本紘氏のインタビューが平易な解説になっていた。2018年12月11日付読売新聞。知野恵子記者。
見出しは〈日本の研究力 黄信号/競争に追われる若手ら 崩れた交付金システム〉
〈国立大学や国の研究機関は、政府から「運営費交付金」を支給されています。規模などに応じて配分され、自分たちの裁量で使えるお金です。結果が出るまで時間がかかる基礎研究や、人件費などに使っています。
ところが政府は、このお金を削減し、代わりに「競争的研究資金(競争資金)を増やすようになりました。研究者が応募し、審査を受けて獲得する研究費のことです。その結果、研究者は応募書類作りと競争に追われるようになりました。
基礎研究も割を食いました。基礎研究とは自分で考え、コツコツと続けるものです。運営交付金がそれを支えていました。そのシステムが瓦解しました。〉
▼理化学研究所の森田浩介氏が新元素「ニホニウム」を発見したのは、30年もかけた基礎研究の結実だった。
研究は博打(ばくち)のような側面があるが、今は研究者の人生設計そのものが博打のようになっているのかもしれない。
〈雇用も変わりました。大学や研究機関に就職して定年まで勤める、というのはもはや昔の話です。若手は任期を限って雇用されるようになりました。組織をわたり歩いて競争し、力をつけよ、という政府や産業界の考えが背景にあります。
競争って、耳触りのいい言葉ですよね。ぬるま湯につかる研究者を叱咤激励するようで。ただ、そう簡単な話ではありません。
研究者は、競争資金に「当たる」と言います。心情をよく表しています。倍率が高く、いつも獲得できるわけではないからです。
競争資金を得た多くの研究者は、博士課程を修了した若手などを雇って研究を進めます。しかし3年とか5年たってその競争資金がなくなると、雇い続けることができなくなる。つまり3年や5年で若い研究者はお払い箱になる。次の職を探さないといけない。
そんな不安定な身分なら、博士課程に行かない、研究者にならない、企業へ行く、という人が増えました。
今のやり方を見直さないと、日本の研究力は伸びないと思いますね。〉
▼博士課程を卒業した後、非常勤講師をかけもちし、ワーキングプア状態の友人が筆者にもいる。優秀な若い人が大学での研究に夢を持てなくなるのも無理もない。海外への頭脳流出も止まらない。
安定した雇用がなければ、「世紀の大発見」ができないのも当然といえる。研究者の知的好奇心にだけ頼る政策には限界がある。財務省は、上で語られているものとはまったく別の論理で動いている。
今、ほんとうに削りとられているものは何か、30年経てば誰の目にも見えるようになるだろう。
(2018年12月19日)