「東京を離れて地方で新規事業を立ち上げる①」
2021年1月に可決された第3次補正予算。その目玉として実施されることになったのが事業再構築補助金という総額1兆円超えの制度です。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って大きく収益を削られた中小企業に対して新しい領域へのチャレンジを後押しすることが目的で、業態転換等にかかる費用の3分の2を補助するというのがこの制度の主な内容です。1社当たり100万~1億円を補助するという、これまでに類のない野心的な制度だと言われています。これから書く内容はこの制度をキッカケとして、東京を拠点とする既存事業とは別に長野県茅野市の山奥でフォトスタジオ開業という新規事業を立ち上げるまでのプロセスに関する備忘録となります。
新規事業を着想するにあたって直面していた2021年1月の状況については下記の記事から抜粋します。
なぜフォトスタジオなのか?
業態転換とはすなわち既存の主力事業は継続しつつ、その技術や知識を生かして相乗効果(シナジー効果)が期待できる別事業を立ち上げることです。それによって売上の柱を増やし、コロナ禍で価値観が変化した後の世界を見越した事業展開をしてみんなで生き残りましょうというのがこの制度の趣旨になると思います。僕の会社の主力事業は映像制作です。しかもウェディング業界という極めてニッチな市場に特化した映像を作っています。事業再構築補助金に立候補するには、この既存事業の技術や知識を応用できる「何か新しい試み」を考え出さなくてはなりません。この世にまだないサービスを考え付く必要はなく、自分たちがまだ踏み入れたことのない領域で新しい事業を考える必要があります。
ちょうど叔母が20年以上前に建ててカフェを運営していた建物(10年ほど前に廃業し、物件自体に買い手がつかず僕が破格の安値で買い取った物件)が長野県茅野市の山奥に放置されているのを思い出しました。数年前までは父親が定期的に別荘として使っていましたが、運転免許を返納した数年前から実質放置されていた物件です。建物の1階がカフェ、2階が居住スペースとなっている構造で、カフェを営業していた時の機材や什器がそのまま放置されている居抜き状態です。このままこの物件を放置しておくと、やがて廃墟になるのも時間の問題です。隠れ家的カフェとして人気を博した時代に店の売りであった森と小川が見渡せるデッキは腐って崩壊寸前。キツツキがいたるところに穴をあけて、室内にはおびただしい数のテントウムシの死骸が転がっていました。ウェッジウッドやノリタケの茶器、イタリア製のアンティーク風家具などが無駄に埃をかぶり、時間が経つにつれて廃墟感は増すばかり。この物件を再利用して何かできないか?しかも映像制作の技術や知識を応用して。
まずパッと頭に思い浮かんだのは1日1組限定のソロキャンプ場を開業するプラン。建物を解体して新たに小屋を2棟建て(サニタリー棟)、その他大部分の敷地内をすべてデッキにしてキャンプサイトにする構想。コロナ禍で密を避けるためにソロキャンプが盛り上がっているという時流もあり、専門のキャンプ場も数が少ないという希少性と旅館業簡易宿所営業許可の範囲外という手離れの良さがあると思いました。
また既存の建物を利用した民泊事業の方向性も考えましたが、年間宿泊日数の制限など調べれば調べるほど商売としての自由度が限りなく低い事実を突きつけられました。両者とも既存事業とのシナジー効果は期待できず、映像制作の技術や知識の活用とは無縁であり、更に多分まったく儲からないという試算が瞬時に頭の中で算出されてしまうしょっぱい結果となりました。
写真館業界という未知の世界の市場調査
「フォトスタジオは人口5万人以上の地域なら全然ビジネスとして成り立ちますよ」少し前にフォトスタジオ界隈で存在感を増している新進気鋭の若手経営者からこんな言葉を聞いたのを思い出しました。「映像のスキル+物件=フォトスタジオ」という図式が即座に、しかも短絡的に頭に浮かんできたのです。最初に出たアイデアは「泊まれるフォトスタジオ」。スタジオ2階を宿泊施設にして、泊まりで写真撮影ができるという構想。しかし、人を泊めて宿泊代金を頂くということは旅館業簡易宿所営業許可の壁が頭をもたげてくる。それを回避するためにお客さんが勝手にスタジオに泊まっていくという言い訳は厳しい。となると民泊という方法が現実的となるが、やはり年間宿泊日数など諸々の制限があり自由度が激減してしまう。そこで一旦宿泊という部分を捨ててフォトスタジオ単体の方向で可能性があるかどうかを判断するために写真館業界の市場リサーチをすることにしました。以下事業計画書から一部抜粋します。
さらに全国の写真館を注意深くリサーチしていくと、大きく分けて4つの類型に分類されることが判明しました。そして物件の立地から考えると、長野県中部に位置する諏訪湖を中心とした諏訪地域が商圏となります。商圏内にどんな類型のフォトスタジオがどのくらい存在しているのかを割り出してみることにしました。以下事業計画書から一部抜粋します。
実際に岩手県盛岡市で古民家を改修した第4世代型フォトスタジオを運営されている知り合いの写真家さんに会いに行って根掘り葉掘り聞いたり、八王子郊外に新築で新居兼スタジオを建てたフォトグラファーさん宅にお邪魔して根掘り葉掘り聞いてみたりと、先輩たちのリアルな経験談を情報収集しました。
色々調べまわった結果、この業態転換で商売が成り立つという確証は何一つないが、本業のブランディングの一環として長期的な視点で考えた場合、やってみても損はないかなと考えるようになりました。リスクヘッジの材料として一番は物件をすでに所有している事。今回の場合、賃料等固定費を出来るだけ抑えてスモールスタートさせることが最優先であり、売上目標は5年以内に既存事業の1割を稼ぎ出すことが事業再構築補助金の目標設定となっていますが、そんな未来のことなど誰も予測できません。稚拙なリサーチではあったと思いますが、少なくともやらないより、失敗してもとりあえずやってみようと思う判断材料にはなったと思います。プライオリティは地方で新規事業を運営することで得られる東京とは異なる商習慣や文化、価値観や考え方を学習し蓄積することと既存事業のフィロソフィやブランディングに対する側面支援です。売上はうまく行けば後から付いて来るくらいに理解することにしました。そしてここから本格的に事業再構築補助金の申請作業に進むことになります。
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